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日系企業のシンガポール進出の魅力・メリット

シンガポールは、東京23区ほどの面積しかない小さな島国でありながら、ASEAN(東南アジア諸国連合)を牽引する経済・金融・物流の中心地として、世界中の企業を惹きつけてやみません。
日系企業の進出先として、シンガポールが人気を博する理由には、以下のような点が挙げられます。
- ASEAN市場を牽引するビジネスハブとしての地の利
- 魅力的な税制と充実したインフラ
- 親日的な環境とグローバル人材の集積
ASEAN市場を牽引するビジネスハブとしての地の利
シンガポールは東南アジアの中心に位置し、空の便ではチャンギ空港が世界数百都市を結び、海の便では世界最大級のコンテナ港を有しています。いわばASEANの交差点であり、この利便性が、シンガポールが「ハブ」と呼ばれる最大の理由です。
周辺諸国への移動が容易であるため、シンガポールに拠点を置くことで、マレーシア、インドネシア、ベトナムといったASEAN全域のリソースを効率的に管理・統括することが可能になります。そのため、シンガポールには世界中の企業が集まり、それがさらにシンガポールのビジネスハブとしての機能を高めています。
シンガポール国内の人口は、2025年6月時点で約611万人と多くはありません。しかし、ASEAN全体で見れば約7億人を超える巨大市場が広がっています。シンガポールでビジネスを成功させることは、巨大なアジア市場全体への、大きな足掛かりを得ることを意味します。
出典:シンガポール統計局他「Population in Brief 2025」
魅力的な税制と充実したインフラ
シンガポールの法人税率は原則17%で、さらに条件を満たせば新規設立法人に対する減税措置や、特定業種向けの税制優遇も受けられます。また、キャピタルゲインや受取配当金は原則非課税です。
| 制度名 | 制度内容 | 優遇措置の内容 |
|---|
パイオニア・インセンティブ Pioneer Certificate Incentive:PC | ・特定製品の製造奨励および特定サービスの発展を目的とした制度 ・認定を受けた企業は法人税が免税となる ・明確な認定基準がなく、交渉を通じて政府の裁量で決定される。最先端の技術導入などが求められる | 免税 |
開発・拡張インセンティブ Development & Expansion Incentive:DEI | ・過去のPC認定企業やPC認定を受けられなかった企業を対象とする制度 ・新規プロジェクトの実施、シンガポールにおける事業の拡張または増強などが求められる ・認定を受けた企業は、適格活動に対して5%、10%又は15%の軽減税率が適用される ・固定資産投資額、シンガポールにおける事業支出総額、技術・能力開発、プロジェクトの質、技術革新の内容などが認定基準として設けられている | 5%、10%又は15%の軽減税率を適用 |
認定ファイナンス&トレジャリーセンターに対する税制優遇制度 Finance And Treasury Centre Incentive:FTC | ・シンガポールに設置された金融センター機能に対する優遇税制 ・金融センターとして域内のグループ企業に対して提供する財務・資金管理サービス等が対象 ・認定を受けた企業は適格所得増分に対して8%又は10%の軽減税率が適用される他、非居住グループ企業からの預け入れに対する利息に関する源泉税が免除される。 | 8%又は10%の軽減税率を適用 |
グローバル・トレーダー・プログラム (Global Trader Programme:GTP) | ・シンガポールに設置された貿易活動拠点機能に対する優遇税制 ・認定を受けた企業は特定商品のオフショア貿易から生じる利益に対して5%、10%または15%の軽減税率が適用される ・対象範囲は拡大傾向にあるが、認定されるためにはシンガポールで実質的な業務を行い、雇用および国内支出額といった量的基準を満たさなければならない | 5%、10%又は15%の軽減税率を適用 |
引用:JETRO「税制面におけるシンガポール統括会社の優位性」
税制以外に目を向けても、シンガポール会計企業規制庁(ACRA)が管轄する法人登記システムや、最新の通信網、安定した電力供給といったインフラ水準は、日本の大都市と比較しても遜色ありません。
加えて、透明性の高い法制度、政治・経済の安定性など、ビジネスのしやすさにおいて世界トップクラスであることは、現地での事務コストやリスクを低減させる大きな要因です。
消費税(GST)は2024年から9%に
シンガポールには、日本でいう消費税にあたる「財・サービス税(Goods & Services Tax:GST)」があります。
2007年以降、長くGSTの標準税率は7%でしたが、2023年1月、2024年1月の段階的な引き上げにより、現在のGSTの標準税率は9%となっています。
| 適用時期 | 税率 |
|---|
| ~2022年 | 7% |
| 2023年 | 8% |
| 2024年~ | 9% |
親日的な環境とグローバル人材の集積
シンガポールは、非常に親日的な国です。日本食レストランも多く、日本のデパートやスーパー(伊勢丹、高島屋、ドン・キホーテ、ニトリ、明治屋など)も数多く展開しています。
治安の良さは世界トップレベルであり、日本人が家族を伴って駐在する際にも、生活面での不安が極めて少ないことが、安定した拠点運営に繋がっています。
さらに、シンガポールを進出先として選ぶ大きなメリットとして、ビジネスの公用語が英語である点が挙げられるでしょう。国民の大多数が、英語と母国語(中国語、マレー語、タミル語など)を話すバイリンガルであり、世界中から高度な専門スキルを持つ人材が集まっています。
ASEAN全域への展開を考える際、英語で指示を出し、現地の法規制や文化を理解して各国のスタッフをマネジメントできる人材が豊富にいることは、大きなメリットとなります。
シンガポール進出の注意点・デメリット

日系企業の進出先として、メリットが多いシンガポールですが、注意点やデメリットがないわけではありません。特に、近年では、以下の3つの点で、進出のハードルが高まっています。
- 人件費やオフィス賃料など事業コストの高騰
- 就労ビザ(EP)の厳格化とCOMPASS制度
- 厳格な法規制
それぞれについて、解説します。
人件費やオフィス賃料など事業コストの高騰
現在のシンガポールにおいて、日系企業が直面する課題の一つが「コスト」です。
シンガポールでは、近年、歴史的な物価高や不動産価格の上昇により、オフィス賃料や住居費が驚くべきスピードで上昇しています。2023年には、民間オフィス賃貸指数が前年同期比13.1%増、民間高層住宅の賃貸指数が6.9%増と、それぞれ過去最高を更新しました。
人材獲得競争の激化を受けて、人件費も上昇しており、ローカル人材の人件費も高止まりしている状況です。
シンガポール進出にかかる初期投資額が膨らんでいるということは、進出にあたっては「シンガポール拠点でどのような付加価値を生み出し、コストを上回る収益を確保するか」というシビアな収支シミュレーションの重要性が増していることを意味します。
出典:JETRO「オフィスと住宅の賃料、2023年に過去最高を更新(シンガポール)」
就労ビザ(EP)の厳格化とCOMPASS制度
シンガポールを巡る、近年の大きなビジネス環境の変化が、2023年9月に導入された就労ビザ(Employment Pass、以下EP)の新評価制度「COMPASS」です。同制度は、進出を考える日系企業にとって、非常に重要な変更点です。
従来のEP申請は、主に月収、学歴、経験、業種等の個人属性に基づき、SATという自己判定ツールを用いて、個人としてEPの要件を満たしているか事前に確認することができました。一方で、企業の属性については具体的な数値基準などが公表されておらず、不透明感がありました。
これを受けて、新制度のCOMPASSでは、個人属性となるC1:給与、C2:学歴に加えて、企業属性となるC3:国籍多様性、C4:ローカル雇用の促進という計4項目の基礎基準により構成されるようになりました。また、ボーナス基準として、C5:スキルボーナスとC6:戦略的経済優先ボーナスが規定されています。
| 基準 | 項目 | 内容 |
|---|
| C1 | 給与 | 各セクターの年齢別ローカル従業員の月額固定給与との差に応じて0~20ポイント |
| C2 | 学歴 | 申請者の学歴に応じて0~20ポイント |
| C3 | 国籍多様性 | 申請者と同じ国籍が従業員に占める割合に応じて0~20ポイント |
| C4 | ローカル雇用の促進 | 企業のローカル従業員比率の業界での順位に応じて0~20ポイント |
| C5 | スキルボーナス | 人材が不足している職業リストに掲載されていれば20ポイント |
| C6 | 戦略的経済優先ボーナス | イノベーションまたは国際化活動に関する特定の評価基準を満たせば20ポイント |
COMPASSにおいてEPを取得するには、従来の「最低月額給与のクリア」だけではなく、本人の学歴、従業員の多様性、現地人の雇用への貢献度などがスコア化され、40点以上の獲得が必須となりました。
人件費の高騰もあり、日本人駐在員を派遣するための最低月額給与のハードルは年々上昇しています。最低月額給与は2025年1月に引き上げられたばかりですが、2027年1月にも再び引き上げられることが決まっています。さらに、ローカル人材の雇用創出を重視する政策もあり、外国人(日本人)に頼る組織づくりが困難になっているという状況もあります。
| 業種 | 現行の最低月額給与 | 2027年1月以降の最低月額給与 |
|---|
| 金融業 | 6,200SGD | 6,600SGD |
| それ以外の業種 | 5,600SGD | 6,000SGD |
厳格化したEP申請制度のもと、従来以上に、現地の雇用計画を含めた、より戦略的な人事戦略が求められます。
出典:JETRO「外国人の就労査証の発給基準、2027年1月から引き上げ(シンガポール)」
厳格な法規制
シンガポールは「ファイン・シティ(Fine City:罰金の街)」と呼ばれるほど、法規制の運用が非常に厳格な国です。
企業運営においても、会社秘書役(カンパニーセクレタリー)や最低1名の現地居住取締役の設置義務、年に一度の年次総会や年次報告書の提出など、遵守すべきコンプライアンスは多岐にわたります。これらの業務の一部を外部の専門業者に任せるにしても、コストがかかり、ガバナンス上のリスクも生じます。
さらに近年では、世界的なマネーロンダリング規制の強化に伴い、シンガポールでも外資系法人が新規口座を開設する際の審査が厳格化されました。なかには、法人は設立できたが、事業実態が認められず、銀行口座が開けなかったというケースも存在します。
こうした事態を避けるためには、以下のような明確な事業実態をしっかり整えることが求められます。
- 物理的なオフィス
- 現地スタッフの雇用
- 具体的な事業計画
- 具体的な取引先
出典:JETRO「外資法人設立など規制強化へ、約3,000億円相当の資金洗浄事件の発覚で(シンガポール)」
シンガポール進出の主要形態
| 進出形態 | メリット | デメリット |
|---|
| 現地法人 | ・日本の親会社とは別の法人格となり、有限責任でリスクを切り離せる。 ・低い法人税率や新設法人向けの免税スキームの恩恵を受けられる。 ・意思決定が速い。 | ・最低1名のローカル取締役(居住者)の選任義務がある。 ・近年はマネーロンダリング対策で、実体のない法人の銀行口座開設が非常に困難になっている。 ・移転価格税制やタックスヘイブン対策税制への対応にも注意が必要。 |
| 支店 | ・日本の親会社の一部とみなされ、進出初期の赤字を親会社の利益と損益通算できる。 ・現地居住者の代表者を置けばよく、取締役要件を満たす必要がない。 | ・現地での負債や法的トラブルの責任が、すべて日本の親会社に直接及ぶ。 ・シンガポールの登記局に対し、支店だけでなく「日本親会社」の監査済財務諸表の提出が求められる。 ・シンガポールの居住法人とみなされないため、一部の免税恩恵を受けられない。 |
| 駐在員事務所 | ・営業活動を行わないため法人税が発生せず、設立手続きもシンプル。 | ・売上を立てる活動や、顧客との販売契約など収益を生むための直接的な契約締結ができない。 ・設置期間は通常最大3年と定められており、期限後は現地法人や支店へのアップグレードが必要。 |
| クロスボーダーM&A | ・既存の顧客基盤、優秀な人材、サプライチェーン、許認可などを一気に獲得できる。 ・ゼロから立ち上げるより圧倒的なスピードで事業規模を拡大できる。 | ・買収資金に加え、専門家へのFA費用やDD費用等の初期コストが大きい。 ・PMIの難易度が高く、後からコンプライアンス違反や簿外債務が発覚するリスクがゼロではない。 |
| ジョイントベンチャー | ・パートナー企業の顧客網やブランド力、人材を活用できる。 ・初期投資や事業リスクをパートナーとシェアできる。 | ・意思決定プロセスが複雑になり、意見対立時に事業が停滞するリスクがある。 ・利益を出資比率に応じて分配する必要があるほか、自社のノウハウや技術がパートナー側に流出するリスクに対する契約上の手当てが必要。 |
シンガポールに進出する際の形態については、大きく分けて以下の4種類があります。
- 現地法人
- 支店
- 駐在員事務所
- その他(クロスボーダーM&A・ジョイントベンチャー)
それぞれについて、解説します。
現地法人
現地で法人を設立すると、営業や販売のような経済活動を行うことが可能です。
現地法人を設立するメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
- 日本の親会社とは別の法人格となり、有限責任でリスクを切り離せる。
- 低い法人税率や新設法人向けの免税スキームの恩恵を受けられる
- 意思決定が速い。
一方で、デメリットとしては、以下のような点があります。
- 最低1名のローカル取締役(居住者)の選任義務がある。
- 近年はマネーロンダリング対策で、実体のない法人の銀行口座開設が非常に困難になっている。
- 移転価格税制やタックスヘイブン対策税制への対応にも注意が必要。
支店
支店を設立すると、原則的に法人と同じように経済活動を行うことが可能です。
支店を置くメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
- 日本の親会社の一部とみなされ、進出初期の赤字を親会社の利益と損益通算できる。
- 現地居住者の代表者を置けばよく、取締役要件を満たす必要がない。
一方、以下のようなデメリットがあります。
- 現地での負債や法的トラブルの責任が、すべて日本の親会社に直接及ぶ。
- シンガポールの登記局に対し、支店だけでなく「日本親会社」の監査済財務諸表の提出が求められる。
- シンガポールの居住法人とみなされないため、一部の免税恩恵を受けられない。
駐在員事務所
シンガポールでの駐在員事務所では、現地法人や支店と異なり、販売や営業といった経済活動は政府によって認められていません。一方で、マーケット調査のような情報収集などの活動は可能です。現地法人設立と比較して、あまり手間をかけずに設立できることから、現地法人の前身として設立することも考えられます。
駐在員事務所を選ぶメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
- 営業活動を行わないため法人税が発生せず、設立手続きもシンプル。
デメリットとしては、以下が考えられます。
- 売上を立てる活動や、顧客との販売契約など収益を生むための直接的な契約締結ができない。
- 設置期間は通常最大3年と定められており、期限後は現地法人や支店へのアップグレードが必要。
その他の進出方法
現地法人・支店・駐在員事務所といった、自力かつ単独で進出する方法のほか、M&Aや、現地企業との合弁による進出という選択肢もあります。
クロスボーダーM&A
シンガポールは事業コストが高く、ゼロから販路を開拓し、信頼できる現地スタッフを雇用し、ブランドを浸透させるには膨大な時間とコストがかかります。そこで、すでに顧客基盤や許認可、熟練スタッフを持つ現地企業をM&Aで取得することは、リスクを抑えつつ即座にASEAN市場での足がかりを得るための極めて合理的な手段となっています。
かつては国境を越えるクロスボーダーM&Aといえば、大企業がやるものでしたが、近年では中堅・中小企業によるM&Aも目立つようになりました。昨今の円安状況においても、海外進出における有力な選択肢の一つとして、増加傾向にあります。
他のASEAN諸国と比べても、シンガポール企業を対象とする日系企業のM&A(IN–OUT)件数は、安定して多い状況です。

引用:レコフ「クロスボーダーM&Aマーケット情報」
クロスボーダーM&Aを選択するメリットしては、以下のような点が挙げられます。
- 既存の顧客基盤、優秀な人材、サプライチェーン、許認可などを一気に獲得できる。
- ゼロから立ち上げるより圧倒的なスピードで事業規模を拡大できる。
一方、以下のような特有のリスクに注意が必要です。
- 買収資金に加え、専門家へのFA(ファイナンシャル・アドバイザリー)費用やDD(デューデリジェンス)費用等の初期コストが大きい。
- PMI(買収後の統合プロセス)の難易度が高く、後からコンプライアンス違反や簿外債務が発覚するリスクがゼロではない。
クロスボーダーM&Aは、海外進出の戦略として有効ですが、成功のためには財務・税務・法務のあらゆる角度からのDDが欠かせません。AGSでは、ターゲット企業の選定からDD、企業価値算定、PMIまで、一気通貫でご支援しておりますので、シンガポールでのM&Aを検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。
現地企業とのJV(ジョイントベンチャー)設立
JVは、複数の企業が互いに出資を行い、合同で経営を行う会社形態を指します。特に海外進出の文脈においては、進出先の現地企業とパートナーシップを組み、共同で特定の事業法人を組成することを意味します。
シンガポール進出においても、JVを採用することで得られるメリットはあるものの、実施には、さほど選ばれているやり方ではありません。というのも、JVは、独特のビジネス慣習があって新規参入が難しい国や、厳しい外資規制によってゼロからの事業立ち上げが難しい国でこそ、効果を発揮する手法だからです。
その点、シンガポールは外資系企業でもビジネスがしやすく、外資規制もほとんどないため、あえてJVを選ぶ意味が薄いといえます。
JVを選ぶメリットとしては、以下のような点が挙げられます。
- パートナー企業の顧客網やブランド力、人材を活用でき、口座開設・ビザ取得・ローカル取締役の確保といった実務ハードルを軽減できる。
- 初期投資や事業リスクをパートナーとシェアできる。
シンガポール進出に向けた具体的なステップ

シンガポールの会社設立手続き自体はデジタル化が進んでおり、書類が揃えば短い期間でスムーズに進めることが可能です。ただし、進出にあたっては厳格な法規制があるため、それらを1つずつ確認しながら進めなければなりません。
ここでは、主に「現地法人」による進出を想定し、以下の5ステップに沿って解説します。
- 市場調査・フィージビリティステディ
- 進出スキームの決定
- 会社設立・ライセンス取得
- ビザ取得・銀行口座開設
- 事業開始・バックオフィス構築
1.市場調査・フィージビリティスタディ
まず、進出を検討するにあたっては、マクロ環境や競合状況を調査し、シンガポール市場における自社の勝機を冷静に見極める必要があります。
ターゲットとなる市場の規模や競合他社の動向を詳細に分析することに加え、近年の事業コストの高騰を踏まえ、投資回収の可能性を厳密に評価します。
このタイミングで、自社の強みの洗い出しや、現地進出にあたって不足している課題を明確にします。
2.進出スキームの決定
ステップ1の調査結果に基づき、「単独進出」「クロスボーダーM&A」「JV」など、いずれの進出方法が最適かを決定します。
単独進出は意思決定が速い一方、事業を安定させるまでに困難を伴います。一方、クロスボーダーM&Aなどは既存の顧客基盤などを活用できるため、事業を安定させるまでのスピードを重視する展開に適しています。M&AやJVを選択する場合は、ターゲット企業のロングリスト・ショートリストを作成し、検討を進めます。
進出の成否を分けるのは、この段階のスキーム選定にあるといっても過言ではありません。 複雑な法的・税務的判断が伴うため、早い段階で専門家の支援を受けることが有効です。
3.会社設立・ライセンス取得・契約締結
具体的な法人の形を作り、法的効力を持たせるフェーズです。現地法人の登記手続きや定款の作成、事業に必要なライセンスの申請を行います。
特に、シンガポールでは、会社法により、最低1名の居住取締役(ローカルディレクター)の選任が必須です。専門業者などに依頼して、居住取締役を確保しましょう。
シンガポールの会社法上、資本金に制限はないため、1SGDからの法人設立が可能です。実際には、後述するEP申請の段階で増資が必要となるケースがほとんどですが、設立時点では1SGDで登記するケースも珍しくありません。
M&Aの場合、ここでデューデリジェンスを実施してリスクを精査し、条件交渉を経て最終契約を締結します。
4.ビザ取得・銀行口座開設
ここが、最も時間がかかり、計画が停滞しやすい実務上の難所といえるかもしれません。
ビザの申請にあたっては、新たな評価制度であるCOMPASSに対応した上で、駐在員のEP(就労ビザ)を申請します。審査では、企業の資本力や雇用実態が厳しく問われるため、事前に銀行口座へ資本金を着金させ、増資の登記を完了させておくのが実務上の定石です。
銀行口座の開設にあたっても、マネーロンダリング対策による顧客確認が厳格化しており、非居住者による法人口座開設は非常に煩雑かつ、時間がかかる状況です。とはいえ、銀行口座が開設できないとビジネスに支障をきたしますから、あらかじめ時間がかかることを想定した上で、諸々のスケジュールを組んでおくことが肝要だといえます。
5.事業開始・バックオフィス構築
拠点が整った後は、実際に事業を回していくための体制を構築します。具体的には、オフィスの契約や、ローカルスタッフの採用手続きを進めます。M&Aでは、PMIにあたるプロセスです。
この際に、現地の法規制や会計基準、労務慣行に準拠した管理体制を構築しておかないと、後になってコンプライアンスやガバナンス上のリスクを発生させる要因となってしまいます。
専門家にバックオフィス業務の支援を依頼し、進出初期の煩雑な事務作業を効率化するとともに、経営陣が本業に集中できる環境を整えることも検討しましょう。
シンガポール進出を成功させるための3つのポイント

海外諸国のなかでも、比較的ハードルが低く、ビジネスしやすい国がシンガポールです。とはいえ、進出を成功させ、事業を軌道に乗せるためには外せない要素も存在します。
ここでは、シンガポール進出を成功させるためのポイントとして、以下の3点を解説します。
- 収支シミュレーションと資金繰りが最重要
- 複雑な国際税務への対応
- 現地法規制の順守とガバナンス構築
収支シミュレーションと資金繰りが最重要
シンガポール進出において、最もシビアに捉えるハードルは、コストです。現在、シンガポールに進出しようとする日系企業は、「円安・物価高・ビザ取得難化」という三重苦のなかでの舵取りを求められています。
本記事でも解説したように、ビザ取得に必要な最低月額給与は、上昇し続けています。さらに、会社法上は資本金1SGDからの法人設立が可能ですが、銀行口座を開設するためには、実質的に数千万円に上る資本金が求められます。
賃料や人件費の高騰も凄まじく、生半可な見通しではあっという間にキャッシュが底をつきかねません。進出前には、他のASEAN諸国とも比較した上での緻密な収支シミュレーションと、余裕を持った資金繰り計画が不可欠です。
同様の理由で、クロスボーダーM&Aを選択する場合には、DD(デューデリジェンス)の徹底が成功の成否を分けます。買収後に予期せぬ簿外債務やコンプライアンス違反が発覚すれば、高コストなシンガポール市場において投資回収は極めて困難になります。
複雑な国際税務への対応
シンガポールは17%の低税率が魅力ですが、その恩恵を享受するためには事業実体が伴っていなければなりません。実体のないペーパーカンパニーとみなされれば、日本の「タックスヘイブン対策税制(外国子会社合算税制)」を適用され、日本親会社の所得と合算して課税されるリスクを招きます。
さらに、親会社と子会社間の取引価格の妥当性を証明する「移転価格税制」への対応も急務です。グループ間取引価格の妥当性を説明する移転価格ポリシーの策定や、税務当局から作成・提示を求められるローカルファイルやマスターファイルの準備を後回しにすることは、将来的な巨額の追徴課税リスクを放置することと同義です。
こうした複雑な国際税務は、トラブルが起きてから対処するのでは遅すぎます。進出前の段階から、両国の税制に精通した専門家の力を借り、最適なタックスプランニングを構築しておくことが、長期的な事業継続における最大の防御策となります。
現地法規制の順守とガバナンス構築
シンガポールは「最もビジネスがしやすい国」という評価の一方で、法執行に非常に厳格な国でもあります。特に、雇用法や外国人雇用に関するガイドラインの順守は、EPの維持にも直結する生命線です。
ここで重要なのは、現地任せにしないガバナンスです。物理的な距離があるからこそ、日本親会社へのレポーティングラインを明確にし、リアルタイムな財務モニタリング体制を整備することが欠かせません。
不正リスクを未然に防ぎ、透明性の高い経営状態を維持することこそが、シンガポール拠点をアジア市場の司令塔として機能させるための最低条件といえるでしょう。
シンガポールに進出している主な日系企業一覧

外務省の調査によれば、シンガポールに拠点を持つ日系企業は、2024年3月時点で4,558社あります。かつては製造業、卸売業が多数を占めましたが、今では情報通信技術や経営コンサルなど、多岐にわたる業種が進出し、その規模も様々です。
ここでは、シンガポールに進出している日系企業の一部をご紹介します。
| 業種 | 企業名 |
|---|
| 総合商社 | 三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅 |
| 金融・保険 | 三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行、野村證券、東京海上日動 |
| 製造業・メーカー | トヨタ自動車、パナソニック、ソニー、村田製作所、デンソー |
| IT・通信 | NTTデータ、KDDI、楽天グループ、LINEヤフー |
| 小売・飲食 | パンパシフィックインターナショナルHD(ドン・キホーテ)、ファーストリテイリング(ユニクロ)、良品計画(無印良品)、サントリー、ヤクルト |
| コンサル | 野村総合研究所、デロイト、PwC、EY、KPMG、AGSグループ |
出典:外務省「海外進出日系企業拠点数調査」
出典:JETRO「変わる在シンガポール日系企業の顔ぶれ」
まとめ:入念なシミュレーションでコスト高・ビザ厳格化を乗り越え、シンガポール進出を成功に導く

シンガポールは、ASEAN市場につながるビジネスハブとして成熟し、インフラや人材の質が極めて高い国です。一方で、事業コストの高騰や円安の影響が無視できないレベルに達しているため、進出にあたっては、どのようなビジョンを描き、どのように収益を生み出すかという、シビアな収支シミュレーションが不可欠といえます。
実務においては、銀行口座の開設と就労ビザ(EP)の取得が大きなボトルネックとなっており、マネーロンダリング対策の強化やCOMPASS制度の導入により、審査は年々厳格化しています。外部専門家の力を借りるなど、最新の法規制や実務の肌感覚に基づいた入念な準備を欠かさないようにしましょう。
AGSグループでは、シンガポールへの新規進出はもちろん、スピード感のある市場参入を可能にするクロスボーダーM&Aや財務・税務デューデリジェンス(DD)まで、グローバル展開のあらゆるフェーズを幅広くご支援しております。進出に関する小さなお悩みや「まずは情報収集から」という段階でも、ぜひお気軽にお問い合わせください。