【ベトナムに関連する制度】日本の金融取引に係る移転価格税制とグループファイナンスについて

【ベトナムに関連する制度】日本の金融取引に係る移転価格税制とグループファイナンスについて

日本における2022年6月の「移転価格事務運営要領」の一部改正を受けて、日系グローバル企業からの金融取引に係る移転価格の相談が増加しています。また、足元ではさらに発展的な検討事項として、グループ間金銭貸借の資本化(いわゆるDES)について相談を受けることも出てきています。本稿では、このDESについて、現地側の手続きにも触れながら解説します。

 

※本稿は、三菱UFJ銀⾏会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」寄稿記事からの転載です。

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はじめに

2022年6月10日に、日本において「移転価格事務運営要領」(いわゆる金融取引に係る移転価格、(以下、「新指針」)の一部改正が行われ、2022年7月1日以降に開始される事業年度より、グローバルに事業展開をしている企業グループは、改正後のルールに則ったグループファイナンスの運営が求められることになりました。こちらについては「【ベトナムに関連する制度】現地法人設立により日本からベトナムに進出する場合のグループファイナンスについて(2023年11月17日付掲載)」にも記載しています。

本改正を受けて、足元では金融取引に係る移転価格に関する相談・支援事例が非常に増えており、実際に、グローバルにグループファイナンスを実行するにあたって必ず考慮しなければならない制度となってきています(直接的な親子間の金銭貸借のみならず、子会社が金融機関から直接借入を行う場合の親会社保証やスタンドバイ信用状(L/C)に係る親会社保証も同様に対象となります)。

本稿では、本改正の内容を再度簡単に整理して紹介するとともに、ベトナムに関連法人を持つ日本法人がグループファイナンス(下記においては、直接的な親子間の金銭貸借のみをテーマとして取り扱います)を行う際に留意すべき事項を、ベトナム現地での手続きにも触れながら解説します。

1.足元の日本の制度(移転価格税制)の整理

(1)移転価格の改正

前述の通り、2022年6月10日に本邦国税庁が、金融取引について一部改正した新指針を公表しました。新指針は、日本企業の多くが実施している親子ローン等について詳細な規定を設けています。

新指針は、2022年7月1日以降の事業年度から適用開始(3月決算の企業に関しては、2023年4月開始の事業年度から適用)となり、企業や金融取引の規模を問わず、一律に適用されることとなっています。足元、相談が増えているものの、まだ多くの企業が新指針に則った金利・保証料等の設定を行えていないため、早急に対応が必要であると考えられます。

(2)現状と問題点

日本企業の親子ローンに係る現状及び問題点と新指針の関連規定について、それぞれ下の図1で説明します。
【図1:親子ローン】

【図1:親子ローン】

出所:各種資料より筆者作成

(3)実施すべきこと

①信用力の評価

新指針は、借手である海外子会社の信用力を適切に評価することの重要性を強調しています。

  • 信用力を評価するにあたっては、当該当事者の信用格付その他における信用状態の評価結果を表す指標(以下、「信用格付」)を用いることが可能
  • 国外関連取引における借手が、外部信用格付機関の信用格付を得ていなくとも、公開されている財務ツール等から、当該国外関連取引における借手と同様の信用力を有する企業に付されるであろう信用格付を算定できる場合には、当該信用格付を用いて独立企業間価格を算定することが可能

【図2:海外子会社の信用力評価】

【図2:海外子会社の信用力評価】

出所:各種資料より筆者作成

②独立企業間金利の算定

金融取引に係る独立企業間価格の検討を行う場合には、次に掲げる点に留意し、金融取引の対価の額が最も適切な方法により算定されているかを検討する必要があります(新指針3‐8より抜粋・要約)。

  • 金融市場における利率その他の、現実に行われる取引に依拠した客観的な指標(以下、「市場金利等」)で、当該金融取引と通貨、時期、期間、信用力その他の比較可能性に影響を与える要素が同様の状況の下にあるものにより、当該金融取引に係る比較対象取引を想定できるときは、当該市場金利等を用いて想定した取引を比較対象取引とすることが可能であるという点
  • 非関連者である銀行等に照会して取得した見積もり上の利率またはスプレッドのように、現実に行われる取引に依拠しない指標は、市場金利等には該当しないという点

【図3:独立企業間金利の算定における課題と対応】

【図3:独立企業間金利の算定における課題と対応】

出所:各種資料より筆者作成

2.グループ間で金銭貸借を行う際の留意点

(1)投資登録証明書(IRC)と企業登録証明書(ERC)

ベトナムでプロジェクトを行おうとする外国投資家は、ベトナム各省の管轄当局が発行する当該プロジェクトに関するIRCを取得しなければなりません(当該IRCには投資家が受けられる優遇措置も記載されます)。IRCの取得後、外国投資家は承認プロジェクト実行のため、企業法に従って現地法人を設立することになります。具体的には、取得したIRCの写しを申請書類の1つとしてERCの発給申請を行い、当該ERCの発給を受けることとなります。IRCが「外国投資家に対して交付される対象プロジェクトに関する許可」であるのに対して、ERCは「企業の登録証」としての性質を有し、ERCの発給日が現地法人の設立の日とされます。

(2)定款資本金と長期ローンの関係

IRCを取得して事業活動を行っている外資系企業は、総投資資本金と定款資本金の差額(借入資本)の範囲でのみ長期ローンを組めるとされているため、借入額がこれを超える場合にはIRCの変更が必要となります。また、借入枠は為替に影響される点も留意が必要です。加えて、実務慣習として、総投資資本金に占める定款資本金の割合は15~20%といわれています。これを下回るような過度に少額の定款資本金設定は、事業運営上支障をきたすことになるので留意が必要となります。

上記のように「借入資本の範囲でのみ長期ローンを組めるとされていること」「実務慣習として、総投資資本金に占める定款資本金の割合は15~20%とされていること」、さらに、後述の「3.ベトナム特有の仕組み(1)長期ローン」で説明しますが、「長期ローンは中央銀行へのローン契約登録が必要であり、機動性に欠けること」から、ベトナム進出時には市場調査に基づく事業計画の策定、特に損益計画と資金計画の策定が極めて重要になります。

つまり、ベトナムにおける法人設立の検討にあたっては、機動的かつ安定的な事業資金確保の観点から、必要資本がどの程度になるかを事前に把握することがポイントとなります。また、総投資資本金全体を意識した定款資本金の設定も必要です。事業運営上、ギリギリの資金繰りを行うことは現実的でないため、余裕を持った総投資資本金の設定が求められます。

しかしながら、日本とは異なる事業環境や商慣習があり、しっかりとした事業計画を策定したとしても、思い描いた通りに事業が展開できるとは限りません。そのため、追加でベトナム現地法人に長期ローンを実行しなければならない場面も多く見受けられます。その場合、現地法人の業績が芳しくないという状況が前提となるので、当該ローンの金利設定の基準となる信用格付も悪く出てしまうこととなります。結果として、ベトナム現地法人の業績が悪いにもかかわらず、重い金利負担を強いられることとなり、益々業績改善までの道のりは遠のくこととなってしまいます。

それに加えて、上述の通り「実務慣習として、総投資資本金に占める定款資本金と割合は15~20%とされていること」から、長期ローンとして貸し出せる金額にも実務的に上限が出てきてしまいます。そこで、日本親会社はこのような状況を打破するために、グループ間金銭貸借の資本化(デット・エクイティ・スワップ:DES)を検討することになります。

3.ベトナム特有の仕組み

ベトナム現地法人の資金調達方法は、設立時の定款資本を除くと、主に現地での銀行借入、増資、または日本親会社からの借入(親子ローン)等に分けられます。ここでは特に留意すべき長期の親子ローンについて整理します。

ベトナムは、外国為替や外貨の取り扱いについて慎重な姿勢を継続しています。ベトナム現地法人は、法が許容する範囲で実需に応じて国外から融資(ローン)を受けられますが、このようなローンは中央銀行が管理監督すると定められています。短期・長期を問わず、国外からの借入にあたっては、常に融資契約書(ローン契約書)を作成することが求められます。

(1)長期ローン

借入期間が1年を超えるものは長期ローンとなります。借入金は、運転資金に限らず設備投資等にも利用できるものの、ローン契約書に借入元本・支払利息の返済スケジュールを明記する必要があります。また、中央銀行へのローン契約登録を行わなければならない点も注意が必要です。

また、ローン契約の実施状況は、四半期ごとに中央銀行へ報告しなければなりません。報告期限は、ローン契約の期間やオンライン報告・書面報告の区別なく1、4、7、10月となっています。

(2)その他の留意点

IRCを取得して事業活動を行っている外資系企業は、借入資本の範囲でのみ長期ローンを組めるとされているため、借入額がこれを超える場合にはIRCの変更が必要です。また、借入枠は為替に影響される点も留意が必要となります。

4.ベトナムにおけるDESの取り扱い

上記「2.グループ間で金銭貸借を行う際の留意点」で取り上げたような課題や「3.ベトナム特有の仕組み」で説明したことを踏まえ、長期ローンについてDESを検討するケースが増えてきているようです(相談も増えてきています)。

なお、ここではグループ間金銭貸借を直接資本に振り替えるものではなく、「疑似DES」といわれる仕組みについて説明します。というのも、対象となるベトナム現地法人は、業績が芳しくない「債務超過」ないし「出資資本が毀損」してしまっているケースが前提となるため、単純にグループ間金銭貸借を資本に振り替えると、当該金銭貸借を時価評価する必要があります。一方で、金銭貸借額面通りの時価評価がつかないことがほとんどで、結果、額面が増加資本金とイコールにならないことになります。この差額は、日本親会社がベトナム現地法人に債務免除をしたこととなり、日本の法人税法上は国外関連者寄附金として扱われ、全額損金不算入となってしまいます。

このような状況を回避するため、日本親会社はいったん新たに資金拠出して増資を行い、当該増資資金をもってグループ間金銭貸借を回収することとなります。これを「疑似DES」といいます。

この場合において、日本親会社以外の出資者がいるときは、当然時価評価が必要となります。その際、設立当初よりも低い時価評価となるため、設立当初の出資比率を維持できなくなる点に留意が必要です。

上記を踏まえたうえで、下記にDESに係る手続きを記載します(大きく3つの手続きが必要になります)。

(1)IRCの修正

増資によりすでに設立された企業の定款資本を変更する場合には、ベトナム企業法に基づきIRCの修正手続きが必要となります。

(2)ERCの修正

手続き上、ERCの修正は増資に係る株主総会等の決定日から10日間以内に行う必要があります(ペナルティあり)。

(3)長期ローンの変更登録

疑似DESを実行する場合、当初の長期ローン条件とは異なるタイミングでの返済となるため(当然、返済期限と同タイミングで疑似DESを実行するのであれば、条件変更とはならない)、中央銀行への変更後のローン契約書に基づいた変更登録が必要になります。

5.まとめ

新指針は日本国内のルールの見直しになりますが、海外子会社へのローンを規制するものであるため、実際は海外子会社に大きな影響を及ぼすこととなります。特に、業績の悪い子会社に対してローンを実行する際は、金利負担が重くなり、業績改善が遠のく原因にもなってしまうことから、DESを検討する日本企業も多くあると考えます。日本親会社側への影響も含めて解説しましたので、ぜひ参考にしていただければと思います。

 

  • 監修者
    大槻 達也

    株式会社AGSコンサルティング
    国際部門長・税理士

    大槻 達也

    大手金融機関を経て、2004年にAGSグループに入社。国内税務、IPO、M&A、再生支援などの業務に広く関わるとともに、2010年から専門家の立場で大手金融機関への出向も経験。大阪支社副支社長を経て、2017年より国際事業部に合流。

    2020年より現職。税理士登録2006年。