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金融取引に関する「移転価格事務運営要領」を解説|改正のポイントや実務対応も紹介

金融取引に関する「移転価格事務運営要領」を解説|改正のポイントや実務対応も紹介

2022年6月、国税庁は、「移転価格事務運営要領」を一部改正のうえで公表しました。公表された改正版の移転価格事務運営要領においては、事業会社の多くが実施している親子ローン、親子保証等の金融取引について、価格設定の方法に抜本的な見直しが行われています。改正版の移転価格事務運営要領は、企業や金融取引の規模を問わず一律に適用されることとなっているため(一定の規模以下の企業や取引について適用を免除するなどのセーフハーバー規定は特に設けられていません)、事業会社に与える影響は大変大きいです。改正版の移転価格事務運営要領は、2022年7月以降に開始の事業年度から適用が開始されるため、3月決算の企業であれば2024年3月期から適用が始まりますが、金融取引が本業ではない事業会社の見直し対応は後手に回っている印象を受けます。今後の税務調査においては、金融取引が対象となることが高い確率で想定されますが、金融取引の価格設定について厳しい指摘を受けることがないよう、対応が進んでいない事業会社に関しては、早い段階で金利・保証料率の見直しに着手することが望まれます。当コラムでは、改正のポイントと実務的に必要となる対応等について解説します。

「移転価格事務運営要領」改正の背景

「移転価格事務運営要領」改正の背景

経済協力開発機構(OECD)は、2017年に発行した「OECD多国籍企業及び税務当局のための移転価格ガイドライン」に代わる新たなガイドラインを2022年に公表しました。公表された新たなガイドラインの主な改正点の一つに金融取引に係る移転価格設定があり、当該ガイドラインは、法的拘束力を持つものではありませんが、OECD加盟国の総意の上で取りまとめられたものであるため、OECD加盟国である日本はもちろんのこと、国際的なコンセンサスとしてOECD加盟国以外の多くの国も尊重しています。日本の国税庁は、当該ガイドラインの内容に沿う形で「移転価格事務運営要領」を改正のうえで、2022年6月に公表するに至りました。

 

今回の改正により、例えば親子ローンについては、借手である海外子会社の信用格付を適切に評価したうえで、当該評価結果に基づいて金利を設定すべきことが明確化されました。改正前の移転価格事務運営要領においては、借手である海外子会社の信用力を評価して金利を設定することが困難な場合には、親会社が外部の金融機関から資金を調達した際に適用された金利を参照することが許容されており、それも困難な場合には国債の利率を参照することも許容されていましたので、多くの日本企業がそのような方法で金利を設定していたのが実態でした。しかし、そのような設定方法には、本来金利に含まれるべき海外子会社の信用リスクを負担することに関する対価が含まれておらず、結果として不当に低い水準の金利を適用する結果に繋がっていたことが問題視されていました。今回の改正により、従来許容されてきた金利設定方法は認められないこととなり、原理原則に従って借手である海外子会社の信用格付を評価したうえで、客観的なマーケットデータから金利を算定することが求められることになりました。

 

出典:国税庁「移転価格事務運営要領 第3章 調査」

「親子ローン」に求められる移転価格対応と注意点

「親子ローン」に求められる移転価格対応と注意点

親会社が外部の金融機関から調達した資金や内部留保資金を海外子会社に融通し、その対価として子会社が親会社に金利を支払う「親子ローン」取引に求められる移転価格対応と注意点を解説します。

 

従来、日本の事業会社の多くが、親会社が外部の金融機関から資金調達した際に適用された金利に、親会社側で生じたコストをカバーする程度の金利を上乗せして親子ローンに適用する金利を設定していました。

 

しかし、この方法では、本来金利を設定するうえで考慮することが必要な借手(海外子会社)の信用力が全く考慮されておらず、結果として多くのケースで独立企業原則の観点からあるべき金利水準よりも低い水準の金利が適用されていたことが問題になっていました。

 

今回の改正により、借手の信用格付を適切に評価したうえで、当該評価結果に基づいて客観的な指標(マーケットデータ)を参照して適用金利を設定できているかが税務調査で論点となります。

 

また、適用する金利の種類についても注意する必要があります。マーケットの変動に応じて金利が見直される「変動金利」を設定する場合は、「ベースレート」(一般的には、銀行が銀行間の市場で資金調達する際の金利のことを指します)と上乗せ金利である「スプレッド」(借手の信用リスクを考慮して個別に設定される金利のことを指します)をそれぞれ適切に設定できているか、契約時から完済時まで金利が固定される「固定金利」を設定する場合は、契約時の金利がその当時のマーケットデータと比較した時に妥当な水準かどうかが論点となります。

 

なお、日本の事業会社が親子ローンに適用する金利を決定するにあたっては、親会社が外部の金融機関から資金調達した際に適用された金利を参照する方法以外にも、取引のある銀行の担当者に親子ローンに適用すべき金利について照会を行い、得られた回答をもとに適用金利を決定している事例も多くありました。しかし、今回の改正により、銀行が回答した金利は見積金利に過ぎず、実際の取引金利ではないため、実際の取引との比較に基づいて価格設定すべきことが前提とされている独立企業原則のもとにおいては認められないことが明確化されましたので、そのような方法で親子ローンの金利を設定していた事業会社も見直しを求められることになります。

 

「親子保証」に求められる移転価格対応と注意点

「親子保証」に求められる移転価格対応と注意点

海外子会社が現地の金融機関から資金を調達する際、海外子会社の信用力が十分ではないことなどを理由に、金融機関が日本の親会社に海外子会社の債務を保証することを求めることがあります。債務保証契約自体は、金融機関と日本の親会社の間で締結されますが、移転価格税制の観点からは、この場合、日本の親会社と海外子会社の間で債務保証の委託が行われたと考えますので(実際に親子間でそのような委託契約が締結されているかは関係ありません)、その債務保証委託取引が関連者間取引に該当することとなり、その債務保証委託取引の対価として海外子会社から親会社に支払われる保証料が妥当な水準かどうかが検証されることになります。

 

従来は、金融機関に債務保証を差し入れたとしても、その時点で特段コストが発生する訳ではないこと等を理由に、そもそも保証料を回収していないケースが多くありました。また、保証料を回収していたとしても、明確な根拠のない保証料率(平成14年国税不服審判所裁決を参照して0.1%に設定している、他社と同じ水準に設定している、等)を適用しているケースも多くありました。

 

しかし、金融機関に債務保証を差し入れた段階で、親会社は、子会社が債務を返済できない場合に代わって支払いを行うことになる訳ですから、金融機関に対する債務を負担していることとなり、そのような債務を負担するからには、独立の第三者間であれば一定の対価(保証料)の支払いが行われるのは当然ですので、関連者間であっても保証料を回収すべきだと考えられます。今回の改正では、保証者である親会社が、被保証者である海外子会社から保証料を回収すべきことを当然の前提として、保証料率の具体的な計算方法についても規定を置いています。具体的な保証料率の計算方法の一つ目としては、イールドアプローチが規定されています。イールドアプローチは、保証前後の被保証者の信用格付に基づく市場金利差を基に保証料率を算定するアプローチになります。そして、二つ目の計算方法として、コストアプローチが規定されています。コストアプローチは、債務保証を引き受けることにより将来予想される損失額である期待損失に、債務保証を引き受けることに対し稼得すべきリターン(対潜在的損失利益)を加味して保証料率を算定するアプローチとなります。いずれのアプローチも、親子ローンと同様に、海外子会社の信用格付を適切に評価したうえで、客観的なマーケットデータを使用して保証料率を計算する方法であるため、従来、保証料を回収していなかった事業会社、あるいは、回収はしているけれども根拠のない保証料率を適用していた事業会社は、いずれも見直しが必要となりますので、今回の改正が及ぼす影響は大変大きいです。

 

借手・被保証者(海外子会社)の信用格付の評価方法

借手・被保証者(海外子会社)の信用格付の評価方法

親子ローン・親子保証、いずれも借手・被保証者である海外子会社の信用格付を評価する必要があることは先述のとおりです。ここで、具体的にどのようにして海外子会社の信用格付を評価するのかが論点となります。この点、今回の改正が公表された時点で、海外子会社の信用格付を既に第三者信用格付評価機関から取得している、あるいは、第三者データベース会社(S&P、Moody’s等)が提供している簡易的な信用格付評価ツールを使用して評価済みであるという事業会社はほとんど存在しません。なぜなら、過去、社債を発行したことがある等の事情でもない限り、海外子会社はもとより、親会社であっても信用格付を第三者信用格付評価機関に依頼して評価するということは、大企業を含めてほとんど行われていないからです。従いまして、今回の改正を受けて、親子ローン又は親子保証を行っている事業会社は、改めて海外子会社の信用格付を評価する必要があります。

 

具体的な評価方法としては、第三者信用格付評価機関に海外子会社の信用格付評価を依頼する、あるいは、第三者データベース会社(S&P、Moody’s等)が提供している簡易的な信用格付評価ツールを利用して評価する、という方法が考えられます。ただ、今回の改正を受けた移転価格税制対応のためだけに、第三者信用格付評価機関に海外子会社の信用格付評価を正式に依頼するという前者の方法は、費用面からも事業会社にとってあまり現実的な方法とは言えません。従いまして、第三者データベース会社(S&P、Moody’s等)が提供している簡易的な信用格付評価ツールを利用して海外子会社の信用格付を評価するという後者の方法を採用するのが事業会社の間で一般的になっています。後者の方法を採用する場合、進め方としては二つ考えられます。

 

まずは、自社で第三社データベース会社(S&P、Moody’s等)と直接契約したうえで海外子会社の信用格付の評価を行う方法になります。この方法は、自社内にノウハウを蓄積できるという意味では望ましいですが、第三者信用格付評価機関に正式な信用格付評価を依頼する場合ほどの費用ではないものの、毎年かなりのデータベース使用料の負担が生じる点、データベースを使用した信用格付分析に自社内のリソースが割かれてしまい、データベース使用料に加えて信用格付評価を担当する方の対応コスト等も考慮すると、かなりの費用負担になることは否めません。

 

次の進め方としては、第三社データベース会社(S&P、Moody’s等)と既に使用契約を締結している外部のコンサルティング会社等に海外子会社の信用格付評価を依頼することが考えられます。コンサルティング会社によっては、既に信用格付評価のノウハウが蓄積し、サポート実績も豊富であるため、比較的費用を抑えつつ海外子会社の信用格付を評価することが可能となります。

 

なお、親会社は既に第三者信用格付評価機関から信用格付を取得しているという場合には、当該信用格付をベースに、S&Pが公表している「グループ格付け手法」に則って海外子会社のグループ内における重要性の評価を行う(「中核」子会社、「戦略的に非常に重要」な子会社、「戦略的に重要」な子会社、「戦略的にやや重要」な子会社及び「戦略外」の子会社の5区分)ことで、費用を掛けることなく海外子会社の信用格付を評価することが可能となります。ただし、当該格付け手法において、「中核」子会社、あるいは「戦略的に非常に重要」な子会社と判定された場合に限定され、それ以外の評価結果となった場合には、先述した信用格付評価ツールを使用して海外子会社の信用格付を改めて評価する必要があることに注意が必要です。

 

信用格付評価結果を受けた金利・保証料率の算定方法

信用格付評価結果を受けた金利・保証料率の算定方法

借手・被保証者である海外子会社の信用格付の評価結果を受けて、次に、当該評価結果に基づいて第三者データベース会社(S&P、Moody’s、Refinitiv、Bloomberg、等)が提供するデータベースを使用したうえで、金利・保証料率のベンチマーク分析を実施して独立企業間金利・保証料率を算定する必要があります。

 

海外子会社の信用格付を評価する段階と同様に、金利・保証料率のベンチマーク分析の段階でも、自社で第三社データベース会社と直接契約したうえで金利・保証料率のベンチマーク分析を実施する方法と、第三社データベース会社と既に使用契約を締結している外部コンサルティング会社等に依頼する方法が考えられますが、両方法のメリットとデメリットは信用格付評価の際とほぼ同様です。

 

ただし、金利・保証料率のベンチマーク分析を実施するにあたって使用するデータベースによっては、金融に関する高度な知識が求められ、自社のみで対応を行うことが現実的ではない場合もありますので(金融取引の移転価格分析実務の経験を持つ担当者を自社に抱えている場合は別となります)、その点は注意していただく必要があります。欧米の税務調査においては、自社で金利・保証料率のベンチマーク分析を行っていた事業会社のケースにおいて、比較可能性の分析が十分ではないとして、納税者が準備したベンチマーク分析結果を調査官が否認した事例もあり、今後、日本でも同様のことが起こる可能性が想定されますので、分析の進め方には注意する必要があります。

 

保証料率の具体的な算定アプローチの紹介(イールドアプローチ)

イールドアプローチは、保証者と非保証者の信用格付の差による市場金利差を基に、保証料率を計算する方法であることは先述のとおりです。親会社に保証に入ってもらうことで、被保証者である海外子会社は単体で借入を行う場合より有利な条件で借入を行えるのが一般的です。親会社が債務保証を差し入れることで、一般的に海外子会社の信用格付は親会社と同等とみなされます。そこで、被保証者である海外子会社が単独で借入を行った場合の借入金利と、親会社の保証付きで借入を行った場合の借入金利を比較し、当該金利差が親会社が債務保証を差し入れたことに対する対価(保証料率)の最大値となります。

 

例えば、海外子会社の信用格付がAで借入金利が1.5%、親会社の信用格付がA+で借入金利が1.2%の場合は、親会社が債務保証を差し入れることで、海外子会社は1.2%で借入を行うことができると考えられます。

 

従いまして、両金利の差分である0.3%が保証料率の最大値と考えられます。ここで、0.3%の全てを親会社に保証料として支払わなければならないとすると、1.2%の金利を金融機関に支払い、0.3%を親会社に保証料として支払うこととなり、結果として海外子会社の負担は変わらず1.5%となり、親会社に債務保証に入ってもらうメリットがなくなることになります。そのような事情を鑑みて、実務的には、金利差部分の50~75%を保証料として支払うのが一般的です。

 

保証料率の具体的な算定アプローチの紹介(コストアプローチ)

コストアプローチは、債務保証を引き受けることにより将来予想される損失額である期待損失に、債務保証を引き受けることに対し稼得すべきリターン(対潜在的損失利益)を加味して保証料率を算定するアプローチとなります。

 

コストアプローチは、保証者と被保証者の信用格付けが同格の場合等において、イールドアプローチを使用して保証料率を計算できない場合であっても、保証料率を算定できるというメリットがあります。例えば、海外子会社のグループ内での重要性が高く、信用格付が親会社と同等と評価された場合でも、その海外子会社が借入を行う場合に金融機関から親会社の債務保証を求められるケースはあります。そのような場合に、保証料の回収は必要ないのかと言いますと、そうは考えられていません。親会社の債務保証がなければ、海外子会社は金融機関から借入を行えなかった訳であり、海外子会社がデフォルトに陥って借入を返済できなくなった場合、親会社は海外子会社に代わって当該債務を負担する必要がある訳ですから、やはり保証料は回収すべきだと考えられます。そのような場合には、コストアプローチを採用して保証料率を合理的に算定することが求められます。

 

まとめ

現在に至るまで、多くの事業会社が採用してきた簡易的な金利や保証料率の算定方法が、今回の改正を受けて認められなくなりました。親子ローンにおいては借手、親子保証においては被保証者の信用格付を適切に評価のうえ、外部データベースを使用したベンチマーク分析を実施して、独立企業間金利・保証料率を算定する必要があります。

 

今回の改正を受けて、日本の税務当局は、今後、税務調査で本腰をいれて金融取引を対象とすることが想定されます。現状、日本の事業会社が設定している親子ローンの金利や親子保証の保証料率は、多くのケースで今回の改正内容に従って算定したあるべき金利・保証料率水準よりも低い水準となっているため、一定の税収を確保したい調査官が税務調査で指摘してくる可能性は高いと考えられます。

 

3月決算の事業会社であれば、2024年3月期以降に新たに実施する親子ローンや親子保証が対象になりますので、2024年3月期以降に親子ローンや親子保証を実施する予定のある事業会社は、借手・被保証者である海外子会社の信用格付を適切に評価し、当該評価結果に基づいて金利・保証料率をベンチマーク分析で算定したうえで適用することが推奨されます。

  • 丸山 裕司

    監修者

    丸山 裕司

    株式会社AGSコンサルティング
    国際事業部シニアパートナー・米国公認会計士試験合格

    大手監査法人、外資系コンサルティング会社等勤務を経て、2023年に株式会社AGSコンサルティングにシニアパートナーとして入所。長年にわたって多国籍企業の移転価格税制対応支援、グローバルファイナンスに関するコンサルティングサービスに従事。

    グローバルファイナンスに関するコンサルティングサービスに関しては、特にサービス提供実績が豊富であり、セミナー、執筆等の経験多数。

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