中小企業の経営者が考えておかなければならないのが事業承継の問題です。この記事では、事業承継の種類や引き継ぐ要素について解説します。税金や手順、失敗しないポイントについても紹介しますので、事業承継を考えている方は参考にしてください。
目次
- 事業承継とは
- 「事業承継」と「事業継承」の違い
- 中小企業における事業承継の実情
- 経営者の高齢化と後継者の不在
- 親族外承継やM&Aが増加
- 事業承継やM&Aの知識が不足
- 事業承継で引き継ぐ3つの要素
- 人(経営権)
- 資産
- 知的資産
- 事業承継の主な種類・方法
- 親族内承継
- 親族外承継
- M&Aを用いた第三者承継
- 事業承継でかかる税金について
- 親族内承継でかかる税金
- 親族外承継・M&Aでかかる税金
- 事業承継税制について
- 事業承継の手順・進め方
- 1.現状の把握
- 2.後継者候補の選定
- 3.企業価値の確認・課題解決
- 4.事業計画書の作成
- 5.引き継ぎの実施
- 事業承継で失敗しないためのポイント・注意点
- 早めに準備を開始する
- 税金対策をしておく
- 適切な相談先を見つける
- まとめ
事業承継とは
「事業承継」とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。近年、多くの企業で後継者問題に悩まされており、人(経営権)や資産・知的資産を円滑に承することが課題となっています。
「事業承継」と「事業継承」の違い
事業承継に似た言葉に「事業継承」がありますが、これらはほぼ同じ意味で使われます。
厳密には、事業承継とは経営理念や事業を引き継ぐこと、事業継承とは身分や権利を引き継ぐこととされており、違いはありますが引き継ぐという点は共通しています。
しかし、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」などの法令名や、中小企業庁や自治体での説明・助成制度では「事業承継」が用いられています。
中小企業における事業承継の実情
企業にとって、後継者を確保して円滑に事業承継を行うことは、企業活動の安定を図るための重要な課題の一つです。
ここでは事業承継の現状や実情について確認していきます。
経営者の高齢化と後継者の不在
かつての事業承継は親族内での承継が一般的でしたが、昨今では経営者の高齢化や後継者がいないことにより事業承継すること自体が難しくなっています。
中小企業庁の2023年度中小企業白書によると、2000年における経営者の年齢ピークは「50~54歳」であるのに対し、2020年には「60~64歳」「65~74歳」「70~74歳」と分散しています。2022年も同様に推移しているため、経営者の高齢化が年々進んでいることがわかるでしょう。
帝国データバンクが2022年に行った「全国企業後継者不在率動向調査」によると、全国・全業種約27万社のうち後継者が「いない」あるいは「未定」と回答した企業が15.4万社ありました。
結果として、2022年の後継者不在率は57.2%となり、調査以降初めて60%を下回っています。後継者が不在となると、場合によっては黒字廃業になることも珍しくありません。
出典:中小企業庁「2023年度中小企業白書」
出典:帝国データバンク「全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)」
親族外承継やM&Aが増加
M&Aとは、企業の合併や買収のことを指し、「Merger and Acquisitions」の頭文字をとった略称です。親族内承継が困難となっている状況を受け、昨今では親族外承継やM&Aを行う事例が増加している傾向にあります。
帝国データバンクが2022年に行った「全国企業後継者不在率動向調査」によると、事業承継のうち最も行われている方法が親族外承継です。
また、M&Aに関するデータベースを作成している株式会社レコフデータによると、2022年の動向としてM&Aの件数も増加している傾向にあると発表しています。2022年1月~12月の日本企業のM&A件数は4,304件と、2年連続で最多件数を更新しています。
出典:MARR Online「2022年のM&A回顧(2022年1-12月の日本企業のM&A動向)」
事業承継やM&Aの知識が不足
事業承継が進まない理由のひとつに、経営者の事業承継やM&Aに関する知識不足が挙げられます。事業承継は頻繁に行うことではないため、やり方がわからないという場合も多く、M&Aについては未だにネガティブなイメージを持つ方も少なくありません。
中小企業庁は事業承継ガイドラインを公表しており、中小企業・小規模事業者における円滑な事業承継のために必要な取組や活用ツール、注意ポイントなどが記載されています。また、「事業承継・引き継ぎ補助金」といった制度を設けて中小企業を支援しています。
事業承継・引き継ぎ補助金について
「事業承継・引き継ぎ補助金」とは、事業承継を契機として新しい取り組みなどを行う中小企業者等や、事業再編、事業統合に伴う経営資源の引き継ぎを行う中小企業者等を支援する制度のことです。
「令和4年度当初予算 事業承継・引き継ぎ補助金」では、経営革新事業や専門家活用事業、廃業・再チャレンジ事業の3本から構成されています。廃業・再チャレンジ事業においては、ほか2つの事業との併用が可能で、M&Aを実施後に廃業した場合は単独申請が可能です。
補助事業期間や申請条件、補助上限額は年度や申請類型によって異なるため、申請を検討する際は事前に確認しておきましょう。
事業承継で引き継ぐ3つの要素
事業承継で引き継ぐ要素は、次の3つです。
- 人(経営権)
- 資産
- 知的資産
人(経営権)
人(経営権)は、会社を経営する権利そのものです。
後継者として適切な人材を選び、会社の経営を任せます。
資産
事業承継で引き継ぐ資産には、経営者が保有している株式や事業用の設備、不動産などの固定資産などが含まれます。
また、知的財産や借入金といった負の資産も承継対象となるため、事前に資産の整理を行う必要があります。
知的資産
会社の抱えるノウハウや特許、人材、取引先との人脈、経営者の信用などの知的資産も無形資産として後継者に引き継ぎます。
事業承継の主な種類・方法
事業承継の主な種類には、次の3つがあります。
- 親族内承継
- 親族外承継
- M&Aを用いた第三者承継
親族内承継
親族内承継は、その名の通り経営者の親族から後継者を選ぶ方法です。
たとえば、父親が経営している会社を子どもが引き継ぐといったケースは、昔からよく行われている基本的な事業承継の方法です。
親族内承継のメリット
親族内承継は、企業に関係する人々から理解が得られやすいことや、教育に時間をかけられることがメリットです。
他人に承継する場合と比較すると誰もが予測できる範囲の承継であり、取引先との関係性も維持しやすいため、社内だけでなく社外からの理解も得られやすいといえます。
承継する資産のうち、株式などは相続や生前贈与により移せるため、コストを抑えて事業承継できるメリットもあります。
親族内承継のデメリット
親族内承継のデメリットは、経営者として適任である親族がいない可能性がある点です。親族内で経営者の資質がない人が後継者になる可能性があります。
経営者の資質を持ち合わせていない親族が就任した場合、周囲の理解を得られないほか、反感を買うケースもあるでしょう。
親族内に相続人が複数いる場合では、後継者選びや経営権の集中が困難になるといったデメリットも考えられます。
親族外承継
親族外承継とは、親族ではない社員や社外から招いた人を後継者にする方法です。
上述の通り、親族内承継が難しい場合は、親族外承継を検討することもあります。
親族外承継のメリット
親族外承継は、社内や社外から経営者として適切な候補者を探す方法です。
後継者が社内の役員や従業員であれば、すでに会社の経営方針などを理解しているため、経営の継続性が保たれやすくなります。
社外から招く場合は、優秀な人材に経営を任せられる可能性があります。
親族外承継のデメリット
親族外承継は経営者の株式を承継しなければならないため、後継者に資金力が必要です。
また、経営者が個人的に会社の債務を保証していると、後継者に債務を引き継ぐのが困難になる場合もあります。
M&Aを用いた第三者承継
親族内承継が難しくなっている昨今では、M&Aによる第三者への株式譲渡や事業譲渡による事業承継が増加しています。
M&Aのメリット
M&Aを用いた第三者承継では、社内に後継者がいなくても会社の存続が可能です。
企業活動が維持されるため、従業員の雇用や取引先との関係性が維持できる点がメリットといえます。
経営者にとっては、企業の売却益も得られます。
M&Aのデメリット
M&Aでは、企業を売却するにあたって希望条件に合致する買い手を見つけるのが困難な場合があります。
また、M&Aの結果として会社の経営陣が変わってしまうと、これまでの顧客や取引先が離れてしまうケースも考えられます。
事業承継でかかる税金について
事業承継でかかる費用として、忘れてはならないのは税金です。
事業承継の流れと合わせて、どんな税金が課税されるのかも把握しておきましょう。
親族内承継でかかる税金
親族内承継の場合、経営者から後継者への相続または贈与により株式を引き継ぐのが一般的です。
相続や贈与の場合には相続税と贈与税が課税されるため、それぞれの概要を押さえておきましょう。
相続税
相続税は、原則として相続財産の全体が基礎控除額を超える場合に課税されます。相続税の基礎控除額は、以下のように求められます。
基礎控除額=3000万円+600万円×法定相続人の数
相続税は、原則として財産を相続した人が負担する仕組みです。
ただし、配偶者の相続税を安くする配偶者の相続軽減や、要件を満たす人が事業用宅地を相続すれば宅地の評価額を大幅に下げられる小規模宅地等の特例の制度などが設けられています。
これらの特例を活用すれば、相続税を抑えることが可能です。
贈与税
贈与税は、財産を無償で譲り受けた人にかかる税金です。原則として年間110万円を超えて贈与を受けた人に贈与税が課税されます。
なお、60歳以上の父母や祖父母から、18歳以上の子や孫への贈与する場合は、相続時精算課税制度を利用すれば2,500万円まで非課税にすることが可能です。
この制度で贈与した財産については相続財産に加算され、相続時に相続税として課税されます。
出典:国税庁「No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)」
出典:国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」
親族外承継・M&Aでかかる税金
親族以外に事業承継する場合は、次のような税金について押さえておきましょう。
株式譲渡でかかる税金
親族外承継やM&Aでは、自社の株式を後継者に売却する方法で承継します。譲渡した側が個人の場合は譲渡益に対して所得税と住民税、法人の場合は法人税が課税対象となります。
株式譲渡にあたっては、譲渡した際の価格で課税されません。譲渡価格から株式の取得費や手数料といった必要経費を差し引いた額に対して税金がかかります。
事業譲渡でかかる税金
M&Aでは株式による企業全体の譲渡ではなく、事業の一部のみを売却する事業譲渡を行う場合もあります。
事業譲渡では、事業売却益に対して法人税がかかります。
事業承継税制について
中小企業が事業承継をする際には、相続税や贈与税の負担を軽減する「事業承継税制」が受けられる場合があります。この制度は、株式を相続や贈与により取得した場合、一定の要件を満たせば納税が猶予されるというものです。
適用を受けるためには、承継時までの経営見通しなどを記載した「特例承認計画」を都道府県知事に提出したり、企業や後継者、先代経営者に関するそれぞれの要件を満たした上で都道府県知事の「円滑化法の認定」を受けなければなりません。
制度の適用を受ける旨を記した贈与税の申告書なども、申告期限までに税務署へ提出する必要があります。
上述の通り、事業承継税制は複雑な制度であるため、活用する場合は税理士に相談することをおすすめします。
事業承継の手順・進め方
通常、事業承継には時間や手間がかかります。
全体の大まかな流れを把握しておき、手続きをスムーズに進めましょう。
1.現状の把握
事業承継を進めるには、まず会社の経営状況や課題など現状の把握が必要です。
会社の資産やノウハウ、特許、取引先など、後継者に引き継ぐ内容を整理します。
2.後継者候補の選定
現状を把握できた後は、後継者の候補を選定しましょう。社内に候補者がいる場合は、経営者としての資質があるかどうかを判断します。
候補者が社内にいないと判断した場合は、外部の人材選定やM&Aの可能性を探ることになります。
M&Aで引き継ぐ場合には、仲介会社や専門家などに依頼しマッチングを行います。
3.企業価値の確認・課題解決
自社の企業価値を確認し、解決すべき課題があれば承継するまでに改善しておきましょう。特に第三者への承継やM&Aを検討する場合には、一定の企業価値がなければ買い手が見つかりません。
できるだけよい条件で買い手と取引ができるよう、在庫削減や借入金返済などで財政状況を改善し、企業価値を少しでも高めておくとよいでしょう。
4.事業計画書の作成
どのように事業承継を進めるかについて、事業計画書を作成します。
事業計画書には、会社の状況や候補者に引き継ぐ内容を明記しておきます。
M&Aアドバイザーなどの専門家からアドバイスを受けて作成すると、よりスムーズに計画書作成が進みます。
5.引き継ぎの実施
後継者が決まったら、事業計画書の内容に従って株式や資産の名義を変更し、後継者教育を実施します。有形および無形資産を引き継ぎ、後継者に経営権を譲渡できれば事業承継は完了です。
M&Aの場合、統合作業には「PMI」と呼ばれる手法があります。経営体制や制度面での統合、業務システムや取引先の見直し、業務評価制度の見直しなどを流れに沿って行います。
事業承継で失敗しないためのポイント・注意点
事業承継に失敗すると大きな損失となります。
ここでは事業承継に失敗しないための3つの注意点を解説します。
早めに準備を開始する
事業承継を行う際には、後継候補者選びや教育、資産の引き継ぎなど、やらなければならないことが多くあります。
円滑に事業承継するためには、全体的な手続きの流れを把握した上で、時間的余裕をもって着手することが重要です。
税金対策をしておく
経営者の株式や会社の資産を引き継ぐ際は、税金が発生します。
特例制度などを活用することで税制優遇を受けられる可能性があるため、情報収集を怠らず実施し、不明点は専門家に相談しましょう。
適切な相談先を見つける
事業承継を自社だけで進めるのは困難が伴います。
事業承継を行う際は、事業承継の流れや必要な手続きについて熟知している機関・専門家にサポートを依頼すると安心です。
わからないこと・不明点はそのまませず、専門家に相談しながら手続きを進めましょう。
まとめ
企業における後継者問題は、年々深刻化しています。後継者の不在により事業承継ができず、廃業に追い込まれるという事例も珍しくありません。
一方で、安易に後継者を決めてしまうと、社内はもとより取引先や株主といったステークホルダーから理解を得られず、事業に悪影響を及ぼす可能性もあります。
事業承継を行う際には株式や会社の資産だけでなく、会社としての信頼も引き継ぐため、M&Aも視野に入れて相応しい後継者を選定する必要があります。事業承継は事前に全体の流れや手続きを理解した上で、早期に準備を始めましょう。
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