事業売却(事業譲渡)に付いて解説しています。事業売却の目的や会社目的との違い、価値算定方法や相場、実際の手順や売り手側・買い手側に発生する税金なども紹介しています。事業売却を検討されている方、調べている方は参考にしてください。
目次
- 事業売却(事業譲渡)とは
- 事業売却の目的
- 経営の効率化
- 事業再生
- 事業承継
- 事業売却と会社売却の違い
- 事業売却の価値算定方法・相場
- 事業売却価格の計算方法
- 事業売却の相場について
- 事業売却の手順
- 1.事業売却する目的を決める
- 2.M&Aの専門家に相談・依頼する
- 3.売却先の選定・交渉を始める
- 4.基本合意の締結を行う
- 5.デューデリジェンスに協力する
- 6.最終条件を交渉・調整する
- 7.最終合意契約の締結(クロージング)を行う
- 8.各種手続き・届け出を行う
- 9.社内外へ情報開示する(ディスクロージャー)
- 10.PMIを実施する
- 事業売却にかかる税金
- 売り手側にかかる税金
- 買い手側にかかる税金
- まとめ
事業売却(事業譲渡)とは
事業売却とは、企業や個人が所有している特定のビジネスや事業部門を第三者に売却することです。
売却対象には、事業の資産や負債だけでなく、ブランドや従業員も含まれます。なお、会社法上、事業売却は事業譲渡と呼ばれます。
事業売却の目的
事業売却は、企業の様々な事情・目的によって行われます。
ここでは、経営の効率化、事業再生、事業承継の3つの目的で行われる事業売却について解説します。
経営の効率化
事業売却は、経営の効率化を図るための戦略的手段として活用されます。
不要な事業や非戦略的な事業を売却すれば、特定の事業領域にリソースを集中できます。
適切な事業に注力することで、生産性や効率性を高め競争力を向上させることに繋げられます
事業再生
事業売却は、事業再生の観点から非常に重要な手段となります。
たとえば、採算が合わない事業を売却することで資金を得つつ、採算が合う事業を中心に経営を行うかたちへ方向転換し、再生を図るという手法です。
業績不振や債務超過といった困難な状況に直面した企業が事業を再建し、持続可能な成功を収めるための手段として、事業売却が行われます。
事業承継
事業売却には、会社の経営を後継者に引き継ぐ事業承継の側面もあります。
事業承継といえば親族内での承継が一般的ですが、近年は後継者不足により事業承継が難しいケースが増えています。2022年の後継者不在率は57.2%となっています。
親族内承継が困難となっている状況を受け、昨今では親族外承継やM&Aを行う事例が増加傾向にあり、2022年の日本企業のM&A件数は4,304件と、2年連続で最多件数を更新しています。
出典:帝国データバンク公式サイト「全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)」
出典:MARR Online公式サイト「2022年のM&A回顧(2022年1-12月の日本企業のM&A動向)」
事業売却と会社売却の違い
事業売却と会社売却の主な違いは、売却の対象です。
事業売却では、特定の事業部門や資産が売却されるだけで、会社のほかの部分は影響を受けません。
一方、会社売却とは、会社全体の株式または経営権を第三者に売却することです。親会社が子会社を売却するケースや、会社全体をほかの投資家や企業に売却するケースなどを指します。
会社売却においては、株主が会社の株式を他者に譲渡し、新しい所有者が会社の経営を引き継ぎます。
事業売却の価値算定方法・相場
ここで、事業売却の価値はどのように算定するのかを解説します。事業売却の相場についても触れていきます。
事業売却価格の計算方法
事業売却価格の計算方法は、売却対象の事業の特性や市場条件に応じて異なります。
どの評価方法を使用するかは、事業の性質、市場状況、買収者との交渉などに依存します。
複数の評価方法を組み合わせて使用し、最終的な価格を決定することが一般的です。
時価純資産法
時価純資産とは、時価に基づいて該当事業の資産をすべて売却し、負債を全額支払って清算した場合の企業価値です。
時価純資産法では、事業の資産から負債を差し引いた純資産の時価を事業の価値とします。具体的な手順は次のとおりです。
- 事業の資産(不動産、設備、在庫など)を時価評価
- 事業の負債(借金、未払い給与、未払い税金など)を時価評価
- 時価ベースの資産と負債の差額で純資産額を算出
時価純資産法は、計算が簡単で個人の主観や恣意性が介入しにくいため、客観的に事業価値を算定できる特徴があります。
一方、将来の収益性や貸借対照表に含まれない価値を反映できない、という弱点も存在します。
マルチプル法(類似会社比較法)
マルチプル法は、類似する上場企業の株価などを参考に、売上や利益などの指標に倍率(マルチプル)を掛けて対象企業の相対的な価値を求める手法です。
マルチプル法の代表的な指標は、以下の通りです。
- EBIT(Earnings Before Interest and Taxes):利払い前・税引き前利益
- EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization):利払い前・税引き前・減価償却前利益
具体的な手順は、以下のとおりです。
- 事業売却の対象企業と事業内容や規模、財務上の特徴などが類似した上場企業を数社選定
- 売却事業の評価にどの指標がふさわしいか検討し、マルチプルの計算に必要な指標を決定
- 類似企業ごとのマルチプルを計算し、平均値や中央値を算出
- 売却企業にマルチプルの平均値や中央値を掛けて事業価値を算出
マルチプル法は、簡単な計算式で比較的客観性の高い企業価値の算定ができる、というメリットがあります。
DCF法
DCF法はDiscounted Cash Flow法の略で、将来のキャッシュフローを算定した上で現在価値に割り引くことで事業価値を評価する方法です。
具体的な手順は、以下のとおりです。
- 事業計画から将来のキャッシュフローを予測
- 将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く
(割引率には、評価対象企業の自己資本コストと負債コストの加重平均により計算した「加重平均資本コスト (WACC: Weighted Average Cost of Capital)」を使うのが一般的) - 割引現在価値を合計することで、事業価値とする
DCF法は、事業が将来的に生み出すとされる予想利益を用いて事業価値を評価するため、評価方法として極めて合理的といえます。
年買法
年買法(ねんばいほう)は、事業の時価純資産に営業利益の複数年分を足すことによって事業価値を求める方法です。
具体的な手順は、以下のとおりです。
- 資産・負債を時価評価して時価純資産を算定
- 営業権の算出(営業利益の3~5年分が一般的)
- 時価純資産に営業権を加算することで、事業価値を算定
年買法は算出方法が簡単であり、直感的に理解しやすい方法といえます。
一方で、時価純資産に加算する営業利益の年数は任意で設定するため、設定年数次第で計算結果が大きく変わってしまう、という欠点があります。
事業売却の相場について
事業売却に「相場」というものは存在しません。
事業価値は、様々な要素を考慮した上で前述した方法によって算出しますが、各企業が事業価値を独自に計算するのは難しいため、詳細な事業価値の算定についてはM&Aの専門家へ相談・依頼することをおすすめします。
事業売却の手順
ここで、事業売却のプロセスについて解説します。
主なプロセスは、以下のとおりです。
- 事業売却する目的を決める
- M&Aの専門家に相談・依頼する
- 売却先の選定・交渉を始める
- 基本合意の締結を行う
- デューデリジェンスに協力する
- 最終条件を交渉・調整する
- 最終合意契約の締結(クロージング)を行う
- 各種手続き・届け出を行う
- 社内外へ情報開示する(ディスクロージャー)
- PMIを実施する
M&Aの専門家のサポートをもとに、適切な順序を踏んで事業売却を成功させましょう。
1.事業売却する目的を決める
まず、事業売却の目的を明確にしましょう。目的達成のためには本当に事業売却が最適な手段なのか、慎重な経営判断が必要です。
事業売却の意思が固まったら、「どの事業を」、「どのような企業に」、「いつまでに」売却するのかについて検討します。
2.M&Aの専門家に相談・依頼する
事業売却の方向性が決まったら、M&Aの専門家に売却手続きのサポートを依頼しましょう。専門知識を有するM&Aアドバイザーに、事業売却先の選定や交渉の立会いや売却に関するアドバイスを依頼すると、事業売却をスムーズに進められます。
なお、手順1の「事業売却する目的を決める」において悩んだ場合も、専門家に相談するとよいでしょう。事業売却は、企業の築いた資産を第三者に引き渡すことから非常に慎重な判断が必要です。悩んだ際は実績のあるプロに頼ることをおすすめします。
株式会社AGS FASでは、状況に応じた事業売却を行うためのサポートを行っています。見積もりやご相談など、お気軽にお問い合わせください。
3.売却先の選定・交渉を始める
M&Aの専門家に事業売却のサポートを依頼したら、売却先の選定を始めます。
最初に決めた「どのような企業に売却したいか」という意思を専門家に伝え、最適な売却先候補を決定しましょう。M&A相談先の情報に基づいて売却先をリストアップし、売却先候補に打診します。
その後、秘密保持契約を締結したら情報開示し、M&Aアドバイザー立会いのもとで交渉を進めていきます。
4.基本合意の締結を行う
売却先企業を特定し、売却先が交渉に応じると経営者同士のトップ面談が行われます。
面談にて事業売却条件についての交渉がまとまると、買収方法や価格、取引の時期、売却後の従業員の雇用条件などについてすり合わせ、両者で基本合意契約を結びます。ただし、これは最終合意ではないため、次の手順で行うデューデリジェンス(事前調査)の結果次第では修正が入る場合もあります。
なお、基本合意契約書には一般的に独占交渉の有無とその期間が記載されるため、独占交渉期間中は他企業との交渉はできません。
5.デューデリジェンスに協力する
基本合意がなされると、売却先の企業によるデューデリジェンスに移ります。
デューデリジェンスとは、売り手側の財務内容などを買い手側が調べる調査業務のことで、売却する事業に関するリスクの調査が行われます。
売却先から、必要となる資料の提出や現場立会いなどを依頼された場合には、速やかに対応しましょう。
6.最終条件を交渉・調整する
デューデリジェンスが実施され、売却元・売却先の意思が固まったら調査結果を受けて売却条件の最終調整を行います。
ここで基本合意の内容から条件変更、修正の交渉がなされることもあります。
7.最終合意契約の締結(クロージング)を行う
最終条件の交渉を踏まえて、最終合意契約の締結を行います。基本的には基本合意の内容が反映されますが、デューデリジェンスの結果次第で条件の修正が入ることもあります。
最終合意契約書は法的効力を持つため、締結後の内容変更は極めて困難です。契約内容を細かく確認し、財務および法務の専門家による精査を経て締結しましょう。
8.各種手続き・届け出を行う
最終合意契約締結後は、売却資産や負債の名義変更や、許認可の手続きを行う必要があります。
また、個別契約の契約名義変更も行います。
9.社内外へ情報開示する(ディスクロージャー)
事業売却を行う際は、適切なタイミングで社内外の関係者に情報開示する(ディスクロージャー)ことが必要です。
ここでいう「関係者」とは、主に以下のような方たちを指します。
- 株主
- 従業員
- 取引先
- 金融機関
- 証券取引所(上場企業の場合)
一般的に事業売却には株主総会の決議が必要なため、株主への情報開示は完了報告的な意味合いとなります。
情報開示のタイミングは、事業売却成立直後であることが一般的です。必要に応じてプレスリリースを行ったり、一部の関係者には事前開示したり、状況に応じた情報開示に気を配りましょう。
10.PMIを実施する
PMIとは、ポスト・マージャー・インテグレーション (Post Merger Integration)の略で、事業売却の効果を最大化させる一連のプロセスを指します。売却事業の運営方針や業務ルール、従業員の意識を売却先と統合させることでよい相乗効果が生まれ、売却事業における売却先での機能の高まり(シナジー効果)が期待できます。
事業売却には、従業員の不安や取引先との関係の毀損といったリスクがあります。PMIにあたっては、売却側企業の協力が必要不可欠です。
事業売却にかかる税金
事業売却は対価として金銭の授受が伴う取引行為であり、課税対象となります。
ここでは、売り手側と買い手側にかかる税金についてそれぞれ解説します。
売り手側にかかる税金
売り手側にかかる税金としては、法人税・法人事業税・法人住民税が挙げられます。
消費税の負担自体は買い手側が行うものの、売り手側が買い手から徴収して税務署に納付する手順を踏まなければなりません。
法人税等
事業売却によって得た売却益には、法人税等が課税されます。法人税等とは、法人税、法人事業税、法人住民税です。
課税対象となるのは、事業売却の対価から譲渡資産の簿価を差し引いた金額となります。売却価額が譲渡資産の簿価を下回る場合は、その差額を損金として課税所得から差し引くことができます。
消費税(納付)
事業売却での譲渡資産が課税資産に該当する場合、消費税の納付義務が発生します。課税対象となるのは、土地以外の有形固定資産や無形固定資産、棚卸資産、営業権といった資産です。
消費税で注意が必要なのが、納付者と負担者が異なるという点です。消費税を納付するのは売り手側になりますが、負担するのは買い手側です。事業売却においては、譲渡金額に消費税分が上乗せされるため、買い手が消費税を負担することになります。
買い手側にかかる税金
事業売却において買い手側にかかる税金としては、消費税と不動産所得税・登録免許税が挙げられます。
消費税(負担)
売り手側にかかる税金で解説したとおり、譲渡資産が課税対象の場合は消費税が課せられます。
消費税の納付は売り手側が行いますが、消費税金額を負担するのは買い手側になります。
不動産取得税・登録免許税
譲渡資産に不動産が含まれる場合、買い手側に不動産取得税が課せられます。
あわせて不動産登記にかかる登録免許税も支払う必要があります。
のれん償却
事業売却の譲渡金額には、ノウハウやブランドといった無形固定資産である「のれん」が含まれるため、事業の譲渡後、買い手側はのれんを償却していきます。
会計上の償却期間は「20年以内の効果の及ぶ期間」とされていますが、税務上は資産調整勘定として処理するため、償却期間は5年間です。
のれんの償却額は、損金として課税所得から控除されます。
出典:法人税法
出典:のれんの会計処理 第32項|企業会計基準委員会 財務会計基準機構
まとめ
経営の効率化や事業再生、事業承継など、事業売却が行われる目的は様々です。
事業売却を検討する際は、その手順だけでなく事業売却にかかる費用(税金)についての理解も必要です。
専門家のサポートを得ることで、よりスムーズな事業売却が実現可能なため、悩み事が発生した際は専門家への相談をおすすめします。
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監修者
株式会社AGSコンサルティング
ファイナンシャルアドバイザリー第1事業部長・公認会計士松井 雅美