米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が初の正式見直しに入っている。本稿では、USMCA見直しのプロセスを検証し、米国がより攻勢的かつ二国間志向の交渉戦略を採用する理由、さらにカナダとメキシコの政策対応の相違が協定の構造にいかなる影響を与え得るかを分析する。
※本稿は、三菱UFJ銀⾏会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」寄稿記事からの転載であり、掲載にあたり一部見出しを加筆しております。
2026.05.20
米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が初の正式見直しに入っている。本稿では、USMCA見直しのプロセスを検証し、米国がより攻勢的かつ二国間志向の交渉戦略を採用する理由、さらにカナダとメキシコの政策対応の相違が協定の構造にいかなる影響を与え得るかを分析する。
※本稿は、三菱UFJ銀⾏会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」寄稿記事からの転載であり、掲載にあたり一部見出しを加筆しております。
目次
米国、カナダ、メキシコの3ヵ国が米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の初の正式見直しに入るなか、北米全域の企業は、同協定が北米自由貿易協定(NAFTA)に取って代わって以来、最も重大な地域貿易ルールの変化となり得る局面に備えつつある。
本稿では、関税引き上げと地政学的緊張の高まりという環境下で、USMCA見直しのプロセスがどのように進行しているかを検証し、米国がより攻勢的かつ二国間志向の交渉戦略を採用する理由、さらにカナダとメキシコの政策対応の相違が協定の構造そのものにいかなる影響を与え得るかを分析する。
2017年、米国トランプ政権はNAFTAの再交渉を迫った。改定後のUSMCAにはいわゆるサンセット条項が設けられており、協定は原則として発効から16年後に終了する仕組みとなっている。ただし、6年ごとに実施される見直しにおいて3カ国が延長に合意すれば、協定期間はその時点からさらに16年間延長される。今回の見直しは、その最初の節目として、協定を2042年まで延長するか、あるいは延長に向けた交渉を継続するかを判断する重要な機会となる。
トランプ大統領は従来、同盟国や価値観を共有する貿易相手国に対しても強硬な姿勢を示してきたが、とりわけカナダに対しては軽視する姿勢が顕著であった。就任当初からカナダを「51番目の州」とする発言を繰り返し、トルドー首相への不信感を隠そうとしなかった。2025年2月、トランプ大統領は国際緊急経済権限法(IEEPA)を発動し、合成麻薬フェンタニルの流入阻止に失敗したとして、カナダの対米輸出全体に関税を課した。これに対しカナダが報復措置を講じると、米国はさらに追加関税を課し、貿易摩擦の激化が懸念される事態となった。
その後、米加関係は政治面でも悪化した。2026年1月、カナダの新首相マーク・カーニー氏は、ダボス会議での演説において、もはや米国を友好かつ公正な貿易相手とみなすことはできないと宣言し、新たな関係構築と貿易の多角化を模索すべき時期に来ていると強調した。これに先立ち、カーニー首相は中国を訪問し、習近平国家主席と北京で会談した。これは2018年に中国企業幹部が米司法省の要請によりバンクーバーの空港で拘束されて以来、現職カナダ首相として初の訪中である。この訪問では、中国が年間最大49,000台の電気自動車を6.1%の関税で輸出できるとする合意が発表され、従来の100%関税から大幅な緩和が図られた。これは関係改善の第一歩と受け止められた。
これに対し、米国とメキシコとの関係は米加関係と対照的である。トランプ大統領はシェインバウム大統領との間で実務的な協力関係を維持しており、移民対策の強化と並行して、メキシコは不法移民の抑制や麻薬カルテル幹部の摘発に貢献している。また、中国系自動車企業の進出を阻止し、USMCA原産地規則に適合する製品における、中国依存を抑制するための投資審査制度にも合意している。こうして双方は早期に冷静さを取り戻し、追加的な貿易制限措置の議論は棚上げされた。
総じてみれば、カナダはトランプ政権への対応としてリスク分散の動きを強め、米国市場に代わり得る他の貿易相手国との交渉を加速させている(米国市場はカナダの企業や農業にとって、極めて重要であるにもかかわらず)。これに対しメキシコは、中国投資の関与を抑制しつつ製造業の強化を図るための措置について、より積極的に米国の方針に歩調を合わせる姿勢を示している。
こうした対応の差の背景には、政治・外交関係の変化があり、その延長線上に今回の見直しにおける主要争点が位置づけられる。今回の見直しの核心は、特に自動車分野における原産地規則の強化にある。現行のUSMCAは、地域内付加価値含有率75%、鉄鋼・アルミニウムの北米調達率70%の義務、自動車における賃金水準に連動した労働価値含有要件等、極めて厳格な規定をすでに課している。
しかし米国は、さらに踏み込む構えであり、議論の対象には次の事項が含まれる可能性がある。
とりわけロールアップルールには厳しい視線が注がれている。現行制度では、一度原産品と認定された部品は、その内部に含まれる非原産材料は考慮されない。米国の政策当局はこれを、中国製部品が間接的に北米サプライチェーンへ流入する抜け道とみなしつつある。これらの規制強化は、地域統合からサプライチェーン排除へと戦略を転換する重大な意味を持つ。
トランプ政権は従来、交渉力を最大化し、各国に対して競合国よりも有利な条件を引き出すため、貿易相手国との交渉を二国間ベースで行うことを常としてきた。USMCAの見直しもこの方針に沿うが、今回は特徴的な展開を見せている。すなわち、米国はメキシコ政府とのみ交渉を進め、カナダ政府とはこれまで本格的な協議を行っていない。米国は、投資審査制度や新たな原産地規則等について、まずメキシコと合意を形成し、その内容をカナダに対して「受け入れるか否か」の条件として提示する構えである。もっとも、カナダがこれに応じない可能性も相応に存在する(筆者はこの可能性を3分の1程度とみている)。その場合、USMCAは実質的に3つの個別協定(米墨、米加、加墨)へと分裂し、サプライチェーンに重大な混乱をもたらす恐れがある。
トランプ政権はUSMCAの重要性を十分に認識している。この1年で、米国は他の貿易相手国に対して関税引き上げを進めつつも、2020年のUSMCA原産地規則を満たす製品に対してはゼロ関税を維持してきた。しかし、2026年7月以降に原産地規則の統一的合意が失われれば、これらのサプライチェーンは深刻な混乱に直面する可能性が高い。
実際、カナダでは、すでにこれと関連した動きがみられる。2026年4月初頭には、中国とカナダの最近の合意(一定数量の自動車について懲罰的関税を課さずに輸入を認めるもの)を踏まえ、中国のBYDが完成車の輸入にとどまらず、稼働停止中であるステランティスの工場でノックダウン生産を開始するとの観測が広がった。カナダ政府がUSMCAからの離脱ではなく、より複雑な形での分離の可能性を模索するなかでは、中国企業が米国ではなくカナダで自動車生産を行う可能性の方が高いと考えられる。
ただし、この見通しにはなお制度的な不確実性が残る。米国の大統領がカナダとのUSMCAを単独で破棄する権限を有するかについては議論が続いている。トランプ大統領は自らに全面的権限があるかのように振る舞い、その判断を司法に委ねる姿勢を取るが、IEEPAに基づく関税に米連邦最高裁判所が違憲判決を下した事例が示す通り、訴訟が継続する間にも重大な混乱が生じ得る。さらに、強硬な支持層を除けば、トランプ政権の通商政策に対する世論の支持は限定的である。このため、民主党議員のみならず再選を意識する共和党議員も含め、議会における対抗姿勢が強まる可能性がある。IEEPAに代えて適用した1974年通商法122条に基づく関税に対しても、すでに民主党系州知事や司法長官による法的措置が講じられている。
今回のUSMCA見直しは、もはや単なる技術的調整にとどまらない。北米が統合型経済モデルを維持するのか、それとも安全保障を軸とした分断的枠組みに移行するのかを問う重要な試金石である。企業にとっての焦点は、もはや関税率そのものではない。問題はルールの構造にあり、統一的制度が今後も維持されるか否かにある。その帰趨は、地域サプライチェーンのみならず、世界の製造業の再編にも大きな影響を及ぼすこととなろう。
株式会社AGSコンサルティング
執行役員 国際部門長・税理士
Hotta Liesenberg Saito LLP
Partner
Samuels International Associates
Managing Director