本連載では、トランプ前大統領の再選を受け、関税や輸出管理規則を含む米国の通商政策がどのように変化していくのか、またその変化が日系企業を含む多国籍企業にどのような影響を与えるのか、ワシントンD.C.からの最新情報を基に、分析・考察する。第1回は、トランプ前大統領が選挙戦で掲げた公約を解説し、注目すべきポイントを紹介する。
※本稿は、三菱UFJ銀⾏会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」寄稿記事からの転載です。
2025.01.20(最終更新日:2025.02.05)
本連載では、トランプ前大統領の再選を受け、関税や輸出管理規則を含む米国の通商政策がどのように変化していくのか、またその変化が日系企業を含む多国籍企業にどのような影響を与えるのか、ワシントンD.C.からの最新情報を基に、分析・考察する。第1回は、トランプ前大統領が選挙戦で掲げた公約を解説し、注目すべきポイントを紹介する。
※本稿は、三菱UFJ銀⾏会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」寄稿記事からの転載です。
目次
米国のドナルド・トランプ前大統領は、就任前からすでに貿易相手国や企業に対して、自身の政策の方向性や、通商関係、サプライチェーンへの影響を予測するよう、求めてきた。トランプ氏が選挙期間中に「特定の貿易相手国に一律の関税を適用するのは素晴らしいことだ!」と述べた一方で、歴史を振り返ると、歴代の大統領は消費者に直接的な負担を強いるような関税措置を避ける傾向がある。もちろん、関税率は貿易相手国や対象となる製品カテゴリーによって異なる。トランプ氏自身が関税を強く支持していることを踏まえると、世界共通単一関税が導入される可能性は極めて低いといえる。自動車、ハイテク、医薬品など特定の分野における関税は、企業が米国に生産拠点を移すことを奨励するために設定されている。
当面の間、トランプ氏の通商政策を把握するのは、ワシントンD.C.での情報収集やロビー活動に加え、ゲーム理論を駆使したダイナミックなプロセスが必要とされるだろう。また、各国・地域に適用される関税率の違いを理解することは、企業がグローバルサプライチェーンを戦略的に調整し、関税によるコスト増を最小限に抑える上で不可欠である。さらに、競合相手よりも関税コストを削減し、あるいは関税コストを完全に回避する能力は、今後、企業が競争力を維持するために身につけるべき重要なスキルとなるだろう。
【表1 トランプ次期大統領が選挙期間中に提案した関税】
ユニバーサル・タリフ | 米国への全輸入品に10%から20%の基本関税を課すというものである。この全面的かつ一律関税は、米国の産業を保護し、外国製品への依存を減らすことを目的としている。 |
中国製品への関税 | 電子機器、鉄鋼、医薬品などの製品を対象に、中国からの輸入品に最低60%の関税を課す。この措置は、中国による貿易不均衡と不公正貿易慣行の疑いに対処することを目的としている。 |
メキシコとカナダからの輸入品に対する関税 | メキシコとカナダからの輸入品すべてに25%の関税を課す。この目的は、これらの近隣諸国に圧力をかけ、米国への不法移民や麻薬密売に対してより強力な措置をとらせることにある。 |
出所:各種情報を基に筆者作成
バイデン大統領は、トランプ前政権から引き継いだ関税政策を維持し、そのまま任期を終えるであろう。中国に対する1974年通商法301条の制裁関税はそのまま残されており、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税には、わずかな変更が加えられたにすぎない(表2参照)。米国の通商法では、301条と232条の関税を除き、課税権の大部分は議会に委ねられている。しかし、この4年間、議会は大統領が一方的に関税を課す法的権限を一切制限してこなかった。
【表2 トランプ前政権とバイデン政権下の米国貿易政策】
トピック | トランプ前政権 | バイデン政権 |
---|---|---|
中国政策 (301条) | ・中国原産品に対する301条関税:25%または7.5% ・リスト1、2、3(25%)および4a(7.5%) | ・301条関税の継続 ・電気自動車(100%) |
鉄鋼・アルミ製品 (232条) | ・鉄鋼:25% ・アルミ製品:10% | ・232条関税の継続 ・日本:鉄鋼のみの関税割当(TRQ) ・韓国:鉄鋼の絶対割当 ・英国:鉄鋼とアルミのTRQ ・欧州連合(EU):鉄鋼とアルミのTRQ ・ロシア:アルミとアルミを含む鋼鉄に対して200% |
貿易協定 | ・北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA) ・日米貿易協定 | ・21世紀の貿易に関する米国・台湾イニシアティブ |
世界貿易機関 (WTO) | WTO上訴機関の無力化 | ・進展はない |
輸出管理 | ・中国を中心とする最終用途、エンドユーザー、懸念先への重要技術の放出に関する懸念に対処するための2018年輸出管理改革法 | ・先端半導体(関連機器を含む)および人工知能(AI)チップの対中輸出に対する新たな規制 |
出所:各種資料を基に筆者作成
WTO加盟国である米国は、原則として、WTOで合意された税率(WTO協定税率。WTO譲許税率とも呼ばれる)を超える関税を課すことはできない。わずか10年前まで、一方的な関税や輸入制限の提案は、WTO違反とみなされ、即座に却下されるのが通例であった。
しかし、オバマ政権がWTO上訴機関への候補者人事を全面的に阻止して以来、WTOは紛争解決の場として機能不全に陥っている。その結果、WTOルールとの整合性は、一方的な措置に対する抑止力としての役割を失いつつある。
ただし、この状況は、米国にとっても課題をもたらしている。主要な貿易相手国・地域の多くは、WTOルールや義務を依然、一定程度順守しているため(程度の差こそあれ)、トランプ氏が求めている「他国からの輸入品よりも米国製品を優先的に優遇する取引」に応じることが難しい。このため、2025年3月に期限を迎える鉄鋼・アルミ製品に関する世界協定については、EUとのリスクが最も高まると予想される。EUは、TRQの撤廃に関する合意が2025年3月までに達成されるという前提のもとで、報復関税を撤回した。一方、日本は米国製品に対して報復措置をとらなかった。
中国のWTO加盟(2001年)は、期待された市場主導型経済への転換にはつながらず、むしろ、世界の製造業の構図に大きな変化をもたらすことになったという見解が、ここ数年広まった。労働慣行、環境基準、知的財産権の違いに起因し、低価格で競争力のある輸入品が流入したことで、米国の製造業が打撃を受けたという多くの批判がある。こうした課題に対処するため、米国内の重要産業を強化することを目的に、関税や産業政策といった措置が広く支持されている。バイデン大統領は、トランプ前政権の関税政策を維持しただけでなく、投資を奨励するため1兆ドルの産業補助金制度を制定した。また、半導体やAIなどを含む中国のデュアルユース(軍民両用)技術の分野で、中国の開発を遅らせるため積極的な措置を講じている。トランプ次期大統領も、この路線を継続することだろう。
米大統領選後の1カ月、トランプ氏はカナダ、メキシコ、中国、ブラジル、インド、ロシアを含む多くの国からのすべての輸入品に追加関税を課すことを示唆してきた。しかし、これは本気の提案というより、「場面設定」の一環にすぎないと、私たちは見ている。
例えば、彼は本当にカナダから輸入される石油に25%の関税を課し、中西部の消費者にガソリン価格の大幅な値上げを強いるつもりなのだろうか。当然ながら、そのような可能性は極めて低い。このような「脅し」による影響力は、実際には貿易以外の分野で譲歩を引き出そうとしているのであり、例えば、移民規制の強化、国防費の増額、フェンタニル対策の強化などが挙げられる。ウォール街や米国連邦準備制度理事会(FRB)は、この種の関税政策はインフレを引き起こすリスクがあると見ている。
2020年のUSMCA交渉でトランプ氏が獲得した譲歩の一つとして、3カ国が6年ごとに協定の延長、修正、または離脱について協議を行う仕組みが導入された。まずは、この協議に向けた米国内での審査が2025年夏に開始される予定である。この審査がどのように展開するかを予想するのは時期尚早だが、トランプ氏が協定を修正し、中国資本または中国の支配下にある工場で製造された製品を「メキシコ原産」として扱うことを除外する可能性があると、私たちは考えている。たとえ、それらの製品が、現行ルールに基づきメキシコ原産と認定されるために必要な「実質的変更」基準を満たしていたとしても、である。つまり、トランプ氏は製造過程そのものではなく、工場の所有に着目したルール変更を目指していると思われる。
トランプ氏を自由貿易主義者として過度に評価するつもりはないが、貿易協定の交渉には意欲的だ。日本との貿易協定はトランプ前政権下で締結された。また、トランプ前政権時に開始されたケニアや英国との交渉は、バイデン政権下で停滞していたが、今後再び活発化する可能性がある。さらに東南アジア諸国連合(ASEAN)とのデジタル貿易協定の実現も視野に入るだろう。
トランプ氏が指名した米国通商代表部(USTR)候補のジェイミーソン・グリア氏は、中国がフェーズ1合意の義務を履行していないため、米国には即時に追加関税を課す権利があると述べている。私たちは、既に関税率が高い製品分類から、さらなる引き上げが行われる可能性が高いと見ている。以下の表は、米国国際貿易委員会(USITC)が産業分類別に301条関税の集中度を計算したものである。これによると、中国からの半導体と自動車部品の輸入には、すべて25%の追加関税が課せられている一方で、コンピュータ関連製品の輸入品ではわずか3分の1にのみ、より低い7.5%の追加関税が適用されており、残りの3分の2は追加関税を課せられてないことが分かる。
USTRは、2020年に輸入業者が301条関税の適用除外を申請するためのプロセスを導入した。もし、新政権が追加関税を課す場合、USTRは同様の除外プロセスを実施する可能性があり、企業は慎重に検討する必要がある。ある大学教授の調査によると、トランプ前政権時の除外申請は、法律事務所やロビー活動会社が提出したものの方が、外部支援なしで提出したものよりも受理される可能性が高かった、という結果が報告されている。また、法律事務所やロビー活動会社の中でも、共和党候補に資金提供を行った事務所の承認率は、統計的に有意な差(25%)で平均を上回ったが、民主党候補に献金したものはさらに大きな差(40%)で下回っていたことが認められた。
最後に、トランプ氏は、対米貿易黒字が大きい国や、国防費の負担が十分でないとみなされる国に対して、1974年通商法301条に基づく調査(301条調査)を開始する可能性が高いと考えられる。この調査は時間を要し、短期的な影響は限定的であると思われる。一方で、ベトナムは、トランプ前政権で発動された301条関税の対象となった中国企業が、301条関税を回避するためにベトナムへ工場を移転したため、これらの投資から多大な恩恵を受けてきた。しかし、今後、中国から移転してきた企業が製造する製品への関税引き上げが重点的に検討される中で、最初の対象国になる可能性がある。
私たちは、トランプ氏の通商提案を軽視すべきではないと考えている。トランプ氏は、米国の有権者の多くが、自身の政策(特に貿易政策)に共鳴し大きな信任を得たと、確信していることは間違いないだろう。米国製造業の雇用基盤を再建するには、依然として多くの課題が存在するものの、少なくとも中国をはじめとするグローバル競争の中で公平な競争条件の確立を目指すことは、米国において超党派で共有される重要な政策課題であり続けるであろう。このような視点から、私たちは、トランプ氏の提案の中で早期に最も実現可能性が高いのは、301条による中国への追加関税であると見ている。
株式会社AGSコンサルティング
国際部門長・税理士
Samuels International Associates
Managing Director
Hotta Liesenberg Saito LLP
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