フィリピンは東南アジアに位置し、ASEAN諸国の中でも将来性が豊かな親日国です。多くの日系企業が事業展開しているフィリピンに、進出したいと考えている方も多いでしょう。今回は、日系企業が進出した際のメリットや市場動向、実際に進出するにあたっての手法や、フィリピン企業へのM&Aなどについて解説します。
目次
- 日系企業がフィリピンに進出するメリット
- 外資を優遇する税制
- 税制以外の外資誘致制度
- 親日国
- 2050年まで続く人口増加
- ビジネスしやすい言語環境
- 労働力が安価で確保しやすい
- 日系企業がフィリピン進出する際の懸念点・デメリット
- 外資規制がある
- 高リスクな税務環境
- 日本と異なる文化
- 治安に難あり
- 日系企業のフィリピン進出動向
- フィリピンの市場動向
- 日本の技術支援による地下鉄工事が進行中
- フィリピンへの進出形態
- 現地法人
- 支店
- 駐在員事務所
- クロスボーダーM&Aによる進出
- フィリピン企業のM&Aのプロセス
- フィリピンの税制
- 法人税
- 付加価値税(VAT)
- その他の税
- 日系企業におけるフィリピン進出のコツと課題
- 成功させるためのポイント
- フィリピン進出のリスク
- まとめ
日系企業がフィリピンに進出するメリット
国外に進出しようと考えている日系企業にとって、フィリピンは魅力的な国の1つです。
フィリピンに日系企業が進出するメリットは数多くあります。主なメリットとしては、企業誘致のための優遇制度、言語環境、親日国、人件費の安さなどが挙げられます。
外資を優遇する税制
フィリピンは、海外進出してくる外資企業に対して、手厚い優遇制度を設けています。
2021年、当時のドゥテルテ政権が「CREATE法」という新法を施行しました。
ASEAN加盟国の中でも最も高い水準だった、30%の法人税率を25%に引き下げ、フィリピンへの投資に対する複数の税制面のインセンティブを設ける内容で、外資企業を呼び込む狙いです。
さらに、2024年には、ドゥテルテ政権の後を継いだマルコス政権が、「CREATE法」の税優遇をさらに拡充させる「CREATE MORE法」を成立させました。
これらのことから、フィリピンが外資企業の誘致に積極的に取り組んでいることがうかがえます。
CREATE法とCREATE MORE法では、BOI(Board of Investments)という外資受入機関機に登録し、PEZA(Philippine Economic Zone Authority)という経済区庁が管理する経済特区に設立された外資企業に対し、多様な税優遇を認めています。
4~7年間の法人税免除(ITH)
外資企業に対する代表的な税優遇が、ITH(Income Tax Holiday)と呼ばれるものです。外資企業が、フィリピンに現地法人を設立した場合、立地や事業内容に応じて、4~7年間にわたって、法人税が全額免除されます。
さらにITHが終了した後も、最大20年間、5%の特別税率が適用されます。
これらの長期的な優遇措置によって、進出企業は、投資を回収し利益を得るまでの時間を十分に確保することができます。
機械設備、原材料の輸入にかかる関税などの免除
PEZAの管理する「エコゾーン」と呼ばれる経済特区に持ち込んだ、以下の物品に関しては、関税、内国歳入税、地方税などが、すべて免除されます。
- 商品
- 原材料
- 供給品
- 機械
- スペアパーツ
- 製作物
持ち込みの理由は、販売、保管、再梱包、加工などを問いません。
付加価値税の免除
フィリピンには、日本の消費税にあたる「付加価値税(VAT)」があります。
旧CREATE法では、外資企業がフィリピンに輸入または国内で購入する商品やサービスについては、登録事業者の登録プロジェクトまたは活動に「直接的かつ限定的に使用される」商品及びサービスのみVATが免除され、それに該当しない場合は12%のVATが課されていました。
この「直接的かつ限定的に使用される」とは、以下のようなものを指します。
- 原材料
- 在庫
- 備品
- 機器
- 包装材
- サービス(基本インフラの提供、公共料金、機器の保守、修理及びオーバーホール、その他の支出)など
これが、24年にスタートしたCREATE MORE法では、VATが免除される商品やサービスが拡大されました。新たにVATが免除されるのは、以下のようなサービスです。
- 清掃サービス
- 警備サービス
- 金融サービス
- コンサルティングサービス
- マーケティングおよび宣伝サービス
- 管理業務(人事、法務、会計サービスなど)
これにより、現在では、外資企業が購入する商品やサービスに対して、広範囲でVATの免除を受けることが可能となっています。
出典:JETRO「ドゥテルテ政権の経済政策、税制改革法(CREATE法)とは(フィリピン)」
出典:JETRO「企業復興税優遇法の改正法(CREATE MORE法)が成立(フィリピン)」
税制以外の外資誘致制度
税金面以外でも、フィリピンに進出する外資企業への優遇は、多く用意されています。例えば、以下のようなものが挙げられます。
- 登録・許認可・輸出入の手続きがワンストップ
- 一部業種は100%外国資本を認可
登録・許認可・輸出入の手続きがワンストップ
PEZAの管理する経済特区に進出した外資企業は、事業運営にかかる様々な手続きを、PEZAに一本化することができます。
PEZAは、外資受入に特化した経済区庁で、いわば入国管理局、税関、税務署、国土交通省の機能を併せ持っています。
そのため、ビザの申請、建築の許認可、輸出入の手続きなどが、すべてPEZAだけで完結し、複数の役所にその都度書類を提出する手間を省けます。
一部業種は100%外国資本企業を認可
フィリピンでは、現地の中小企業を保護するため、一定の外資規制を敷いています。
しかし、その中でも、外貨を獲得する観点から、商品やサービスを国外に向けて提供する「輸出型企業」については、外国資本100%による進出を認めています。
さらに、輸出型企業の場合、原則として外資企業に求められている、20万ドルの最低資本金要件も課されません。
なお、生産品のすべてが海外向けである必要はなく、6割以上が国外向けに販売されていれば、輸出型企業として認められます。
出典:JETRO「フィリピン 外資に関する奨励―各種優遇措置」
親日国
フィリピンは親日国として知られます。外務省が実施した、海外における対日世論調査では、「あなたの国の友邦として、日本は信頼できると思いますか?」という設問に対し、97%のフィリピン人が「とても信頼できる」「どちらかというと信頼できる」と答えています。
こうした日本に対するフィリピンの好感度の高さの理由としては、これまで道路や鉄道などのインフラ整備に対して日本が多くの支援を行ってきたことに加えて、フィリピンにとって、米国に次ぐ貿易相手国であることが挙げられるでしょう。
また、フィリピンは、アニメや音楽といった日本のポップカルチャーが最も浸透している国の1つでもあり、文化を通して、日本への親近感を感じている人も多くいます。
こうした日本への好感度の高さは、現地におけるビジネスのしやすさに直結します。
出典:外務省「令和5年度 海外における対日世論調査 結果詳細」
出典:JETRO「フィリピンにおけるコンテンツ産業市場調査(フィリピン・マニラ発)」
2050年まで続く人口増加
フィリピンの人口は、2025年時点で約1.2億人です。
さらに、15歳~64歳のいわゆる「生産年齢人口」が全人口の約7割を占め、2050年ごろまで人口増加のピークが続くと予測されています。これは、ASEANの中で、マレーシアの2040年をしのぐ最長期間です。
安定した人口増加は、フィリピンの内需の拡大と経済の発展に直結し、市場としての魅力を示すものといえます。
出典:総務省「統計ダッシュボード:フィリピンの人口ピラミッド」
ビジネスしやすい言語環境
フィリピンでは、公用語として、現地の言語であるタガログ語および英語が使用されており、特に大学教育を受けたフィリピン人であれば、ビジネス英語を問題なく話します。
フィリピンでは、英語でビジネスができるため、日系企業が進出する上で、言語面のハードルが低い国の1つです。
成人の英語能力ランキングを公表しているEF Education First(EF)によれば、フィリピンの英語力は非英語圏では22位、アジアではシンガポールに次ぐ2位となっています。
労働力が安価で確保しやすい
労働力の供給という面で、フィリピンはASEANの中でも最も魅力的な国の1つです。
人口増加が続き、若年層が分厚いフィリピンでは、比較的安価で、若い労働力を確保することができます。首都のマニラ近郊でも、現地人材の平均月給は数万円程度となっています。
JETROが2022年に公表した「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」によると、フィリピンにおける日系企業の賃金水準は、中位または下位でした。特に、製造業においては、作業員、エンジニア、マネージャーのいずれのポジションでも、中国、タイ、インド、ベトナム、インドネシアよりも低い賃金水準となっています。
日系企業の進出先として検討されることの多いシンガポールなどと比べて、人件費を大きく抑えられることは、フィリピン進出の最大のメリットといえます。
出典:JBIC(国際協力銀行)「フィリピン投資の優位性と留意点」
日系企業がフィリピン進出する際の懸念点・デメリット
フィリピンには、国外企業に対する外資規制があります。また、日本との文化の違いや、治安面での不安もあります。
ここでは、日系企業がフィリピンに進出する際の懸念点を解説します。
外資規制がある
フィリピンは、外資による進出を歓迎する一方で、国内の中小企業を保護するため、外資規制を敷いています。
外資規制は、主に以下の3つから成り立ちます。
- 最低資本金
- 2つのネガティブリスト
- 土地所有の禁止
それぞれについて、説明します。
最低資本金
原則として、外国資本が40%を超える外資企業については、法人設立時に最低20万USDを資本金として拠出しなければなりません。
レートによりますが、日本円に換算すると最低でも2,000万円以上は必要となり、決して小さい負担ではありません。
なお、フィリピン人従業員を15人以上雇用しているなどの要件を満たすことで、最低資本金を10万USDまで引き下げられます。
2つのネガティブリスト
フィリピンにおける外資規制の中核をなすのが、2つのネガティブリストです。
- ネガティブリストA:外国人による投資・所有が禁止・制限されている業種
- ネガティブリストB:安全保障や中小企業保護のため、外国資本が40%以下に制限されている業種
それぞれのリストの内容は、以下のとおりです。
ネガティブリストA
外国資本の制限 | 分野 |
---|---|
0% (外資の参入不可) | マスメディア(記録およびインターネット事業を除く) |
ライセンスが必要な専門職(法で定める例外を除く) | |
資本金2,500万ペソ未満の小売業 | |
協同組合 | |
探偵、警備員、警備保障会社 | |
小規模鉱業 | |
群島内・領海内・排他的経済海域内の海洋資源の利用、河川・湖・湾・潟での天然資源の 小規模利用 | |
闘鶏場 | |
核兵器の製造、修理、貯蔵、流通 | |
生物・化学・放射線兵器および対人用地雷の製造、修理、流通、投資 | |
爆竹その他花火製品の製造 | |
25%以下 | 雇用斡旋 |
防衛関連施設の建設契約 | |
30%以下 | 広告業 |
40%以下 | インフラプロジェクト関連の調達 |
天然資源の探査、開発、利用 | |
私有地の所有 | |
公益事業の管理、運営 | |
教育機関の所有、設立、運営 | |
米、とうもろこし産業 | |
国有・公営・市営企業への材料、商品供給契約 | |
深海漁船の運営 | |
コンドミニアムユニットの所有 | |
ラジオ通信網 |
ネガティブリストB
外国資本の制限 | 分野 |
---|---|
40%以下 | 火器、火薬、ダイナマイト、起爆剤、爆薬製造時に使用する材料などの製造、修理、保管、流通 |
危険薬物の製造、流通 | |
サウナ、スチーム風呂、マッサージクリニックなど、公共の保健および道徳に影響を及ぼす危険性があるとして法規制されているもの | |
レース場の運営などの賭博行為 | |
資本金20万USD未満の国内市場向け企業(一定要件を満たす場合は10万USD未満) |
土地所有の禁止
フィリピンでは、原則として、外資企業や外国人による土地の所有が認められていません。例外として、外国資本の割合が40%未満であれば、所有してもよいとされています。
外国人投資家は、投資目的のみに利用される土地をリースすることができ、リース期間は最長50年、更新は1回限りの25年です。
また、外国人投資家が投資のみを利用目的としない土地をリースする場合、リース契約の期間は最長25年、更新は1回限りの25年となります。
高リスクな税務環境
フィリピンに進出しようとする日系企業にとって、近年、大きなハードルとなっているのが、フィリピンの税務環境です。
その要因は、大きく分けて、以下の2つです。
- 頻繁に変更される税務ルールへの対応が困難
- 納税者に厳しい税務行政
頻繁に変更される税務ルールへの対応が困難
フィリピンでは、税金に関するルールが、頻繁に変わります。
しかも、通達の改正発表と同時に発効するケースも少なくなく、納税者は、ルール変更があるたびに急な対応を求められます。
当然ながら、申告ミスが起きやすいことに加えて、変更されたルールの内容が不明瞭で、納税者側が税務処理に困る場合もあります。
日本でも、毎年の税制改正や通達改正によって税制が複雑化していますが、フィリピンでは、それに輪をかけてルール変更が日常茶飯事です。なおかつ、周知が不十分なため、現場に大きな混乱をきたしているという現状があります。
納税者に厳しい税務行政
日本では、税務処理を否認された項目について、それを立証する責任を、原則として国税当局が負います。
一方、フィリピンでは、税務処理を否認された場合、納税者側が潔白を証明しなければなりません。データや記録を用意して反証できなければ、当局側の指摘した額が、そのまま追徴課税として認定されてしまいます。
また実地調査においても、近年のフィリピンの税務当局の姿勢は、非常に苛烈です。企業によっては、毎年のように税務調査を受けたり、用意した反証がろくに反映されずに巨額の追徴課税を課されたりというケースもあるようです。
日本の消費税にあたる「付加価値税(VAT)」でも、還付がなかなかされず、それどころか税務調査に入られて、逆に追徴課税を取られてしまう、というケースも発生しています。
日本と異なる文化
日本とフィリピンでは、文化や国民性が異なり、ビジネスの場においても、そうした違いが、大きなギャップを生みます。フィリピンでビジネスを行う際には、そうした違いを意識することが非常に重要です。
例えば、フィリピンでは、言葉や数字を、伝聞や帳簿でなく、自分の目で確かめることが大事です。現地人材に仕事を依頼し、向こうがそれを了承したとしても、実際には期日まで着手していない、ということが往々にしてあります。
また、会計帳簿についても、日本でのビジネスに慣れ親しんでいる人からすれば、フィリピンにおける帳簿の数字の不正確さに驚くことが少なくありません。日本から赴任した担当者が、実地棚卸を行ったところ、大量の架空計上が発覚したというケースもあります。
フィリピンにおいては、現地人材の報告や情報を鵜呑みにせず、複数のソースから確認し、最終的には自分の目で確かめる必要があります。
治安に難あり
フィリピンの治安は、日本のように安心して暮らせる環境とはいえません。銃社会であることに加えて、日本人である、外資企業の関係者であることなどを理由に、誘拐や強盗などのターゲットにされる例も、少なくありません。
外務省は、2025年3月、マニラ首都圏において日本人をターゲットとした拳銃強盗事件が約8ヵ月で16件発生しているとして、注意を呼び掛けています。
また、従業員を解雇する際などにも、注意が必要です。
フィリピンの人たちは、自尊心が強く、人前でメンツを潰されることを嫌います。解雇の伝え方次第では恨みを買い、暴力犯罪に発展するリスクもゼロではありません。
出典:外務省海外安全ホームページ「マニラ首都圏における強盗事件の連続発生に伴う注意喚起」
日系企業のフィリピン進出動向
2022年10月時点で、フィリピンに進出している日系企業は1,434社に上ります。
業種としては、製造業が最もメジャーですが、2010年代からは、OA機器、電気電子機器・部品関連企業などの参入が相次いでいるほか、近年では、建設や不動産関連の進出も目立っています。
フィリピンに進出する日本企業の例としては、飲食チェーンの「丸亀製麺」が挙げられます。同チェーンは、2017年にマニラに1号店を進出すると、ショッピングモールを中心に、現地向けにローカライズしたメニューなどを積極的に展開。2024年7月に、50店舗目をオープンするなど、現地で安定した人気を誇っています。
また衣料品ブランドの「ユニクロ」は、シンガポール、マレーシアに続くASEANで3ヵ国目の進出先として、2012年にフィリピンに出店しました。2018年には、東南アジア最大級のグローバル旗艦店をマニラにオープンし、2024年には東南アジア最大となる物流施設をカビテ州に展開するなど、店舗だけにとどまらない事業展開を推し進めています。
安定した人口増加を背景に、今後も経済発展が見込まれるフィリピンには、今後も多くの日系企業が進出していくでしょう。
出典:JETRO「フィリピン 概況・基本統計」
出典:PR TIMES「『Marugame Udon』フィリピン50店舗達成」
出典:PR TIMES「ユニクロ等を展開するファーストリテイリング社の「東南アジア最大の物流施設」として開発 海外事業における当社初の物流施設をフィリピン カビテ州にて、6月に着工」
フィリピンの市場動向
フィリピンは、20世紀に、政情不安定な時期が長く続いたことから、経済の発展が滞り、かつては「アジアの病人」と呼ばれていました。
しかし、21世紀に入ってからのフィリピンは、安定した経済成長の中にあり、もはや「アジアの病人」は過去のものとなっています。経済成長率は5%超を維持し、人口増加は2050年までピークが続くと予測されています。
英語能力が高く、安価な労働力が豊富なため、ビジネス進出がしやすく、消費市場としての将来性も豊かなフィリピンは、まさにこれから伸びていく市場だといえるでしょう。
一方で、フィリピンは、道路や電力といったインフラ網に課題を抱えており、それが輸送費の増加や電気料金の高騰といった形で、事業にかかるコストを押し上げています。
これを受け、ドゥテルテ前大統領は、2017年に「ビルド、ビルド、ビルド」と称する、大規模なインフラ建設計画を打ち出しました。また後任のマルコス大統領も、インフラ整備や投資環境改善のための法整備といった取り組みを継承しています。
フィリピンの弱点ともいえる、脆弱なインフラは、国家的課題として解消に向けた取り組みが進んでおり、今後の改善が期待されます。
出典:JETRO「経済開発庁、2025年GDP成長率目標を6.0~8.0%維持」
出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「フィリピン経済の現状と今後の展望」
日本の技術支援による地下鉄工事が進行中
フィリピンの道路混雑は世界的にも有名です。2024年の「道路混雑度ランキング」では、ダバオ市が世界3位に、マニラが27位にランクインしています。フィリピン政府は、こうしたインフラの脆弱性が、今後の経済成長を実現する上でのボトルネックと捉えており、様々な面でインフラ整備の計画を進めています。
その中の一つに、日本の「清水建設」などが参加するジョイントベンチャー(JV)が手掛ける、フィリピン初となる地下鉄開通プロジェクトがあります。
プロジェクトは、マニラ首都圏北部のミンダナオ通りと、ニノイ・アキノ国際空港が位置する南部ウェスタンビクタンを結ぶ、全長33.1kmの地下鉄区間に17駅を整備するものです。
全面開通は2032年予定とのことで、まだ先になりそうですが、開通したあかつきには、都市部の道路混雑の緩和に貢献するでしょう。
出典:tomtom「Traffic Index Ranking 2024」
出典:清水建設「フィリピン初の地下鉄工事でシールド掘進がスタート」
フィリピンへの進出形態
市場として有望で、ビジネス環境としても魅力的なフィリピンへ起業・進出するには、どんな手段があるか解説していきます。
日系企業がフィリピンに進出する場合の形態は、主に下記の3つです。
- 現地法人設立による進出
- 支店設立による進出
- 駐在事務所設立による進出
- クロスボーダーM&Aによる進出
まず、現地法人、支店、駐在事務所の設立による進出について、紹介します。
現地法人
外資企業は、100%子会社として現地法人を設立することにより、フィリピンで幅広い事業を行なうことができます。フィリピン法のもと、現地法人として、新たなビジネスを広げることができ、投資や株式購入、さらなる子会社の設立、合併や買収なども可能です。
現地法人の特徴としては、親会社とは別個の法人になるため、親会社が現地法人に対して負う責任は出資の範囲内に限られ、親会社に及ぼす影響を最低限にとどめることができます。ただし、裏を返せば、現地法人の損失を親会社の利益と通算して、税負担を減らすようなことは、できません。
また、外資規制のネガティブリストに該当する業種でも、現地企業とのJV設立によって関与することが可能です。
一方、現地法人のデメリットとしては、外国資本の割合が40%を超える場合、20万USDの資本金要件を満たさなければ、設立できません。なお、以下の要件を満たすと、最低資本金は10万USDに引き下がります。
- 国内市場向け企業であること
- 先進技術を利用していること
- 「スタートアップ」または「スタートアップ支援機関」として承認されていること
- フィリピン人従業員を15人以上雇用していること
出典:JETRO「フィリピン 外国企業の会社設立手続・必要書類 詳細」
支店
支店は、営業活動や販売活動を行えるという点で、現地法人と共通しています。ただし、現地法人との最大の違いとして、ネガティブリストに該当する業種は一切認められない点が挙げられるでしょう。
また、権利や義務についても、フィリピン法が適用される現地法人と異なり、日本の法律が適用されます。
資本や資産についても、親会社と共有しているため、決算も親会社と一体化して行います。現地法人とは異なり、支店の損失は親会社が被ることになり、同時に、親会社と支店の損益通算が可能です。
ネガティブリストに該当しない業種での進出を考えているなら、支店を検討する余地があります。
駐在員事務所
駐在員事務所は、現地法人や支店と異なり、フィリピン国内で行える活動が、以下の4つに限定されます。
- 本社の製品およびサービスの情報宣伝と販売促進
- 市場調査の実施
- フィリピンにおける情報収集
- 製品の品質管理
駐在員事務所は、フィリピンで所得を得ることができず、注文の勧誘や売買契約の締結も認められていません。
一方、フィリピンでの目的が、進出検討段階での現地調査や、現地でのプロモーションに限定されているのであれば、初期コストが低い駐在員事務所は、非常に有効だといえます。
進出の目的に合った進出形態を選ぶことが重要です。
クロスボーダーM&Aによる進出
高リスクな税務環境、外資規制、最低資本金要件などのリスクを軽減しながら、フィリピンに進出する手法として、近年、フィリピン企業のM&Aを検討する日系企業が増えています。
特に、会社そのものを買い取るのではなく、税務のリスクを引き継がないよう、範囲を限定した上で事業用資産のみを買い取る方法や、共同出資という形を取って、ジョイントベンチャー(JV)として進出する例が目立ちます。
2024年2月には、阪急阪神不動産が、フィリピンの不動産デベロッパー企業であるJuanito King & Sons Inc.と、JVを設立しました。
2024年4月には、三菱自動車が、フィリピンの金融機関であるセキュリティバンクと、三菱の自動車を専門に取り扱う販売金融会社「三菱自動車ファイナンスフィリピン株式会社を、合弁契約で設立しています。同社の出資割合は、三菱自動車51%
、セキュリティバンク49%と発表されています。
現地法人などの拠点を置くのではなく、現地企業の事業をM&Aで取得したり、JVで進出を果たしたりするケースは、今後も増えていくことが予想されます。
AGSコンサルティングでは、クロスボーダーM&Aによるフィリピンへの進出を支援しております。お気軽にお問い合わせください。
出典:PR TIMES「阪急阪神不動産株式会社とフィリピンの不動産デベロッパーとのJV(ジョイントベンチャー)契約締結をサポート」
出典:三菱自動車「フィリピンで自動車販売金融の合弁会社を設立することで合意」
フィリピン企業のM&Aのプロセス
フィリピン企業に対するM&Aは、プロセスとしては、国内M&Aとほぼ変わりません。
ただ、言語、風土、文化が異なる二国間の企業が統合する過程では、特に買収後のPMI(Post Merger Integration)で苦労する例が少なくありません。
PMIに時間と手間をかけることが、フィリピン企業へのM&Aにおいては重要なプロセスとなります。
下記がフィリピン企業のM&Aの主なプロセスです。
- 情報収集や候補企業の選定
- デューデリジェンスの実施
- 相手企業との交渉
- 契約の締結
- PMIの実施
フィリピンの税制
法人税
フィリピンの法人税は、原則25%です。課税所得500万ペソ以下かつ、総資産1億ペソ以下の内国法人については、20%の軽減税率が設けられています。
また、フィリピンの法人税には、総所得(純売上高から売上原価を除いた金額)に対する2%の最低法人税があり、企業は、通常の法人税と最低法人税の、いずれか高い方を納めなければなりません。つまり、課税所得が赤字であっても、総所得がプラスになるのであれば、納税義務が生じます。
外資企業が、外資受入機関のPEZAに登録している場合、ITHを適用して、最大7年間、法人税を免除されます。ITHが終了した後も、本則より低い特別税率を適用可能です。
その他、研究開発や設備投資に、それぞれ税額控除の特例が設けられています。
申告にあたっては、四半期ごとに税額を前提的に計算し、納付しなければなりません。提出期限は、各四半期終了後60日以内です。
年度が終了したタイミングで暫定額との差額を計算し、年間の法人税申告を行います。
付加価値税(VAT)
フィリピンには、日本の消費税にあたる「付加価値税(VAT)があります。
物品や財産の販売、交換、リース、サービスの提供に対して、売上総額の12%の税率がかかります。
VATは、税額算出の仕組みや、還付を受けるために必要な書類が、非常に複雑です。
そのため、還付の手続きや審査には長い時間がかかり、ちょっとしたミスを税務調査で指摘され、還付を受けるどころか、追徴課税されるケースも、少なくありません。
なお、外資企業が購入する一定の商品やサービスについては、「ゼロレートVAT」制度が適用され、税率が0%になるという優遇措置が設けられています。
その他の税
以下のいずれかに当てはまる外国人は、フィリピン源泉所得に対して、最高35%の累進税率による個人所得税が課されます。
- フィリピンに居住している
- フィリピンに居住していないが滞在日数が年間180日を超える
また、フィリピンには、亡くなった人の遺産に課される「遺産税」があり、一律6%の税率がかかります。
出典:JETRO「フィリピン 税制」
出典:JETRO「フィリピン『その他税制』詳細」
日系企業におけるフィリピン進出のコツと課題
ここまで、フィリピンに進出する魅力について述べてきました。
では、フィリピンへの進出を成功させるためにはどうすればよいでしょうか。
成功させるためのポイント
日系企業のフィリピン進出を成功させるために検討するポイントは、以下の項目が挙げられます。
- 人としての付き合いを大事にする
- 目的に応じた進出方法を検討、実行する
- KPIを定める
人としての付き合いを大事にする
フィリピンの人たちは、直接会い、一緒に食事をして、酒を飲むことで、相手の人となりを判断します。フィリピンでのビジネスを成功させるためには、日本では古い価値観とされる、「飲みにケーション」のような部分が欠かせません。
フィリピンの人たちは、日本からやってきたビジネスパートナーを心からもてなしますし、そうした場での振る舞いが、ビジネスの重大な決断を下す際の最重要ポイントになります。
いわゆる「昭和的な付き合い」が、フィリピン進出を成功させるためには無視できないことを、覚えておきましょう。
目的に応じた進出方法を検討、実行する
フィリピン進出の目的は、市場開拓、労働力の確保、ブランディング、ライセンス取得、ASEAN市場への橋頭保づくりなど、様々なものが考えられます。
厳しい外資規制をクリアしてまで進出するからには、自社のフィリピン進出が何のためかを徹底的に明確にしましょう。
目的に応じた進出計画や経営計画を立てなければ、慣れない海外での事業を成功させるのは難しいでしょう。
KPIを定める
進出目的を明確にできたら、それに沿ったKPIを定めることも欠かせません。
KPIがなければ、進出が成功か失敗か、最終目標に対する現在地も確認できません。
業務拡大か撤退かという重要な経営判断を下すためにも、KPI設定は必要不可欠です。
フィリピン進出のリスク
フィリピンへの進出を検討する場合のリスクとして、以下のような点を把握しておきましょう。
- 外資規制
- 税務リスク
- 文化や価値観の違い
フィリピンには、外国資本の割合に応じて進出できる分野を制限する、ネガティブリストが存在します。
加えて、最低資本金などの外資規制もあるため、フィリピン進出を検討する際には、まず自社に事業に関する外資規制の調査と、それらをクリアして得られるリターンの入念な検討が欠かせません。
また、近年のフィリピンの税務ルールおよび税務行政は、納税者にとって厳しいものとなっています。
複雑なルールに対応し、税務調査で指摘されることのない申告を行うには、相応の体制が求められますので、進出してから慌てることのないよう、事前の準備が重要となります。
正確な税務申告や会計処理を行うためには、当然ながら正確な財務データの記録と蓄積が欠かせませんが、フィリピンでは、財務記録に不正確な記載が多く、二重帳簿も珍しくないという現状があります。
帳簿に記載してある数字や、現地の報告を鵜呑みにせず、ダブルチェックや目視による現物確認を怠らないことが、フィリピン進出を失敗に終わらせないためのポイントといえるでしょう。
まとめ
フィリピンに進出するメリットやポイントを解説していきました。
東南アジアのなかでも人口増加が著しく、労働力が安価であるなど、フィリピンへの進出には様々なメリットがあります。
また、近年では、外資規制や税務リスクを回避するため、クロスボーダーM&Aやジョイントベンチャー(JV)による進出も目立っています。
AGSコンサルティングでは、クロスボーダーM&Aによるフィリピンへの進出を支援しております。進出をご検討の際は、お気軽にお問い合わせください。