M&Aとグループ・ガバナンス概論

M&Aとグループ・ガバナンス概論

※本稿は、みずほ銀行発信の『Asia Gateway Review』2025年2月号に寄稿した記事の転載になります。Asia Gateway Reviewはみずほ銀行シンガポール支店で編集され、主にASEAN関連のテータを中心に月一回発行されているニュースレターです。

すべて表示

1. 概要

近年、M&Aが活発化しており、日本国内だけでなくクロスボーダーでの買収も増加しています。

そのような中、慣れない海外企業の管理に課題を感じる企業や、複数の買収企業を⾏ったことによりグループとしての組織運営に課題を感じる企業からのご相談も耳にするようになりました。

M&Aに際しては、個社に対応するPMI(Post Merger Integration)だけでなく、改めてグループ・ガバナンスを意識したグループ組織経営を考えて頂くことが必要と考えます。

2. グループ・ガバナンスとは

グループ・ガバナンスとは、グループ全体の経営管理を統括し、各⼦会社や事業部⾨の活動を統制・監督する仕組みを⾔い、⼤きな枠組みでは海外⼦会社管理と⾔えます。戦略をうまく⽣み出すシナジー効果の測定という『攻め』の機能と、不正を⽣じさせない『守り』の機能を融合させていくことが重要ですが、各社各様となることから、各企業が適切な枠組みを意識することが必要となります。

2. グループ・ガバナンスとは

3. 海外でグローバル・ガバナンスが難しくなる理由

グループ・ガバナンスの浸透が海外で難しくなる理由として、物理的な距離、⽂化や法規制の違い、コミュニケーション等が挙げられます。意思決定のプロセスやコミュニケーションが⽇本国と異なるため、権限の委譲が過度に⾏われ、横領や会計不正が⽣じるケースも⽬にします。

実際に、海外子会社の内部監査、ガバナンス改善の過程で明るみになるケースだけでなく、M&A後に、数年後して不正が⽣じるケースもあります。M&A直後のグループ・ガバナンスの浸透は時期を逃すと導⼊が難しくなり、⼦会社からも協⼒体制を得られにくくなるため初期対応に注意が必要です。

4. 具体的に整えるべき体制

M&A成⽴後、早期的にグループ・ガバナンスを導⼊するためには、取引成⽴前から事前にガバナンス(⼦会社管理の在り⽅)を整理しておくことが重要です。

グループ・ガバナンス展開についての本社の意向が不明瞭な結果、現地でのグループ・ガバナンスの展開が独⾃な⽅法となり、結果、十分に浸透できていないという駐在員の声をお聞きする場合もあります。

具体的には整えるべき項⽬の例は以下の通りです。

  • 理念、規範の展開(ハンドブック等)
  • 経営方針、計画、経営指標(事業計画、戦略)
  • 組織・権限・会議体(組織図、職務権限、取締役会)
  • コンプライアンス報告体制(内部通報/クレーム/懲罰報告等)
  • ⼦会社への展開規程の整理(職務権限/業務分掌/業務規程)
  • 監査役・内部監査の遂⾏
  • 現地連携できる弁護士、会計事務所の把握

4. 具体的に整えるべき体制

グループ本社では、これら機能を定着させることにより、当初想定したシナジーを、問題を生じさせずに促していくことになります。

5. 東南アジアを例にした地域統括の活⽤

グループ・ガバナンス構築の際に考慮する重要な要因として在外子会社のエリアも重要となります。

必ずしも画⼀的に⾔えないものの、例えば、東南アジアと北⽶では、ガバナンスのアプローチが異なることが多くあります。東南アジアの在外⼦会社では、⽇本の経営⽅針やガバナンス体制の指⽰を待つ傾向にある⼀⽅、北⽶では対等な関係を築きながら独⾃のガバナンスを適⽤したがる傾向も⾒られます。各国や各企業の特徴をとらえながら、各国、対象会社の事情に応じた検討も必要です。

5.東南アジアを例にした地域統括の活⽤

そのため、同⼀事業・エリア内で複数企業の買収が⽣じた場合、地域統括による再編⾏為も有効な⼿段となり得ます。

東南アジア内で複数買収した際、シンガポールやタイに地域統括企業を配置することで、内部監査や内部通報制度、コンプライアンス報告の取りまとめ等、日本でのガバナンス機能の一部を委譲していく選択肢も取り得ます。

また、買収により複数社が既にある場合には、既存企業の活用した再編も選択肢となります。

6. 内部通報制度及び内部監査がグローバル・ガバナンスで果たす役割

一方で、大がかりな再編やグループ・ガバナンスの導入は現実的に難しい場合も多いと思います。

不正の発覚経緯として、最も多いのが内部通報制度、次いで内部監査と⾔われます。グループ・ガバナンスの全体的な導入が難しい場合や即効性を期待する場合、内部通報の一時的な導入や内部監査による現状把握をお勧めします。

内部通報制度は、従業員が不正⾏為やコンプライアンス違反を匿名で報告できる仕組みにより、マネジメント含めた不正の早期発⾒を可能とします。通報先や問題発⽣時の対応ルートは事前に定めておくことも必要ですが、有効性は⾼いものとなります。

内部監査は、各社法令や諸規程への準拠度合を検証することを通じ、直接的にガバナンス強化に寄与するとともに、不正抑⽌のけん制機能となります。

6. 内部通報制度及び内部監査がグローバル・ガバナンスで果たす役割

参考:ACFE JAPAN「2020年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」

まとめ

M&Aが活発化している今だからこそ、改めてグループの在り⽅を改めて考えて頂くとともに、グループ・ガバナンス⾒直すきっかけとなれば幸いです。

※文章中の作図等は、全てAGS Consulting Groupにて作成したものとなります。

監修者

  • 櫻井 信也

    株式会社AGSコンサルティング
    シンガポール支社 パートナー・日本国公認会計士

    櫻井 信也

    有限責任監査法人 あずさ監査法人にて監査、本田技研工業株式会社にて経理を経験した後2015年AGSコンサルティングに入社。 入社当初は、大阪支社にてM&A(財務DD/PMI)、 IPO、事業再生、上場企業に対する海外子会社内部監査や連結決算の業務支援等、幅広く業務に従事。 2020年7月より東京国際事業部に異動し、国際を絡めた在外子会社へのJ-SOXの展開、クロスボーダーM&A、子会社管理等の内部統制関連サービスを提供している。