日系企業がインド進出する際の形態の一つである「ジョイントベンチャー(JV)」について解説します。他形態と比べたメリットやデメリット、日系企業の成功事例、インド進出を成功させるポイントについても紹介します。インドへの進出を検討している方は参考にしてください。
目次
- インド進出時のジョイントベンチャー(JV)という選択肢
- ジョイントベンチャー(JV)とは
- インドへのJV進出が増えている背景
- 巨大かつ成長し続けるマーケットとしての魅力
- インド固有のビジネスの難しさ
- JVでインドに進出するメリット
- 自社だけではできないことが可能になる
- 事業展開にかかるコストが抑えられる
- JVで進出する際のリスク・デメリット
- 自社が得られるリターンが少なくなる
- 技術や情報漏えいのリスクがある
- 事業運営、意思決定が難しくなる
- 撤退時に困難を伴う
- JVでインドに進出する際の手順
- 1.不足リソースの特定
- 2.パートナー企業の選定
- 3.基本合意書の締結
- 4.デューデリジェンスの実施
- 5.JV契約書の締結
- 6.定款の作成と設立登記
- JVでインドに進出する際のポイント
- 信頼できるパートナーを選定する
- 意思決定のスピード感を保つ
- JV組成後の管理体制を構築する
- JVによるインド進出の好事例
- 日系中小製造業のJV組成事例
- 日系上場IT業のオフショアJV組成事例
- まとめ
インド進出時のジョイントベンチャー(JV)という選択肢

日系企業がインド進出を成功させるための手段として、現地企業との合弁事業である「ジョイントベンチャー(JV)」の形態を採用するケースが増加しています。
外務省が実施した「海外進出日系企業拠点数調査」によると、2021年10月時点で、インドに所在する日系企業の4,790拠点のうち、2,608拠点が合弁企業と、半数を超えました。これは、他のアジア諸国と比べても高い割合です。
JVによる、インド進出の有名な成功事例としては、自動車メーカーであるスズキのケースが真っ先に思い浮かべられるでしょう。
スズキは、インドの現地企業とJVを組み、「マルチ・スズキ」として事業を展開しています。2024年度のインド国内における自動車販売台数約400万台のうち、マルチ・スズキは約176万台を占めており、国内ナンバーワンの約40%という圧倒的なシェアを維持しています。
主要メーカー別乗用車インド国内販売台数(2024年度)
| メーカー | 2023年度(台) | 2024年度(台) | 増減率(%) |
|---|---|---|---|
| マルチ・スズキ | 1,759,881 | 1,760,767 | 0.1 |
| 現代自動車 | 614,721 | 598,666 | △ 2.6 |
| タタ・モーターズ | 582,915 | 569,245 | △ 2.3 |
| マヒンドラ&マヒンドラ | 459,877 | 551,487 | 19.9 |
| トヨタ・キルロスカ | 245,676 | 309,230 | 25.9 |
| 起亜 | 245,634 | 255,207 | 3.9 |
| ホンダ | 86,584 | 65,925 | △ 23.9 |
| シュコダ・オート | 44,522 | 44,868 | 0.8 |
| フォルクスワーゲン | 43,197 | 42,230 | △ 2.2 |
| ルノー | 45,439 | 37,900 | △ 16.6 |
| 日産 | 30,146 | 27,881 | △ 7.5 |
| JSW MGモーター | 44,115 | 25,543 | △ 42.1 |
| PCAモーターズ | 8,367 | 6,516 | △ 22.1 |
| FCAインディア・オートモービル | 5,406 | 3,865 | △ 28.5 |
| フォース・モーターズ | 1,755 | 2,134 | 21.6 |
| いすゞモーターズインディア | 515 | 384 | △ 25.4 |
| 合計(その他を含む) | 4,218,750 | 4,301,848 | 2.0 |
出典:JETRO「インド乗用車市場、2024年度は国内販売、輸出ともに過去最多」
インドでは、製造業、非製造業を問わず、ローカルで一定の産業が存在するため、ローカルの販売網などに日系企業を含む外資系が参入する障壁は、他のASEAN諸国と比較しても高い傾向にあるといわれます。
インドにおけるスズキの事例は、インド市場にスズキの車種がマッチしたという面も当然ありますが、JVという形態でインドに参入することでその事業展開スピードを速め、インド市場の攻略を効果的に行ったことを証明する一つのモデルだともいえるでしょう。
ジョイントベンチャー(JV)とは
ジョイントベンチャー(JV)とは、複数の企業が互いに出資を行い、合同で経営を行う会社形態を指します。特に海外進出の文脈においては、進出先の現地企業とパートナーシップを組み、共同で特定の事業法人を組成することを意味します。
それぞれの企業の出資の割合については、ケースによって様々です。
JVは、新しい法人を新設するケース、既存の現地企業の株式を部分的に取得するケース、インド企業の既存事業を法人として切り出してJV化するケースなど、様々なスキームに分かれます。どの形態を採用するにしても、日本企業にとっては、現地企業の持つ経営資源を活用し、進出リスクの低減を図るのが主な目的です。
なお、インドにおいては、統合FDI(外国直接投資)ポリシーに、外資規制の定めが置かれていますが、ASEAN諸国に比べて自由に外国投資を行える内容となっています。
インドへのJV進出が増えている背景

インドへのJVによる進出が増えている背景には、「そもそもインドが巨大市場である(になる)」という大前提と、「インド市場を攻略する上での固有の難しさ」の2つの要因が大きく関わっています。
巨大かつ成長し続けるマーケットとしての魅力
インドが世界から注目される最大の理由は、その人口ボーナスと経済成長性です。
インドは、2040年まで続くといわれる人口ボーナス期にあり、非常に豊かな若年労働者層を抱えています。この巨大な人口と活発な労働力が、経済成長のエンジンとなっています。
さらに、インドの経済規模は今まさに日本を抜きさろうとしつつあり、そのマーケットとしての魅力は計り知れません。15年程前、日系企業のインド進出ブームが起こっていた際に、「インドビジネスは入り口は狭いが、出口は必ずある」というようなことがよく言われていました。
これは、「参入当初は赤字もやむなしだが、マーケット規模を考えるとビジネスの勝機は必ずある」という意味です。現在、JETRO等の調査を見ても、インドに進出している日系企業の約8割が黒字を達成しているというデータもあり、当時の日本企業が懸命に努力した結果が出てきていることが分かります。
また、徐々に整備されたインドのビジネス環境も後押しし、インドにおけるビジネスが成功する確率が上がってきていることも、企業の進出意欲を後押しする大きな要因となっていると考えられます。
出典:JETRO「日系企業の8割が黒字も、当面は国内に注力」
インド固有のビジネスの難しさ
非常に魅力的なマーケットを持つ一方で、インドは、他のアジア諸国と比較しても、以下に例示するようなハードルがあり、一からビジネスネットワークを築き、事業を立ち上げるのが非常に困難な国といわざるを得ません。
例えば、インドでは、とある製品を生産者から最終消費者まで届けるまでに、5~7階層ほどの流通経路を経る必要があるといわれます。このような複雑な流通構造、ローカルの販売ネットワークが存在する中で、日系企業が自力で効率的な販路を作り上げるのは、他国に比して、時間的にもコスト的にも大きな負担となり得ます。
他にも、インフラの未整備、コンプライアンス対応や現地行政手続きの煩雑さ、ローカル人材の労務管理対応、独特な商習慣など、インドに進出する上でクリアしなければならないハードルは少なくありません。これらの課題は、現地で長年事業を展開してきた企業でもなければ、そのノウハウや解決策を持ち合わせていないケースがほとんどでしょう。
そこで、現地パートナーの持つノウハウや強固なネットワークを利用して事業を展開できるJV事業組成が、極めて現実的かつ合理的な選択肢として活用されているのが、近年の状況だといえます。
JVでインドに進出するメリット

インド進出に際し、JVという形態を採用する具体的なメリットとしては、大きく分けて以下の2点が挙げられます。
- 自社だけではできないことが可能になる
- 事業展開にかかるコストが抑えられる
それぞれについて、解説します。
自社だけではできないことが可能になる
日系企業がJVという形態をとってインドに進出するメリットは、「自社が持っていない各種リソースを、現地パートナーと協力することで利用できる」という点に尽きます。
リソースとは、単なる資金や設備にとどまりません。広範囲にわたる販路や人脈、現地の消費者動向を深く理解したマーケティングノウハウ、現地の法務・税務へのスムーズな対応、現地人材の管理体制など、多岐にわたる無形資産が含まれます。
例えば、インドに製造拠点を確保しようとしても、適切な土地の取得や許認可の獲得が大きな課題となるケースは少なくありません。そうした状況において、現地パートナーがすでに適切な土地を所有していたり、政府とのコネクションを通じて取得する方法を持っていたりするケースがあります。
また、技術的に優れた製品やサービスを持っていたとしても、それを顧客に届ける販路がゼロからの出発では、市場に浸透させるのは非常に困難です。現地に強固な営業網や物流ネットワークを持っているパートナーと組むことで、製品の販売チャネルを一気に確保し、効率よく消費者へサービスを提供できるようになります。
このように、自社単独では解決が難しい課題を、現地パートナーの力を借りることで可能にするのが、JV事業の最大のメリットです。
事業展開にかかるコストが抑えられる
自社単独での進出を検討したものの、建設、物流、販路開拓、といったハードルを乗り越えるために、想定外のコストが大幅にかさむケースが多くみられます。
そうしたケースでは、市場の魅力は十分にあるにもかかわらず、進出しても採算が合わないため、計画を断念するという事態に陥りかねません。
しかし、現地パートナーの資源を活用することで、採算が立つ事業計画へと転換できる可能性が開かれます。現地パートナーの既存の施設や、リソースを利用することで、新たな設備投資を抑え、初期投資やランニングコストの両面でかかるキャッシュやコストを削減することができます。
インドというマーケットは大変魅力的ですが、攻略が非常に困難な国でもあります。そうした問題を解決し、魅力的な市場への参入障壁を下げる手段として、ローカルパートナーとのJVは、その事業組成、運営面で、非常に有効に機能します。
JVで進出する際のリスク・デメリット

JVでの事業組成は、現地パートナーの力を利用することで、インド進出にかかるリスクや障壁を大きく減らせる手段です。しかし、JVを利用することで、避けられないリスクやデメリットも存在します。
- 自社が得られるリターンが少なくなる
- 技術や情報漏えいのリスクがある
- 事業運営、意思決定が難しくなる
- 撤退時に困難を伴う
それぞれについて、解説します。
自社が得られるリターンが少なくなる
JVは、現地パートナーの力を借りることでインド進出におけるリスクを軽減できる、「ロー(またはミドル)リスク」な進出形態といえます。
しかし、その反面、事業で得られた利益は、出資割合や契約内容に応じて現地パートナーにも分配され、自社が得られるリターンも単独進出に比べて少なくなる「ローリターン」な形態であることも理解しておく必要があります。出資に係る配当以外にも、パートナーへのロイヤリティやその他のフィーなど、様々な形で現地パートナーに利益を吸い上げられてしまうケースもあります。
このような状況を回避するためには、事業を行う前段階の交渉を粘り強く行うこと、また、JV事業が黒字となり、投資に見合う十分なリターンが得られるかどうかを、事前にシミュレーションする必要があります。特に、投下資本金/借入金の比率に係る支払利息負担などが、初期的な交渉ポイントになることが多いです(経験上、インドJVパートナーが資金を多く投下してくれないケースが散見されます)。
また、事業計画が自社の思惑を外れていたり、またその蓋然性が不透明だったりする場合であっても、JVをプロット事業と整理し、JV以後(JV解消後)を見据えたインド市場攻略戦略が立案できるかなど、トータルでリターンを得る「絵」を描けるようなインド進出戦略が必要となるケースもあります。
技術や情報漏えいのリスクがある
JVにおける代表的なリスクの1つが、協業を通じたノウハウや技術の流出です。現地パートナーと密接に事業を行う過程で、自社のコア技術や機密情報、独自のオペレーションノウハウなどが、現地パートナーの手に渡ってしまう可能性は否定できません。
特にインドは巨大なマーケットであり、技術が一度漏えいしてしまうと、その後の競合他社による模倣や追随によって、ビジネスへの影響が非常に大きくなってしまう危険性をはらんでいます。従って、厳格な漏えい対策は必須となります。
例えば、日系の自動車メーカーなどでは、機密性の高いコア技術を使う製造工程においては、該当エリアを完全に隔離し、入室を厳しく制限するといった物理的なセキュリティ策を講じている企業もあります。JV契約を締結する際には、秘密保持条項を詳細かつ厳格に定めることはもちろん、日々の業務における物理的・デジタル的なアクセス管理を徹底し、情報管理体制を構築している企業も多く存在します。
事業運営、意思決定が難しくなる
JV契約においては、出資比率の設計に伴う単独意思決定権を限定し、全当事者の100%の同意がない場合は決議できない事項(Researved Matters)を附属定款に定める旨の取り決めを行っている契約がほとんどです。
しかし、その中で、特に事業がうまくいかなかった場合の追加投資などにおいて、パートナーとの話し合いがうまくいかず、デッドロックに陥っているケースが散見されます。
事業運営の決定権のパワーバランスについて、事業組成前の粘り強い交渉が必要であることは言うまでもありませんが、JV事業が成功するシナリオや失敗するシナリオなど、事前にあらゆるシナリオ別ケースを想定し、JV事業に悪影響を及ぼさず、かつ、自社が不利に陥らないようなオプション設計を行うこと望まれます。特に同意された事業計画の欠如によるExit規定の不明瞭さ(いつ追加投資を行い、その際の意思決定を誰が、どのように行う権限を有するか等の取り決めがない、など)があると、デッドロックに陥る可能性が上がり、無用なコストが発生することも想定されます。
デッドロック、仲裁、などの規定と同時に、事業組成前にパートナーとの間でフィジビリティー(実現可能性検証)チームなどを組み、事業運営面、または数値計画面で適切に合意を行った上で、Exit基準の数値化(事業計画との紐付け)を事前に交渉することが望ましいでしょう。
撤退時に困難を伴う
JVの解消や撤退にあたっての諸々の手続きや処理は、現地パートナーが協力的で、スムーズに機能していれば苦労はしません。
しかし、往々にして、撤退に至るようなケースでは、現地パートナーのモチベーションが著しく低下しており、非協力的になることが多いため、スムーズに進まない場合が多いといわざるを得ません。
これを防ぐためには、JVの契約締結時に、撤退時のお互いの義務と責任を契約内容に明確に盛り込んでおくことが極めて重要です。義務を履行しない場合には、Exit規定に基づく手続きや、場合によっては仲裁等の司法判断になるという強制力を持たせておくことで、いざという時に相手を動かす材料となり得ます。
また、インドでは、解雇を巡って労働者側と使用者側が対立するケースも少なくありません。最悪の場合、暴動などの深刻な事態に発展する可能性もあります。過去には、マルチ・スズキでの労務トラブルを巡り、現地の人事部長が襲われ亡くなってしまうという痛ましい出来事も起きています。JVを解消し、撤退する際には、労務トラブルを防ぐための細心の注意と、専門家による万全のサポート体制が求められます。
出典:スズキ株式会社「マルチ・スズキ社 マネサール工場における暴動について」
JVでインドに進出する際の手順

JVでインドに進出し、法人を新設する際の一般的な流れは、以下のようになります。
- 不足リソースの特定
- パートナー企業の選定
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンスの実施
- JV契約書の締結
- 定款の作成と現地法人設立登記
それぞれについて、解説します。
1.不足リソースの特定
JV進出における「一丁目一番地」は、自社がインドで事業を行う上で不足しているリソースを特定することから始まります。
まずは綿密な市場調査を行い、自社の強みがインド市場で通用するのか、また、その効果性が限定的な場合の仮想の売上目標や事業計画を立てた上で、その目標達成にあたって自社に何が足りないのかを明確にします。
営業網、製造技術、規格、物流網、アセット(土地・建物等)ブランディング、マーケティング、許認可、あるいは、政府との強力なコネクション等々、自社がインドでビジネス展開をする上で、致命的に不足するリソースを特定できれば、何を現地パートナーに求めるのか、どのようなパートナーを選ぶべきかの基礎が明確になり、その後のステップに入ることができます。
2.パートナー企業の選定
不足リソースが特定できたら、それを補完し、かつ将来のビジョンを共有できる相手を選定します。この段階でロングリストを作成する際には、不足するリソースを補完することでインド市場を攻略することを検討するとともに、シナジーを生める候補者も、重要なパートナー候補として積極的に検討していきましょう。
候補が決まったら、次はパートナーを絞り込み、パートナーへの接触を経て、NDA(秘密保持契約)を締結し、お互いの情報を交換することで初期的な事業プラニングに入っていきます。この段階では、事業化できない可能性も考慮しつつ、お互いの信頼性を確認しながら、共同で初期的なフィジビリティースタディを進めていきましょう。
3.基本合意書の締結
共同でフィジビリティースタディを行い、策定された事業計画の目標数値や、JVの基本的な枠組みについて同意が得られたら、基本合意書を締結するケースがあります。
この合意書には、JVの目的、目指すべきビジョン、事業の範囲など、JVの骨子に関する基本的な合意内容が盛り込まれるのが一般的です。
このフェーズまでは、将来への期待や希望に基づいて、双方の当事者間で「夢を語る」フェーズと捉えることもできます。
4.デューデリジェンスの実施
基本合意書の締結を終えると、ここからは「現実を見る」フェーズに入るといってもいいかもしれません。
パートナーに求める機能や能力を本当にパートナーが保有しているのか、隠れた問題やリスクはないかを、デューデリジェンスを通じて洗い出します。デューデリジェンスにおいては、パートナーの事業、機能、財務、税務、法務、企業文化まで、多角的な側面から必要と思われる調査を行います。
このプロセスでJVが頓挫するケースもないではありませんが、M&Aなどに比べて「ローリスク・ローリターン」なディールであるJVにおいては、よほどクリティカルな問題でなければ、コストを投下すれば解決する問題も多いものです。何らかの問題が発覚したものの、「現時点では足りない機能は、コストと時間をかけてブラッシュアップしていきましょう」という方向性でまとまることも少なくありません。
5.JV契約書の締結
デューデリジェンスの結果やその後の交渉を踏まえ、最終的なJV契約書を締結します。
契約交渉過程においては、デューデリジェンスの結果を検討し、より自社、およびJV事業をプロテクトすることができる規定を盛り込んでいきます。例えば、事業計画の蓋然性に疑義が生じるという事象がデューデリジェンスで明らかとなった場合に、特にワーストケースの想定を契約書に盛り込むのは、非常に有効な手段となり得ます。さらに、組成以後のガバナンスの視点、または牽制機能を持たせるため、JV組成後の日系企業側による監査権などについても、必ず盛り込んでおくべきでしょう。
契約交渉時には、よく、「そこまで細かい規定を盛り込む必要はないでしょう」というようなことを言われますが、それはJV事業を成功に導く上でマイナスとなり得るということを認識すべきです。また、「何かの事象に発展した場合は真摯に話し合いを行う」などの条項に逃げる場合もありますが、これは最後の手段と捉え、できるだけ交渉を行った上で合意できる範囲は合意を取り付けるべきです。何かが起こった際には、システマチックに対応できる状況を作り出せるよう、契約交渉を粘り強く行うことが望ましいと考えられます。
6.定款の作成と設立登記
JV契約書の締結後、定款を作成します。インドの会社法においては、定款は基本定款と、JV契約の内容が盛り込まれる附属定款の2つで構成され、附属定款は「Articles of Association(AoA)」と呼ばれます。
定款を作成し、必要書類を揃えたら、管轄当局に対して会社の設立登記を行います。これにより、JVが法的に成立し、事業を開始するためのスタートラインに立てることになります。
JVでインドに進出する際のポイント

JVは、インド進出の成功確率を高める有効な手段ですが、その運営には特有の難しさがあります。
ここでは、JV組成後に発生しやすいトラブルを回避し、事業を軌道に乗せるための重要なポイントを紹介します。
信頼できるパートナーを選定する
インド人ビジネスパーソンは、往々にして、初期段階では「これもできる、あれもできる」と非常にポジティブに話す傾向があります。しかし、実際に事業が始まってみると、その言葉通りの機能や能力を持っていないというケースも少なくありません。
そのため、JV契約を結ぶ前には、自社でできるチェックを入念に行うのが望ましいと考えられます。具体的には、営業機能、製造機能、物流機能など、それぞれの機能が自社の求める水準や、やりたいレベルを満たしているかを、現場レベルでしっかりチェックしなければなりません。
また、社風・企業文化が合うかという点も非常に重要です。共に一つの企業を運営していく上において、企業文化の不一致は重大なトラブルの原因となりかねません。
過去には、日系自動車製造業と、インド財閥系投資会社とのJVにおいて、短期的な利益の確保を主張するインド側と、事業や製造の安定には時間をかけたい日本側の主張が真っ向からぶつかり、意思決定が低速化したような例もあります。
その他にも、一度立てた計画は順守することが当たり前と考える日系企業と、計画を反故にすることを苦にしないインド企業など、価値観の面でのギャップは少なくないでしょう。
様々な調査や、そのコミュニケーションを行う過程で、その能力と文化の両面で信頼できるパートナーを選ぶことが成功の鍵となります。
意思決定のスピード感を保つ
JVは、日系企業と現地企業の二つの組織の意思が並存することになるため、前述の通り、重大な経営判断といった意思決定に時間がかかるのは、ある程度仕方ない面があります。意思決定においては、双方のメンバーでの議論や本国への承認が必要となり、市場の変化に対する迅速な対応が遅れるリスクを常に抱えることになります。
この問題を少しでも軽減し、意思決定をスピーディーにするためには、JV契約の段階で、双方の役割と権限を明確に分担することが重要です。
日々のオペレーションや特定の金額以下の投資など、互いの領分について信頼し合い、相手に決定権を委譲する仕組みを構築することで、経営の停滞を防ぐことができるでしょう。
JV組成後の管理体制を構築する
日系企業の海外進出においては、現地での経営実態や財務状況などが見えづらく、現地の状況がブラックボックス化しやすいという課題がつきまといます。もともと他者であるパートナーが深く関与するJVにおいては、なおさらガバナンスや管理が行き届きにくくなるリスクが高まります。
管理を行き届かせ、不正や不適切な経営を防ぐためには、事前に情報通知や、監査権を保有できるような条項を、契約書に盛り込んでおくことは、前述の通りです。
それ以外でも、日系企業側が指名した会計士や監査人によって、JV企業の財務諸表や内部統制状況をチェックできるようにしておくことで、事業の透明性を確保することができます。
JVによるインド進出の好事例

ここでは、AGSグループが支援した、日系企業のJVによるインド進出の事例をご紹介します。
日系中小製造業のJV組成事例
| 項目 | 日本側企業 | インド側企業 |
|---|---|---|
| 業種 | 自動車部品製造業 | 製造業(ローカル財閥系、本JVの他様々な日系企業とのJV実績あり) |
| 従業員数 | 350名程度 | 4,500名程度(連結) |
| 日本側企業の不足リソース | ・ローカル企業(特にマルチ)への販売網 ・インドで製造を行うためのアセット(土地) | |
かねてより、インド進出を取引先からも要請されていた日系企業は、その不足リソースとして、製造拠点のアセット(土地)を探していました。そんな折に、財閥系のローカル企業から共同事業の提案を持ち掛けられ、本格的な検討に発展しました。
土地を自社で探すのは苦労を伴った中、ローカルパートナーのリソースを活用することで、比較的安価に土地を手に入れることができ、販売網として売上を構築できました。インド側も、日本の該当する自動車部品に係る製造・販売権を確保することができ、Win-Win関係を構築することとなりました。
このケースは、お互いの不足リソースをうまく補完し合った好事例です。現地日系企業に対する販売網は日本側のリソースであるため、日系企業に対する製造・販売は日系マジョリティのJV、ローカル企業に対する製造・販売は、現地ローカルマジョリティの会社として、2社を設立することで利益分配面でも交渉がまとまりました。当該JV2社は、現在もインドで事業を継続しています。
日系上場IT業のオフショアJV組成事例
| 項目 | 日本側企業 | インド側企業 |
|---|---|---|
| 業種 | ITソリューション提供 | 日本と同業 |
| 従業員数 | 200名程度 | 700名程度 |
| 日本側企業の不足リソース | ・採用、教育、インド人材定着、管理のノウハウ | |
日本および世界的なIT人材の不足により、業績拡大困難となる中で、インド南部でのオフショア拠点の設立を模索した事例です。
日本側企業は、既にアウトソースでインドに一部業務を委託しており、インドIT人材の管理ノウハウがないと思慮していた折に、インドローカル企業の事業を一部カーブアウトで切り出すオフショア事業組成の提案を持ち掛けられ、検討に発展しました。日本側としては、事業拡大に資する攻撃的な採用目標に対し、インドIT人材を確保することができ、日本よりも安価なリソースで業務拡大を行うことができました。インド側も、JVでアメリカへの営業を行うことを志向したため、営業面でも、Win-Win関係を構築できています。
本事例は、既に関係があった両当事者が、その状況の中で歩みを深めた好事例です。インドの豊富なIT人材を活用するビジネスモデルはGCC(Global Capability Center)と呼ばれ、欧米企業などからは既に多くの投資が入っています。インドのIT技術者の排出数は世界でも有数なため、インド南部のTier1都市であるバンガロール等では、主要な産業として発展しています。
まとめ

インド市場への進出は、巨大な成長性と人口ボーナスという魅力的な要素を持つ一方で、独自の商慣習や流通網、労務管理など、多くの障壁が存在します。
ジョイントベンチャー(JV)は、現地パートナーの持つ販路、人脈、ノウハウといったリソースを戦略的に活用することで、これらの障壁を乗り越え、進出にかかる時間やコスト、リスクを低減できる極めて有効な手段です。
JVを成功に導くためには、初期段階でのデューデリジェンス等の調査により、現地パートナーの能力と信頼性を確認することが不可欠です。また、契約時には、JV領域、競業避止、利益分配構造、事業計画上での様々なケースに対応したオプション設計を含むパワーバランスの規定等、さらに組成後のガバナンスを確保する仕組みを明確に盛り込み、実際の実務として構築・運用することが望まれます。
AGSコンサルティングは、JV設立の初期検討からデューデリジェンス、各種交渉支援まで、トータルでサポートいたします。JVによるインド進出をご検討の際は、お気軽にお問い合わせください。
