数世代にわたる歴史が紡ぐ覚悟。老舗商社が進める変革への航海【株式会社ワイ・ヨット】

1949年の創業以来、主に百貨店向けにキッチン・ダイニング用品を卸す商社として長い歴史を刻んできた株式会社ワイ・ヨット。その6代目として、2020年に代表取締役に就任したのが、寺田佐和子氏だ。コロナ禍を経て、消費者のライフスタイルが激変する中で、キッチン・ダイニング分野のリーディングカンパニーとして、同社はどのようなビジョンを描くのか。リブランディングと変革への思いを、AGSグループの廣渡嘉秀が伺った。

株式会社ワイ・ヨット 代表取締役社長 寺田 佐和子様

※この記事は2025年9月26日の取材を基に作成したものです。

キッチンウェアを百貨店に卸す最後の1社

廣渡 本日はよろしくお願いします。冒頭から自分のプライベートの話で恐縮なんですが、うちの妻が料理好きで、東京ドームで開催されているテーブルウェアのイベントに、毎年連れて行かれるんですよ。

寺田 素敵なご趣味をお持ちですね。

廣渡 そこで「せいろ」を買ったら、それが高くて・・・1つ5万円しました。

寺田 ああ、それは、秋田の「曲げわっぱ」ですね。

廣渡 そう、曲げわっぱ。すごく良いものです。

寺田 いやぁ、奥様がうらやましい。ただ、廣渡さんは東京ドームでお買い上げされたとのことですが、そこを百貨店で探していただければ最高なんですけど(笑)。

廣渡 ワイ・ヨットさんは、百貨店が主戦場ですからね(笑)。

寺田 そうですね。実は、同業他社様が今年の7月に廃業されて、百貨店で展開しているキッチンウェアの業者が、とうとう当社だけになってしまったんですよ。

廣渡 そうなんですか。

寺田 はい。長きにわたり百貨店様への卸を中心に商売してきましたが、近年、同業者さんが事業を畳まれ、代わりに弊社が卸をさせていただくというケースが増えました。百貨店様のキッチン・ダイニングウェア売り場は、メーカーさんが直接百貨店にお店を出されるケース以外は、ほぼ弊社が商品をいれさせていただいています。高島屋様、阪急阪神様、三越伊勢丹様、大丸松坂屋様、東武様、京成様など、大変お世話になっております。

廣渡 有名な百貨店はほとんど関わっていますね。すごいな。

寺田 ただ、百貨店業界自体が以前よりコンパクトになっておりますし、必然的に弊社もその流れに対応している状況です。

廣渡 百貨店は、どこも苦しい状況ですよね。AGSのクライアントの百貨店にお話を伺っても、やはり激戦だと聞きます。業界自体が、長きにわたって拡大戦略を取ってきたところを、いったん整理するというタイミングなんでしょう。

寺田 そうなんですよ。そのタイミングで、卸を挟まずSC(ショッピングセンター)化してテナントを入れたり、リーズナブルなインテリア用品の大手チェーン様を呼び込んだりするケースも多い。そういう大手チェーン様はだいたいキッチンウェアも取り扱っているので、弊社にとっては、なかなか大変です。そういうケースを乗り越えながら、今来ている状況ですね。

生い立ちと、家業へとつながったキャリアパス

廣渡 寺田さんの学生時代とか就職とか、家族関係を伺ってもいいですか。

寺田 ワイ・ヨットは70年以上にわたってキッチン・ダイニング用品の卸を営んでおり、私も幼少期は会社倉庫の上の階に住んでいました。常に会社のことが話題に上がる環境でしたので、商売を非常に身近に感じながら育ちました。

廣渡 幼少期から、将来の後継者候補として育てられたんですか。

寺田 そういうわけではなかったのですが、三姉妹の長女ということもあり、物心ついた頃から会社を手伝うのは私、という責任のようなものを感じていましたね。

廣渡 なるほど。寺田さんとしては、「将来的には何らかのかたちで家業に関わらないといけないんだろう」という自覚を持たれていたんですね。

寺田 そんな中、就職活動をそろそろしようかという大学3年のときに、阪神大震災がありました。それもあって、就職活動がなかなかスムーズにはいかないという状況だったんですけど、「なんとなく百貨店業界に関係する仕事がいいのかな」という意識があり、最終的に、百貨店にブランドを展開する大手アパレル企業のオンワード樫山に、営業職で就職しました。

廣渡 1996年入社ということは、就職氷河期世代ですか。

寺田 はい、数十社と採用試験を受けた中で、何とか第一希望に入ることができました。また、就職先は百貨店業界に決めながらも、自分の中で「もし会社を手伝うとしたら、会計ができるといいかも」と考えて、就職活動が終わったタイミングで、簿記の資格を取得しました。

廣渡 それが結果として、後々のキャリアに活きてくるんですね。そのアパレル業界からワイ・ヨットに移られたのは、約2年後ですか。

寺田 やりがいもあり、非常に充実していたのですが、そのころ母が病気になり、父や叔父から「会社を手伝ってほしい」との誘いを受け、入社することになりました。

廣渡 最初から管理系として入られたんですか?

寺田 「営業で入ることは難しい」と言われ、じゃあ何ができるか、となった際に、ワイ・ヨットでは輸入事業もやっているので「貿易ができるといい」ということになりました。そこで、英語を勉強して、貿易担当として働き始めました。経営者の娘だからといって特別な扱いをされることもなく、当時の女性事務員と同様制服を着て、お茶くみや灰皿の交換をして、という毎日でしたね。その中で、貿易の経験を積んでから、経理に移りました。

廣渡 ああ、そこから経理に行ったんですね。

寺田 はい、そこから20年以上、ずっと経理畑を歩んできました。

管理側から見つめ続けた、ワイ・ヨットという組織

廣渡 20年以上ですか。それはもう、数字に相当強いのもうなずけます。

寺田 そうですね。ただ数字だけ扱っていたわけではなく、会社の財務システムを更改したりとか、ERPを変えたりとか、そういったシステム導入のプロジェクトでは、プロジェクトマネージャーもしていました。

廣渡 そのようなキャリアを歩んでこられたのなら、業務の細かいところまで分かりますよね。現場の苦労とかも。

寺田 もう、決算期の8月終わりから10月までが苦痛でしょうがなくて(笑)。土日を返上しないと終わらない。

廣渡 昔は大変でしたからね。

寺田 今みたいにExcelも使っていないですし、ほぼ手書きでしたから。

廣渡 そうそう。決算が終わってからも、2ヵ月くらいは経理、財務の人は大変なことが多くて・・・。言ってしまえば、ブラックな時代でした。

寺田 ただ手間がかかるだけでなく、当時は、会計的にこれでいいのか、と疑問をもったり考えたりしながら働いていました。その当時の経験が、今につながっていると思います。

廣渡 そういう経験も、管理側の立場に立ったことのない人には、分からないですから。管理側だからこそ「ダメなことはダメ」と言える。これが営業畑の人間だと「別にいいんじゃない?」って言うかもしれない(笑)。

寺田 弊社は、長きにわたって営業文化の強い会社だったのですが、管理面の整備を少しずつ実行して、いまはかなり改善していると思います。時間をかけてコツコツ進めてきました。

自ら奔走しながら、子育て支援の仕組みを整備

廣渡 正社員としてフルタイムで働きながら、寺田さんは子育てもされてきたんですよね。お子さんは何人いらっしゃるんですか。

寺田 2人です。

廣渡 聞くまでもないかもしれませんが、育児と仕事の両立は大変でしたか。

寺田 当時は子育て支援や育児休業の制度がまったく整備されていませんでした。私自身が「育児休業ってどういうものなのか」と調べるところから始まり、制度を作りながら、いわゆる待機児童問題が一番ピークだった時代に保活に奔走して・・・。必死で保育園を探して、学童保育も利用して家庭と仕事を両立させて、小学校を卒業したころに、ようやく一息ついたという感じでした。そういう経験があるので、今、出産や育児をされながら働く方を、心から応援したいです。

廣渡 昔と比べると、産休や育休の取得を巡る社会や企業の姿勢が大きく変わりましたよね。今は「ちゃんとやりましょう、男性も育児休暇を取りましょう、大変なんだから会社は応援しましょう」ですから。

寺田 本当に良い時代になりました! 絶対に、男性も女性も産休と育休を取るべきですよ。

社名を出すことに誇りを持てる会社に

廣渡 寺田さんにとってのターニングポイントは、やはり2020年に社長に就任したタイミングでしょうか。

寺田 そのようなマインドで仕事を続けておりませんでしたので、打診を受けたときは相当ためらいましたし、悩みました。しかしながら周囲と話をするうちに、「私が一人でがんばらなくても、頼りになる役員たちもいるし、みんなが支えてくれる」というマインドに変わりました。やはり「創業家の寺田家」という存在が、会社に関わる皆にとってとても大事ということを、あらためて認識できたからだと思います。

廣渡 とはいえ、経営のかじ取りをするというのは大変なことです。

寺田 帝王学を学んできたわけでもないですしね。最初から経営者になると分かっていれば、別に進むべき進路なりキャリアがあったと思う面はあります。ただ、ワイ・ヨットで20年以上働いてきた経験は決して無駄にはならないという、自信みたいなものはありました。営業力はないかもしれませんが、会社のことは誰より自分が一番よく知っていますから。

廣渡 最初に寺田さんにお会いしたのは2022年でしたが、その時の印象と比べると、今は俄然「ご自身の流れになり始めたんだな」という印象があります。この約3年間、本当に様々なことを考えて社長をやられてきたんだな、と感じます。

寺田 そういっていただけると嬉しいですね。最初に廣渡さんとお会いしたころは、社長にはなったけど、いろいろやりたいことがなかなか実現できていない状況だったと思います。今は、それが徐々にですが、やりきれるようになりました。ヒトも育ってきました。そこが、前回お会いした時と今で一番違うかな。やりたいことが、だんだん形になってきて、今は進むべき道が見えています。

廣渡 社長になられた当時と今で、ワイ・ヨットが変わったところは、どこでしょうか。

寺田 業歴が長い会社、男所帯の会社というところもあって、マインドがどうしても営業畑というか、昭和なところが強かったんですが、そこが変わってきたと思います。

廣渡 その口ぶりから察するに、元々は相当勢いのある「営業の会社」だったんですね。

寺田 本当にそうでしたよ。もっとも、その営業力のおかげで、成長し、生き残ってこられたというところもあります。それは、当社を支えてきてくれた皆の営業力が凄まじかったから、というのは間違いありません。

廣渡 「営業のワイ・ヨット」だったわけですね。

寺田 私自身は全然違うタイプなので、少しずつそこが中和されてきたかな。それでも良いとこはちゃんと残す、ということは忘れずにいたいと思っています。

廣渡 2022年に、リブランディングをされましたよね。それもあって、だいぶ周囲からの印象も変わったんじゃないですか。

寺田 そう思っていただければ嬉しいです。社内に根付いていた「お得意様を引き立てるのが卸の本分。ワイ・ヨットという名前を表に出して商売しない」という文化があったので、私が社長になったタイミングで、「社名を出すことに誇りを持てる会社にしよう」と宣言しました。リブランディングにあたり、創業当時のヨットのモチーフを復刻させました。

廣渡 昭和の時代は、恐れられるくらい激しくないと生き残れなかったというのはあるかもしれません。ただ、寺田社長のもとで相当変化しているのを感じますよ。その変化は、素晴らしいことだと思います。

寺田 今、従業員の皆さんがワイ・ヨットっていう社名に自負を持ってくれるようになっているとしたら、一番嬉しいですね。

AGSは税務・会計からシステム構築もお手伝い

廣渡 AGSとワイ・ヨットさんのご縁は、2020年、金融機関からの紹介で始まったんですよね。

寺田 そうですね。AGSさんには、お世話になり始めて以来、ずっと当社に対して真摯に向き合っていただいて、本当にありがたいと思っています。日本や海外に多くの拠点を持たれていて、いろんなケーススタディをお持ちなので、弊社の悩み事に対して、その都度その都度豊富なケーススタディに基づくアドバイスをいただけるというのが、非常に安心できますね。

廣渡 全国展開を強みにして、組織立ってやる、というのはAGSグループが方針として持っているところなので、嬉しいです。ちょうど昨日も、各拠点のマネージャー以上を集めて研修をやってたんですよ。

寺田 そうなんですか。

廣渡 それぞれの拠点が、自分のところのケーススタディを持ち寄って、ベストプラクティスとか、最近のトピックとかを発表し合うんですが、そこで「どういう失敗をしているか」も全部話すんですよ。みんなで話してみると、やっぱり同じようなヒヤリハットがいろんなところで起きている。その中で、一番うまく対応したケースをみんなで共有して、真似するんです。

寺田 多くの拠点を持たれているからこそ、ですよね。

廣渡 AGSって、今は約800人のメンバーがいるんですけど、全員が専門家としてのプロ意識が非常に高いんですよ。みんながみんな『この分野なら負けない』という強い自負を持っている(笑)。元々それぐらい気概のあるメンバーが、連携して、徹底して組織立ってやる。それこそがAGSの強みだと思っています。

寺田 ワイ・ヨットはビジネスポートフォリオが結構特殊ということもあり、なかなか他社に倣うというのが難しい部分もあるんですが、会計処理も含めて、そういった深い部分までご相談に乗っていただけるのは、とても助かります。

廣渡 今だと、税務や会計だけでなく、システム構築のお手伝いもさせていただいていますね。

寺田 そこも、私たちの課題でして・・・。前回の、2019年のシステム更改が、本当に大変だったんですよ。

廣渡 新システムの導入は、うまくいかない時は本当にうまくいかないんですよ。それが深刻化するとストレスが溜まってきて、「なんでこれができないんだ」「これじゃ使えないだろ」と、どなったりどなられたり・・・。

寺田 同じ経験は二度としたくないという思いなので、今回はAGSに支援していただけて、安心しています。今回のシステムだけでなく、変えていきたいところはまだまだありますし、これからもよろしくお願いします。

今進んでいるこの道を、この先も進む

廣渡 今後の展望はいかがですか。

寺田 コロナ禍のさなかに社長になってから5年、当社がやるべき領域というのがより明確になりました。弊社がそもそも百貨店の卸出身なので、百貨店の商品を素敵な商品だと思っていただけるお客様に、良いものを提供するという理念は、いつも共有してきました。それが今は、より明確になっています。

廣渡 うん、そこは明確なほうが絶対いいですよね。

寺田 私としても、今進んでいるこの道でいいんだ、というのを実感できるようになった5年でした。今後の方針は、いわゆる中・高価格帯のキッチンウェアの市場をしっかり取りに行くことですね。ワイ・ヨットが、キッチン・ダイニング分野において安心・安全のブランドだという点を、世間に広めるというところに、まさしくこれから取りかかっていくところです。

廣渡 寺田さんがワイ・ヨットで20年以上積み上げてきたものがあって、それが社長に就任なさってからの5年間で変革の成果として、実を結んでいることが分かりました。すごく良いお話が聞けました。本日はどうも、ありがとうございました。

寺田 ありがとうございました。

【株式会社ワイ・ヨットのご紹介】
1949年の設立以来、キッチン・ダイニング用品を中心に、百貨店・専門店・通販業者向けの商品を取り扱う商社として成長。創業からの「ホールセール事業」に加えて、国内外のメーカーとの商品共同開発などを行う「商品開発事業」、選べるカタログ制作・販売を始めとした「ギフト事業」、キッチン用品専門店を運営する「小売事業」、「物流事業」など、キッチン・ダイニングをベースにライフスタイルに関する幅広い提案を行う。2024年からは、企業が福利厚生として利用できる社員販売専門サービス「社販プレミアム」をスタートするなど、新しいビジネスへの挑戦も行っている。
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  • 寺田 佐和子

    株式会社ワイ・ヨット 代表取締役社長

    寺田 佐和子

    てらださわこ

    1973年、大阪府生まれ。1996年神戸商科大学(現兵庫県立大学)商経学部卒。オンワード樫山を経て、ワイ・ヨット入社。 2014年に取締役管理本部長、2020年8月から代表取締役社長。
  • インタビュアー
    廣渡 嘉秀

    株式会社AGSコンサルティング 代表取締役社長

    廣渡 嘉秀

    ひろわたりよしひで

    1967年、福岡県生まれ。90年に早稲田大学商学部を卒業後、センチュリー監査法人(現 新日本監査法人)入所。国際部(KPMG)に所属し、主に上場会社や外資系企業の監査業務に携わる。 94年、公認会計士登録するとともにAGSコンサルティングに入社。2008年より社長就任。同年のAGS税理士法人設立に伴い同法人統括代表社員も兼務し、現在に至る。