起業家と応援団、ともに歩む宇宙産業拡大への道【株式会社ispace × インキュベイトファンド株式会社】

月輸送サービスなどを手掛けるispaceは、2023年4月に宇宙系スタートアップとして日本で初めて東京証券取引所グロース市場への上場を果たした。ispaceの創業期から投資を重ねてきたのがベンチャーキャピタル(VC)のインキュベイトファンドだ。投資の経緯や今後の事業展望などについて、AGSグループ代表の廣渡嘉秀が話を伺った。

株式会社ispace 代表取締役CEO & Founder 袴田武史様
インキュベイトファンド株式会社 代表パートナー 赤浦徹様

ispaceの設立

廣渡 赤浦さんと袴田さんとの出会いや意気投合した部分に大変興味があり、苦労話も交えながらお伺いできればと思います。まずはispaceの設立から。

袴田 合同会社を登記したのは2010年です。Google Lunar X PRIZEという月面探査をゴールとした国際的なレースに日本チームとして参加したのがきっかけでした。

廣渡 最初からスタートアップを立ち上げたかったわけでもなかったとか。

袴田 そうですね、活動を続けていくためには、まずは立ち上げてみないと可能性も広がらないと思いました。当時は週3日、所属していた企業で働き、残りはこちらの仕事をする生活が2年ほど続きましたね。

廣渡 二足の草鞋を履き続けるのですから、大変な苦労をなさったでしょう。

袴田 ローバー技術の目処は立っておりましたが、資金調達がなかなか進まなかったんです。いろいろな事情が重なったこともありますが、やはり退路を断って頑張ろうと、完全に会社を辞めて全力で取り組むことにしました。

2時間足らずの対話で出資を決断

廣渡 袴田さんと赤浦さんはどのように出会われたのですか。

赤浦 2014年5月に、あるVCの方を通じて出会いました。その方が持っていたリストに「ispace」の名前があって、「赤浦さんがやりたがっていることを本当にやっているのはこの人なんですよ」とおっしゃる。

廣渡 赤浦さんが「以前からやりたかったこと」とは何だったんですか?

赤浦 清涼飲料水を月に運ぶというプロジェクトに携わっていた知人が、企業にスポンサーについてもらえたという話を耳にしており、当時、それでお金がもらえるのだと(笑)。

廣渡 ビビっときてしまった(笑)。

赤浦 私がVCから独立した1999年頃のインターネットが盛り上がっていた時期の、やったもの勝ちの時代と同じように感じたんです。そこで、そのプロジェクトに関わっている知人に出資をしたいと持ち掛けたのですが、資金調達をして本格的に事業を始めるという段階ではありませんでした。

廣渡 そこで先ほどのVCの方との話に繋がるんですね。

赤浦 はい。「それならispaceの袴田さんだよ」と言われ、ご紹介いただいた。袴田さんからは開口一番、子どもの頃から宇宙船を作ることを夢見てきたという自己紹介を受け、Googleのレースに出ている話などを聞きました。2時間ほど話したでしょうか。

袴田 トータル2時間もなかったと思います(笑)。まさか初めてのミーティングで出資させてくださいと言われるとは思わず、驚きました。

赤浦 3億円コミットしたんですよ。最終的に2億3,000万円まで減額されましたが(笑)。出資のための条件は2014年中には決まったものの、当時はファンドがなくて、袴田さんに「これからファンドをつくる」と伝え、10月に実現しました。

廣渡 新聞記事で活動を知り、袴田さんに「寄付」を申し出る方もいらっしゃったそうですが、普通なら考えられないような話ですよね。

赤浦 袴田さんの話に引き込まれてしまうんですよね。私も宇宙に興味があるので、様々な疑問をぶつけるんですけど、袴田さんは分かりやすく一つ一つ丁寧に教えてくれる。

廣渡 袴田さんのキャラクターが決め手となって、出資が決まっていった。米国法人への出資でしたね。

袴田 日本では元々、合同会社として立ち上げてから株式会社化したのですが、宇宙産業はアメリカがメインの市場なので、アメリカで事業を行う必要があると考えていました。アメリカに法人を設立して親会社とすることも検討していて、ちょうど赤浦さんの出資の話と時期が重なったこともあり、相談して進めました。

「じゃあ宇宙船を作ろうよ」と100億円を調達

袴田 それから、月に物資を輸送するビジネスを進めていき、実際にプロジェクトが進んでいたのですが、のせてもらうことになっていた月着陸船の開発が遅れることになります。

赤浦 そこで、袴田さんと当時のCOOと私の3人で西麻布のカフェで話をしたときに、「じゃあ宇宙船を作ろうよ」と伝えました。

袴田 1回月に行くのにいくらかかるか聞かれ、「50億円ですね」と。

赤浦 そこで、1回だと、もし失敗してしまうとそれで終わってしまうので、2回分の100億円が必要だ、集めようということになりました。

廣渡 ものすごいスケールの話ですね(笑)。

袴田 私は以前から、将来宇宙船を作りたいと言っていたのですが、当時は赤浦さんにポカンとされてしまって(笑)。

赤浦 まさにターニングポイントです。この決断は大変なものだと思い、そのままカフェで記念撮影しました(笑)。実際に100億円を集めるのに、そこから2年以上の月日がかかりましたが。

袴田 数字はもちろん頭では分かるんですけど、リアリティがなかったですね。でも、赤浦さんが言っているからいけるのかなと思ってしまいました。投資してもらうなら日本に本社を置く方がいいということで、日本を本社にしました。

赤浦 そこから出資者を集める努力が続きました。なかなかハードルは高かったのですが、みんな、袴田さんに会って話を聞いていると一緒にやりたくなってしまうんです。最初は雰囲気で話を聞いていても、一点の曇りもなく、実直に淡々と話すのを聴いているうちに、吸い込まれてしまう。袴田さんの話は聴いていると「できるかもしれない」という気持ちになってきて、応援をし始めたらこちらも楽しくなっていきました。

廣渡 ただ、資金調達自体は必ずしもすんなりいっていない印象でした。

袴田 確かにその2年間、色々とありましたが、赤浦さんが地道に投資家を回ってくださいました。

廣渡 赤浦さんは応援し始めたら、ずっと応援し続けますよね。

赤浦 楽しかったですね。まだ途中ですけど(笑)。100億円って、当時世界の宇宙スタートアップ業界のシリーズAとしては最高金額だったんです。それを日本のいちスタートアップが集めたので、このチャレンジが終わった後は皆で祝杯を挙げました。袴田さんがいなかったら、そんなことをしようとも思わなかったですから。

廣渡 突っ込んで取り組んでもうまくいかないことってよくあるけど、本当にやれたという実感を持てることって少ないですよね。

赤浦 ispaceのチームは多国籍で、エンジニア同士がケンカのように熱く議論する時もあるのですが、袴田さんが一人ひとりに向き合って話すと、「袴田がそういうなら分かったよ」と皆一つにまとまってしまう。あれだけの人たちを一つにするのは、本当に大変なことです。

月面着陸に失敗も、「常に前を見ている」

廣渡 袴田さんはこれまで、辛かったことや辞めたくなった時期ってありましたか?

袴田 逃げたいと思うほど辛いことはまだ経験していないと思います。鈍感すぎて気付いていないだけかもしれませんが(笑)。

赤浦 私とCFOが本当に困ってどうしようかと思っている時も、袴田さんはいつもと変わらない様子でしたね。

袴田 頭では理解しているつもりではありますが、自分の感情としては、自分が自信を失っちゃったら終わりだと思っているので、常に前を見ています。

赤浦 一番すごいと思ったのは、2023年4月26日に挑戦した月面着陸のミッション1、当日のことです。様々なリスクもありましたが、全て順調に進み、実は完全に成功したと思っていました。袴田さんは僕以上に全部わかっているから、きちんと着陸できると確信していたでしょう。しかし、着陸だけきれいにできなかったのは予想だにしませんでした。世界中のメディアを呼んで注目されている中で、袴田さんは丁寧に対応して、「決して諦めない」と言い切った。

廣渡 勝利宣言しようとしていた。

袴田 着陸できていそうな瞬間はそう思いましたが、時間がたつにつれ、あれ?と思うようになりました。発射から着陸まで10段階あるうち、8段階までは成功していましたが、失敗した場合でも話すことは考えていて、言葉はスムーズに出せました。

「僕がお金を出しますから大丈夫ですよ」

廣渡 ミッション1は2023年4月26日、上場したのがその2週間前の4月12日でした。

赤浦 なるべく早く、ミッション1の前までにはというのは、僕の中で必達事項でした。意外と大変だったのは、シリーズAの後、2回分の打ち上げ資金のつもりで調達した100億円は、開発が遅れて余計に費用がかかり、残金が減っている状況でした。

廣渡 株主全体の雰囲気が厳しくなってきますね・・・。

赤浦 株主には「僕が30億出しますから大丈夫ですよ」と言いました。実際には10億しか出しませんでしたが(笑)、シリーズBの資金調達は30億円となりました。

袴田 当時はコロナ禍で状況は厳しかったです。色々な方の助けがなければ生き延びられなかったので、本当に感謝しています。

AGSグループによるサポート

廣渡 私たちAGSのサポートはお役に立ちましたでしょうか?

赤浦 僕の立場から言えることは、事業内容を宇宙船開発にしたり、海外法人を設立し日本法人化したり、経営判断を臨機応変に行ってきましたが、管理体制構築や上場準備の途中で大きな問題が発生して対応を余儀なくされたということはありませんでした。AGSさんが幅広くサポートしてくださっていたからだと考えています。袴田さんの想いを実現しつつ、上場にも対応できる形で管理体制を構築してくださいました。

廣渡 ありがとうございます。ispaceの皆さんは非常に優秀でピュアで、こちらも協力したいと思う部分が多かったです。応援者がどんどん巻き込まれて、いくところまでいってしまう。25年来IPOに関わっていても、今回のケースはなかなか見たことがない快挙だと思います。関われただけでぐっときます。

袴田 AGSさんをはじめ、多くの方々に支援いただける形を作れたのがよかったです。優秀なメンバーは集めているのですが、規模が小さいためにできることも限られていたので、AGSさんのサポートによって適切に運営できていると思います。会社が小さな頃からきめ細やかなサポートをしていただいて、ここまで成長することができたと思っています。

宇宙事業の商用化を目指す

廣渡 上場して、ミッションも続いていますが、今後のことについて教えてください。

袴田 上場は入口だと思っています。上場を早くした方が良いと考えたのは、資金調達につなげたかったということが大きいです。日本のVCだけでは資金が不足するリスクがあるため、キャピタルマーケットにアクセスして、より大きな資金を獲得することが重要でした。まだまだ、事業として伸ばせるマーケットは大きいと考えています。

廣渡 商用という形で収益を得られる日は来るのでしょうか。

袴田 我々のビジョンとしては、商用化を目指したいし、そういう世界は必ず来ると思います。ただ今は、民間企業が自己投資で一気に産業を立ち上げるのは難しいですね。そこにいくまでには、政府が担っていく部分が大きい。

廣渡 今後、政府も資金協力の在り方を変えていく必要がありますね。

袴田 アメリカはもう変わってきています。これまでは、政府機関が作りたいと決めたものをアウトソースするしかなかった。その場合はR&Dになり、技術開発という形になりますが、今のアメリカでは、NASAが欲するサービスを提供できれば、継続的に買う。それが、スペースXが成功した理由です。NASAがロケットを開発するのではなく、スペースXがその技術を開発して政府が定期的に購入する契約を結んでおり、売上にもなるという大きな転換点を迎えています。日本もそのような方向に進んでいくと思います。

廣渡 ispaceの圧倒的な魅力は、やる気の強さと誠実さ、人を巻き込めるところですね。

袴田 周りを巻き込んで大きな潮流を作っていくところは、我々の特徴だと考えていて、会社の行動指針の一つでもあります。自分のチームや社内だけではなく、外部の人とも協力し合い、様々な人を巻き込んでいくことで、企業も成長していくと考えていますし、また、自分自身も退路を断ってやり遂げる姿勢を見せられているのは大きいかなと思います。まだまだやるべきことがたくさんあります。

廣渡 絶対に大丈夫です。ずっと頑張り続けてもらいたいです。

※この記事は2024年5月21日の取材を基に作成したものです。

【株式会社ispaceのご紹介】
「Expand our planet. Expand our future. ~人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界へ ~」をビジョンに掲げ、月面資源開発に取り組んでいる宇宙スタートアップ企業。日本、ルクセンブルク、アメリカの3拠点で活動し、現在約300名のスタッフが在籍。2010年に設立し、 Google Lunar X PRIZE レースの最終選考に残った5チームのうちの1チームである「HAKUTO」を運営した。月への高頻度かつ低コストの輸送サービスを提供することを目的とした小型のランダー(月着陸船)と、月探査用のローバー(月面探査車)を開発。民間企業が月でビジネスを行うためのゲートウェイとなることを目指し、月市場への参入をサポートするための月デー タビジネスコンセプトの立ち上げも行う。2022年12月11日にはSpaceXのFalcon9を使用し、同社初となるミッション1のランダーの打ち上げを完了。続く2024年冬*にミッション2の打ち上げを、2026年*にミッション3、2027年*にミッション6の打ち上げを行う予定。 ミッション1の目的は、ランダーの設計および技術の検証と、月面輸送サービスと月面データサービスの提供という事業モデルの検証および強化であり、ミッション1マイルストーンの10段階の内Success8まで成功を収めることができ、Success9中においても、着陸シーケンス中のデータも含め月面着陸ミッションを実現する上での貴重なデータやノウハウなどを獲得することに成功。ミッション1で得られたデータやノウハウは、後続するミッション2へフィードバ ックされる予定。更にミッション3では、より精度を高めた月面輸送サービスの提供によってNASAが行う「アルテミス計画」にも貢献する計画。
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* いずれも2024年6月時点の想定


【インキュベイトファンド株式会社のご紹介】
創業期の投資・育成に特化した国内最大級のベンチャーキャピタル。創業来総額1,408億円以上の資金を運用し、関連ファンドを通じたもの含め720社以上のスタートアップへ投資活動を行う。黒子に徹し、時に縁の下の力持ちとして時に共にスクラムを組んで、共に事業を創造していくことがインキュベイトファンドならではの起業支援で、「志ある起業家の挑戦を、愚直に支え抜く」をモットーに、起業家の良きパートナーとして新規事業の創造・スタートアップの支援に邁進している。
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  • 袴田 武史

    株式会社ispace代表取締役 CEO & Founder

    袴田 武史

    はかまだたけし

    子供の頃に観たスターウォーズに魅了され、宇宙開発を志す。ジョージア工科大学で修士号(航空宇宙工学)を取得。大学院時代は次世代航空宇宙システムの概念設計に携わる。外資系経営コンサルティングファーム勤務を経て2010年より史上初の民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加する日本チーム「HAKUTO」を率いた。同時に、運営母体の組織を株式会社ispaceに変更する。現在は史上初の民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を主導しながら月面輸送を主とした民間宇宙ビジネスを推進中。宇宙資源を利用可能にすることで、人類が宇宙に生活圏を築き、地球と月の間に持続可能なエコシステムの構築を目指し挑戦を続けている。
  • 赤浦 徹

    インキュベイトファンド株式会社代表パートナー

    赤浦 徹

    あかうらとおる

    ジャフコにて8年半投資部門に在籍し前線での投資育成業務に従事。
    1999年にベンチャーキャピタル事業を独立開業。以来一貫して創業期に特化した投資育成事業を行う。2013年7月より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事。2023年7月より特別顧問就任。
  • インタビュアー
    廣渡 嘉秀

    AGSグループ代表

    廣渡 嘉秀

    ひろわたりよしひで

    1967年、福岡県生まれ。90年に早稲田大学商学部を卒業後、センチュリー監査法人(現 新日本監査法人)入所。国際部(KPMG)に所属し、主に上場会社や外資系企業の監査業務に携わる。 94年、公認会計士登録するとともにAGSコンサルティングに入社。2008年より社長就任。同年のAGS税理士法人設立に伴い同法人統括代表社員も兼務し、現在に至る。