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シンガポール法人のM&A~財務・税務デューデリジェンスのポイント~

シンガポール法人のM&A~財務・税務デューデリジェンスのポイント~

日本企業にとってシンガポール企業は、金融インフラの充実・周辺諸国より低い法人税率・積極的な外資導入政策等により、魅力的なM&A対象となっています。本稿では、シンガポール企業に対するM&Aを検討するにあたり、財務・税務デューデリジェンス時に論点となることが多い事項について解説します。

 

※本稿は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の情報サイト「BizBuddy」寄稿記事の転載となります。

はじめに

コロナ禍の影響もあり一時減少したものの、日本企業にとってシンガポール企業は、金融インフラの充実・周辺諸国と比較して低い法人税率・積極的な外資導入政策等により、依然として魅力的なM&A(企業の合併・買収)対象となっています。一般的にM&Aでは、買い手企業が対象企業に対し、財務的・法務的事項など、さまざまな角度から調査・評価を行ってリスクを把握し、M&A取引実施に関わる問題点や留意点を検証します。デューデリジェンス(Due Diligence:以下「DD」)とは、投資を行う際に、投資先の価値やリスクなどを適正に把握するために行われる調査を指します。

 

本稿では、このうち財務・税務に関するDDについて、シンガポール企業を買収対象企業としてM&Aを実施する際に実務上論点となることが多い事項を解説します。

 

財務

日本では会社法上の大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上の会社)や上場会社等、一部の会社にのみ法定監査が義務付けられています。一方、シンガポールでは一定の要件を満たす小規模会社や休眠会社を除いて、原則として全ての法人が監査を受ける必要があります。

 

監査を受けている場合には決算情報に一定程度の信頼性が担保されていることから、そもそも対象会社が外部監査人による会計監査を受けているか否かが、財務DDにおいて1つのポイントとなります。

 

決算体制

シンガポールでは、非上場会社における期末決算の株主総会(監査の完了)の期限が期末日後6カ月以内となっており、その期限内に決算を確定することが必要です。そのため、逆にいえば、期末日から6カ月ほど経過しなければ決算数値が確定しないことも少なくありません。また、シンガポールでは年度決算のみ法令で求められており、四半期決算は求められていません。

 

M&A後に対象会社が連結対象となる場合は、連結決算のスケジュールに合わせて買収対象会社の決算及び監査を完了できるよう、決算体制を構築していく必要があります。

 

会計基準差異

シンガポールの会計基準のほとんどは国際財務報告基準(以下IFRS)と一致しており、日本会計基準とシンガポール会計基準の差異は、基本的に日本会計基準とIFRSの差異と同様となります。

 

そのため、日本親会社が日本会計基準を採用し、買収対象会社がシンガポール会計基準またはIFRSを採用している場合には、会計基準差異が発生します。そのうち、実務上は特に(1)営業外・特別損益の区分(2)のれんの会計処理(3)リース契約の会計処理について、M&A後に検討が必要となります。

 

また、対象会社が親会社と異なる決算日を採用している場合も注意が必要です。親会社が日本会計基準を採用している場合は、子会社の決算日と連結決算日の差異が3カ月を超えなければ、子会社の正規の決算を基礎として連結決算を行うことができます。一方で、親会社がIFRSを採用している場合や、日本会計基準を採用していても3カ月超の期ズレが発生する場合には、通常決算期の変更を検討しなければなりません。

 

資産除去債務

オフィス等の不動産の賃貸借契約において、退去時の原状回復義務が定められている場合、通常資産除去債務の計上が必要となります。一方で、M&A対象となるシンガポール企業においては、資産除去債務の計上の検討ができておらず、結果として資産除去債務の計上が漏れていることも少なくありません。このような場合、原状回復に係る費用を見積もり、資産除去債務の計上について検討する必要があります。

 

有給休暇引当金

日本会計基準上は有給休暇に関する規定は存在しませんが、シンガポール会計基準では未消化の有給休暇について、有給休暇引当金の計上を検討する必要があります。本来計上が必要な有給休暇引当金の計上が漏れていることも実務上多いため、留意する必要があります。

 

税務

シンガポールの税制は日本の税制に比較して比較的シンプルに作られています。また、前述の財務の論点で触れたとおり、原則的に外部監査人による会計監査が実施され、監査法人による監査済み財務諸表に基づいて税金計算がなされます。そのため、税務DDにおいても、M&A自体に影響を及ぼすようなクリティカルな問題点が検出されることは多くありません。その中で、日系企業がシンガポール法人を対象に税務DDを実施する際に特に留意すべき点について記載します。

 

法人税の申告スケジュール

シンガポールの法人税確定申告スケジュールは日本とは大きく異なります。日本の法人税申告書の期限は原則として決算日の2カ月後ですが、シンガポールの場合は、ECI申告(Estimated Chargeable Income、法人税見積申告)の期限が決算日から3カ月、確定申告の期限が決算日の翌年11月30日と定められています。

 

そのため、12月・3月決算会社の場合、それぞれ以下の表のような申告スケジュールとなります。

法人税の申告スケジュール(12月)

 

法人税の申告スケジュール(3月)

 

表からも見て取れるように、シンガポールでは法人税の申告スケジュールに比較的長い猶予期間が設けられているといえます。そのため、税務DDの実施時点では直近の決算期の税額が確定していないことも多く、税務DDと財務DDで対象期間をずらして実施することも少なくありません。

 

課税所得の範囲

課税所得の範囲について、シンガポールと日本で大きく異なる点が以下となります。

 

①キャピタルゲイン非課税

シンガポールでは、所得の種類をCapital nature(資本性取引)とRevenue nature(収益性取引)に区分し、Revenue nature部分のみ課税されCapital nature部分は課税されません。その区分に関しては明確な線引きはなく、取引ごとに一定の要素に基づいて総合判断することとされているため、税務DDの際、対象会社の税金計算において適切に区分されているか気を付けなければいけません。

 

②源泉地所得課税

日本では、日本居住者に対しては全世界所得課税が適用され、全世界のどこで稼得した所得に対しても課税されますが、シンガポールでは原則的にシンガポール国内源泉所得にのみ課税されます(国外源泉所得に関しては、原則シンガポールへの送金時に課税)。従って、税務DDにあたっては、対象会社において国外源泉所得が発生している際にその課税の時期が適切に認識されているかを確認する必要があります。

 

税務上の欠損金の繰り越し

日本の法人税法上、税務上の欠損金は、翌年以降に発生した課税所得と相殺することが可能ですが、繰り越すことができる年数や金額に制限があります。一方、シンガポールの税法では、欠損金は原則として繰り越しの期限はなく永久に繰り越すことが可能であり、使用できる金額に制限はありません。

 

ただし、対象会社を買収することにより50%超の株主が変わる場合(株主要件)には、税務上の欠損金は原則として切り捨てられることとなります。その場合でもTax benefitを得ることを目的としたものではなく、かつ、合理的な理由があるものと認められた場合に限り、税務当局の裁量により損金の繰り越しが認められることがあります。対象会社の欠損金を繰り越せるかどうかにより、M&A後の税金負担額は大きく増減するため、欠損金が存在する場合には、繰り越しの可否について事前に検討しておく必要があります。

 

シンガポールの税金計算については、日本同様、会計上の利益をスタートとして一定の税務調整を加え(損金不算入の加算調整、益金不算入の減算調整等)課税所得を算定するという大まかな計算の流れは変わりません。しかし、上記の他にも日本とは異なる取扱いが多く存在するため、M&Aを実施する際は、現地の専門家による税務DDにより、対象会社に潜在的な税務リスクが存在しないかしっかりと確認することが重要となります。

 

その他

Quotaによるビザ数の制限

シンガポールでは、シンガポール国民の雇用を守る観点からQuota(外国人採用可能枠)が定められており、一定の種類のビザ(SP:S Pass及びWP:Work Permit)の申請時には、会社が雇用するローカル従業員の数に応じて、取得できるビザ数に制限があります。M&A後にビジネスを展開する中で思いがけない足かせとならないよう、事前に検討しておく必要があります。

 

おわりに

本稿では、シンガポール企業のM&Aを実施する際に財務・税務DD上で論点となることが多い事項を解説しました。本稿で挙げた項目はあくまで一部であり、実務上は企業ごとにさまざまな論点が存在しますが、本稿の情報が皆さまにとって有用な情報となることを願っています。

  • 大道 慎也

    監修者

    大道 慎也

    株式会社AGSコンサルティング
    国際部門シンガポール支社 ・日本国公認会計士

    2019年にEY新日本有限責任監査法人入社。同法人の大阪事務所に勤務し、主に上場企業の会計監査や内部統制監査を担当。2023年にAGSコンサルティングシンガポールに入社。日系企業の海外進出支援、M&A(財務DD/PMI)、J-SOX支援等のサービスを提供している。

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