フィリピンにおける税務調査の動向と対策

フィリピンにおける税務調査の動向と対策

本記事では、フィリピンにおける近年の徴税強化の動向を踏まえ、今後想定される税務調査リスクについて、フィリピン内国歳入庁(BIR)の典型的な追徴アプローチや、実務上よく見られる指摘事項を具体例とともに解説します。また、企業が取るべき実務対応や、今後重要性が高まると考えられる移転価格に係る税務調査の動向についても触れています。

 

※本稿は、三菱UFJ銀⾏会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」寄稿記事からの転載です。

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1. フィリピン、2025年税収目標は未達見込み――2026年に向け徴税強化・目標引き上げの可能性

フィリピン内国歳入庁(BIR)は、2025年の徴税目標を約3兆2,320億ペソに設定していましたが、最新の報道によれば、実際の税収額は約3兆1,050億ペソにとどまり、目標未達となる見通しとなっています。2025年の目標額は、前年実績を約13%上回る水準で、景気回復と税務執行の強化を前提とした野心的な設定でした。しかし、企業活動の回復の遅れや一部産業の成長鈍化などを背景に、目標達成には届かなかったとみられます。

一方、BIRは2026年について、2025年を上回る徴税目標を設定する方針を示しています。現時点では具体的な金額は公表されていないものの、BIR長官は報道の中で「徴税体制の強化を通じ、より高い水準を目指す」と言及しており、税務調査・コンプライアンス強化路線が継続する見込みです。この方針は、フィリピン財務省(DOF)が掲げる中期財政戦略とも整合しています。DOFは、2025年以降、税収を年率約10%ペースで拡大させ、2030年に総税収約7兆ペソ規模を目指すとしており、BIRには安定的な歳入確保が強く求められています。

2. 高まる税務調査リスク――税収環境の変化と企業への影響

2025年の徴税目標未達、ならびに中期的な財政健全化方針の下で、税務当局による徴税圧力は今後も継続・強化される可能性が高く、税務調査リスクが構造的に高まりつつあります。税務調査リスクが高まる背景として、特に大きく以下の2点が指摘されます。

(1)税収見込額の減少

税制改正により、法人税率の引き下げや個人所得税の累進テーブル改定が行われたほか、コロナ対策として最低法人税の免税措置や繰越欠損金の期間延長が導入されました。これらは企業活動を下支えする一方で、税務当局側から見ると恒常的な税収減少要因となっています。

(2)税務システム高度化の遅れ

税務当局は、移転価格税制の高度化、デジタル課税、電子インボイス制度などを通じて、モニタリング強化・効率的徴税を目指してきました。しかしながら、制度導入や運用面では停滞もみられ、短期的には「調査による補完」が必要な局面にあるといわれています。

こうした状況の下、BIRは、税務調査を重要な徴税手段の一つとして位置づけています。

3. 税務調査リスクの考え方

税務調査リスクは、以下の式で整理できます。

税務調査リスク = (1)発生可能性(頻度) × (2)影響度(追徴額)

(1)発生可能性

フィリピンでは、税務調査の「入口」が広く、以下のような形式的なトリガーが調査対象の入り口になりやすいといわれています。Tax Mapping(業種別・地域別の網羅的調査)など、特段不正の兆候がなくても調査が開始されるケースが多く、また複数年度の調査が同時並行で行われるケースもあります。

  • 付加価値税(VAT)還付申請、合併・分割・清算等の組織再編
  • 申告漏れ、納税額の減少、第三者情報との不整合

(2) 影響度

調査が本格化した場合、追徴額が企業経営に与えるインパクトも小さくありません。

  • 高額な追徴課税(数千万~数億ペソ規模)
  • 根拠不明確な支払額の打診・推計課税
  • 過年度分を含めた一括追徴
  • 賄賂の要求
  • 銀行口座の凍結リスク

そのため前述したように、DOFが掲げる中期財政計画では、今後も税収拡大が重要政策目標とされています。BIRには安定的な徴税成果が求められることを勘案すると、税務調査リスクを適切に理解・把握することは、重要な経営課題の一つであり、事前に適切な対策を講じる必要があるといえます。

4. BIRの典型的な指摘例

BIRによる税務調査では、形式不備や数値差異を起点として、複数税目に追徴を波及させるアプローチが一般的です。以下は、実務上特に多く見られる5つのパターンです。

(1)データの不一致による追徴

財務諸表、法人税申告書、VAT申告書、売上・仕入明細(SLS/SLP)などの間に差異がある場合、その差異を「売上過少申告」または「費用過大計上」とみなして追徴します。

  • 財務諸表売上とVAT申告売上の不一致
  • 税関(BOC)データと仕入金額が不一致

(2)証憑・手続き不備による追徴

証憑や手続きの不備による追徴(Input VAT控除否認、VAT還付・ゼロレート申請却下等)のリスクがあります。

  • 正式なインボイス/Official Receipt(OR)の不備ないしは、必須記載事項(納税者識別番号(TIN)、住所、VAT区分等)の欠落
  • VAT金額やゼロレート表示の誤り
  • サプライヤーがBIR未登録、または登録情報不一致等

(3)複数の税目での調査

1つのコンプライアンス違反を起点に、関連する他の税目にも連鎖的に追徴します。

  • インボイス不備→ 費用否認(法人税)→ Input VAT否認(VAT)
  • 拡大源泉税(EWT)徴収漏れ → EWT追徴 → 当該費用の損金不算入

(4)推定金額による追徴

第三者情報や業界平均と差異がある場合、BIR側の裁量で課税所得を推定するため、納税者に極めて不利な金額が算定されやすい点が実務上の大きなリスクです。

  • 第三者データとの差額から仕入計上漏れを推定
  • 推定原価率をベースに売上を逆算し、過少申告分を推定
  • 関連当事者取引について、BIR算定の移転価格を適用

(5)改正税務ルールの未対応に伴う追徴

BIRは歳入細則(Revenue Regulations : RR)や歳入覚書回状(Revenue Memorandum Circular : RMC)を頻繁に公表し、原則として即時適用されます。このため、税制改正後の実務ルール(新設・変更・厳格化)への未対応に伴う追徴を受けるリスクがあります。

5. 税務調査・税収動向を踏まえ、企業が取るべき対応とは

2026年に向けて、フィリピンでは徴税目標の達成のため、税務調査の活発化が見込まれています。BIRは、源泉税やVATを中心とした執行強化を継続するとみられるほか、今後は新たな分野における調査にも踏み込む可能性があります。こうした環境下において、企業に求められるのは、税務調査を事後対応の問題として捉えるのではなく、事前に管理・軽減すべきリスクとして整理する姿勢です。

(1)BIRの追徴アプローチをもとに税務リスクを特定

最初のステップは、自社がどのような税務リスクを抱えているかを把握することです。その際には、BIRの追徴アプローチを踏まえてリスクを把握することが重要です。特に、データの不一致や証憑不備は、意図の有無にかかわらず追徴の入口となりやすいため、財務諸表、税務申告書、売上・仕入明細等の数値の一致状況の確認、インボイスやORなど、証憑の形式要件・保存状況の確認等を行うことが望ましいです。

(2)税制改正・通達の影響を定期的に確認

税務ルールは、RRやRMCを通じて頻繁に改正・明確化されます。そのため、顧問税理士や外部専門家と連携しながら、最近の税制改正・通達の把握、自社取引への影響分析、過年度処理への影響の有無を定期的に確認しておくことが、税務調査リスクの低減につながります。

(3)差異調整の準備・修正申告を検討

リスクを特定した結果、数値の差異が判明した場合には、その内容を整理した差異調整表(Reconciliation)を作成しておくことが重要です。差異の背景や合理的な説明を事前に準備しておくことで、税務調査の不要な拡大を防ぐことができます。また、重大な誤りや是正が必要な事項については、必要に応じて修正申告を行うことも選択肢となります。調査開始前に自主的な対応を行うことで、追徴額やペナルティを抑制できる可能性もあります。

(4)注目すべきトピック:移転価格税制への備え

現時点では、フィリピンにおいて移転価格に係る本格的な税務調査は限定的ですが、状況は変わりつつあります。BIRは、OECD/G20のBEPS包摂的枠組への参加や、内部での移転価格専門チームの組成、国際機関の支援を受けた研修の実施など、移転価格分野における体制整備を積極的に進めています。このような動きを踏まえると、今後は移転価格に関連する調査が実施される可能性が高まっていると考えられます。そのため、たとえ現時点で調査実績が多くなくとも、以下のような対応については、今後の重要なリスク対策テーマとなります。

  • 関連当事者取引の整理
  • 価格設定の考え方の明確化
  • ローカルファイル等の移転価格文書の整備

おわりに

2026年に向けて、フィリピンの税務環境は、税務調査がより身近なリスクとなる局面に入っています。企業としては、早期にリスクを特定し、必要に応じた対応策を講じるとともに、将来を見据えた移転価格への備えを進めていくことが重要です。こうした事前対応が、将来的な追徴課税や経営への影響を抑える鍵となるでしょう。

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監修者

  • 古市 惇人

    株式会社AGSコンサルティング
    国際第2事業部長・公認会計士

    古市 惇人

    有限責任あずさ監査法人に入所し、KPMG New Yorkで3年間駐在を経験後、IFRS導入支援、内部統制支援等をグローバルに提供。その後、AGSシンガポール及びAGSコンサルティングにて、日系グローバル企業向けに会計・税務・内部統制の支援、財務DD等のM&Aトランザクション業務など幅広くサービスを提供。