【マレーシア税務】マレーシアにおけるキャピタルゲイン課税についての動向

“日本とつなぐ”ASEAN各国の税務・会計講座

これまでマレーシアでは、原則として不動産等の譲渡益を除き、キャピタルゲイン課税は適用されませんでしたが、2023年度修正予算案において、2024年以降の非上場株式の譲渡益に対するキャピタルゲイン課税の導入が検討されていると発表されました。本稿ではマレーシアにおけるキャピタルゲイン課税の動向から日系企業に与える影響についても紹介します。

 

※本稿は、三菱UFJ銀⾏会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」寄稿記事からの転載です。

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はじめに

マレーシアのアンワル首相兼財務相は、2023年度修正予算案に、2024年以降の非上場株式の譲渡益に対するキャピタルゲイン課税の導入が検討されていると発表しました。

これまでマレーシアでは、原則的に不動産(もしくは不動産化体株式)の譲渡から生じる利益を除いてキャピタルゲイン課税の適用を行っていませんでしたが、非上場株式の譲渡益に対しキャピタルゲイン課税が適用されることになれば、現地の日系企業の活動や現在活発に行われているM&A取引にも影響を及ぼすものと考えられます。

キャピタルゲイン課税

基本的にキャピタルゲインとは、株式、債券、不動産などの資産の売却から生じる利益のことを指します。キャピタルゲイン税はその利益に対して課される税金のことで、その売却を行った時に課税が発生します。

一般的なキャピタルゲインは幅広い資産の譲渡益を含む概念となりますが、今回マレーシアの2023年度修正予算案の中で発表されたキャピタルゲイン課税は、非上場株式の譲渡に係るキャピタルゲインに限定されています。

東南アジア諸国連合(ASEAN)の周辺国では、既にキャピタルゲイン課税を適用している国が存在し、それらの国の税率は下表の通りとなっています。

税率(%)
タイ通常の法人税率:20%
インドネシア通常の法人税率:22%
ベトナム通常の法人税率:20%
カンボジア通常の法人税率:20%
ミャンマー40~50%(石油ガス関連事業)

10%(石油がsy関連事業以外)

マレーシアにおけるキャピタルゲイン課税に関する今後の見通し

マレーシア政府にとって、新型コロナウイルス感染拡大による財政赤字からの回復は喫緊の課題です。そのため、課税の裾野を広げ、国民から広く徴収するよう税制改正を進めており、キャピタルゲイン課税もその税収拡大策の一つとして検討が進められています。

一方で、非上場株式の譲渡益に対するキャピタルゲイン課税の導入に関しては、企業の組織再編やM&A、新規株式公開(IPO)に対して直接的な影響を及ぼし、外国からの投資活動を阻害する要素にもなりかねず、マレーシアの国内経済に対しても悪影響となる可能性があります。

今回の発表では、非上場株式の譲渡益に対するキャピタルゲイン課税は「低税率」での適用が提案されています。

また、2023年3月8日に開催されたInvest Malaysiaの基調講演で、アンワル首相兼財務相はキャピタルゲイン課税の導入に関して以下の事項を発表しています。

  • キャピタルゲイン課税の導入にあたっては、さまざまな関係者から意見を聞き、徹底的に議論されること
  • 上場株式の譲渡益は対象外
  • 承認されたIPOによる非上場株式は対象外

今後数年間でIPOを目指す企業の数が増加すると予想される中、承認されたIPOによる非上場株式の譲渡について、今回のキャピタルゲイン課税の適用対象外となることは、関係者にとっては朗報です。

しかし、企業の組織再編やM&Aを計画している企業にとっては、キャピタルゲイン課税による追加的な税負担の増加を避けるため、計画を前倒しして2023年中に実行するなどの検討が必要だと考えられます。

キャピタルゲイン課税の実務における運用上の不確定要素

マレーシアにおけるキャピタルゲイン課税の適用に関して、現時点では不確定要素が非常に多く、政府は全面的な運用を開始する前に十分な検討を実施した上で実務上の取り扱いを明確にすることが望まれます。以下は、考えられる不確定要素になります。

  • いつの時点に取得した非上場株式から適用が開始されるか(施行日以降に取得した株式のみ対象となるのか、既存の株式も対象となるのか)
  • 税率
  • 対象となる株式の種類
  • 課税要件
  • 損失が出た場合には将来繰り越せるのか
  • 長期投資の場合
  • グループ内組織再編の場合
  • 株式の取得価額の算定方法
  • 不動産化体株式につき不動産譲渡益税(Real Property Gains Tax:RPGT)とのすみ分け
  • 他の税目との二重課税は発生するか(二重課税が発生した場合の取り扱い)

マレーシアのキャピタルゲイン課税が日系企業に与える影響

マレーシアにおける非上場株式の譲渡益に対するキャピタルゲイン課税の導入が、日系企業に与える影響として考えられることは、大きく2点あります。1点目がM&A、2点目が組織再編です。

(1)M&Aへの影響

日系企業がM&Aによってマレーシアの現地企業を買収する場合、相手先企業はマレーシアのオーナー企業のような非上場企業であるケースが多いです。

現在は、原則的に株式の譲渡益は課税対象ではありませんが、今後キャピタルゲイン課税の対象となった場合、売り手オーナー側にとっては追加的に税コストが発生することになり、株式の譲渡対価に転嫁することが考えられます。

結果として譲渡価格を押し上げる要素となるため、買収コストを極力低く抑えたい買い手の日系企業にとっても重要な問題となります。

(2)組織再編への影響

マレーシア法人を絡めた組織再編をする際に、追加的に税コストが発生する可能性がある点です。

ASEANの地域統括拠点として、シンガポールやマレーシアに中間持株会社を設置している日系企業もありますが、その検討をする際の1つの大きなキーポイントでもあった「キャピタルゲイン非課税」というメリットが失われることとなります。

よって、今後組織再編を検討する際にも影響が出てくるものと思われます。

おわりに

上述したように、マレーシアにおけるキャピタルゲイン課税の適用に関しては、M&Aや組織再編の局面において影響が出ることが予想されます。

一方で現時点では実務上の運用において不確定要素も多いことから、具体的な対応策を検討することは難しく、今後の動向を注視することが求められます。

  • 監修者
    八鍬 信幸

    株式会社AGSコンサルティング
    ASTHOM事業部長・税理士

    八鍬 信幸

    大学卒業後、KPMG税理士法人(国際部)に入社し、外資系企業向けの税務アドバイザリー業務に従事。 2014年 AGSコンサルティングシンガポール社に入社し、日系企業の海外進出コンサルティング業務に従事。

    2017年からAGSマレーシアの立ち上げを担当し、2018年からマレーシアの現地大手アカウンティングファームのCrowe Malaysiaへ出向。シンガポール・マレーシアを拠点として、クロスボーダーM&Aも含めた日系企業の海外進出をサポートしている。