企業の国際的な事業活動が増えるにつれ、「国際税務」というワードを目にする機会が増えてきました。本コラムでは、国際税務の主な業務内容や特徴、必要な資格や基礎知識などについて解説します。
目次
- 国際税務とは
- 国際税務の主な業務内容
- 国際税務顧問
- クロスボーダーM&A
- 海外進出・撤退
- 内部統制
- 移転価格
- グローバルファイナンス
- 国際税務で押さえておきたいトピック
- 租税条約
- 外国税額控除
- タックスヘイブン対策税制
- 移転価格税制
- 国外関連者寄附金
- 源泉所得税
- 過少資本税制
- 国際税務に語学力は必要?
- 国際税務に資格は必要?
- 米国公認会計士(USCPA)とは
- 米国公認会計士と日本の公認会計士との違い
- 米国公認会計士試験の合格率と難易度
- 国際税務を専門とする税理士・会計士へ相談するメリット
- どのような基準で専門家を選定すべきか
- 国際税務の経験が豊富であること
- 日本国内の税務にも精通していること
- まとめ
国際税務とは
国際税務とは、国境をまたぐ事業活動や組織再編に関連して発生する課税関係への対応を総称するものです。法律に定義のあるものではなく、世界共通の「国際税法」があるわけでもありません。
国内外企業間の事業形態が日々変化していくなかで、国際税務に関連する法令も日々新規制定・改正されており、高度で複雑な分野となっています。
国際税務の主な業務内容
国際税務では、国境を越えた取引や組織再編にかかる税制、日本以外の国の税制を取り扱います。
国際税務に関わる業務の種類は、多岐にわたります。
例えば、海外における組織再編や企業買収などのクロスボーダーM&Aでは、現地での税務や会計の取り扱いを確認することはもちろんのこと、軽課税国に関係会社があるときは、同時に日本側のタックスヘイブン対策税制への対応が求められます。
同様に、M&Aによりグループとなった海外の関係会社とグループ内取引が発生する場合には、移転価格税制の対応も必要になってきます。
その他によくある例として、日本の親会社が海外子会社に従業員を出向させる場合において、その給与の一部を親会社が負担するケースでは、日本の法人税法上、国外関連者への寄附金として取り扱われ、損金算入が認められない可能性があります。それを知らずに給与負担をしていると思わぬ追徴課税が発生します。
ここでは、国際税務及び会計に関連する6つの主な業務を紹介します。
国際税務顧問
近年、国際税務関連の税制改正や国際会計基準の改正が頻繁に行われ、国際税務・会計の実務は高度化・複雑化しています。
企業だけでは、これらに対応するための十分なリソースが確保できず、サポートする専門家の存在が欠かせません。
既存の顧問税理士が国際税務に精通していないケースも多く、セカンドオピニオンとしての需要も高まっています。
クロスボーダーM&A
日本の少子高齢化にともなう国内市場の縮小を背景に、日本企業の海外展開が加速しています。その手法の1つが、海外企業の買収、いわゆるクロスボーダーM&Aです。
クロスボーダーM&Aでは、現地国での税務対応や会計処理の確認に加えて、タックスヘイブン対策税制への目配りも必要となります。
さらに、各国の税制はもちろん、デューデリジェンスやバリュエーション、M&A実行後のPMIなどM&Aの知識も求められる、難易度が高い業務です。
海外進出・撤退
日本企業の海外進出が増えると同時に、不採算エリアからの撤退、アジア諸国の人件費高騰を受けた工場移転など、既存の海外拠点の見直しも増えています。
進出するにせよ撤退するにせよ、日本と異なる海外の法務手続、進出(撤退)スキームの構築、税務対応など、国際税務の専門家の関与が欠かせません。
国によっては、会社清算の際に設立年まで遡って税務監査を行うこともあります。
内部統制
内部統制とは、企業(経営者)が企業活動を効率的かつ健全に運営するためのルールや仕組みです。例えば、社風や業務の流れ、コンプライアンスが該当します。
海外は、言葉も文化も慣習も、日本とはまったく異なるため、海外子会社をグループ会社の1つとして円滑に運営していくには、日本国内以上に内部統制が重要です。
しかし、海外子会社までは目が届きにくく、内部統制を行き届かせるのは容易なことではありません。
そこで、現地の文化や税制に精通した専門家によるチェックと助言が求められています。
移転価格
OECD(経済協力開発機構)が主導する国際課税ルールの整備のなかには、「移転価格の文書化」が盛り込まれています。
企業グループ内での取引価格が適正な価格(独立企業間価格)であることを確認するものが移転価格文書です。
近年、OECD加盟国を中心に世界中で移転価格文書の法制化が進められており、海外進出企業にとって無関係ではいられません。
法的根拠を背景とした移転価格文書の作成、より踏み込んだ対策を行うための移転価格ポリシーの作成、簡易的なベンチマーキング、その後の税務調査対応などが、具体的な業務内容となります。
グローバルファイナンス
国境を越えて事業活動を行う企業が増えるなかで、国外子会社との資金移動や為替変動リスクへの対応といった国際的な財務戦略(グローバルファイナンス)の重要性は増す一方です。
しかし、日本企業は、資金効率の向上、ガバナンス強化、為替リスク管理など、企業グループ全体の財務管理において、欧米企業に比べて遅れているといわれます。
欧米の先進事例に精通し、グループ全体の資金効率向上やガバナンス強化等の目的を実現する財務管理ポリシーや為替管理ポリシーの策定までサポートできる専門家がいれば、非常に頼れる存在となるでしょう。
国際税務で押さえておきたいトピック
国際税務に携わる上で必要な知識は、多岐にわたります。
そのなかでも最低限押さえておくべき基礎として、以下の7つのトピックを把握しておきましょう。
租税条約
租税条約とは、条約相手国との課税関係の安定、二重課税の排除、そして脱税および租税回避への対応を目的とした二国間条約です。
日本は2024年10月1日時点で、155の国・地域と租税条約や情報交換協定などの租税条約ネットワークを形成しています。
租税条約を活用すれば税負担を軽減できますが、そのためには税務当局への届出など、適正な手続きが必要です。
外国税額控除
日本企業は、国内源泉所得と国外源泉所得のいずれについても日本へ納税義務を負います(これを全世界所得課税といいます)が、国外源泉所得は現地国でも課税対象となることがあり、日本との間に二重課税が生じます。
この二重課税を解決するために、外国で納付した税額について、一定の要件のもと、法人税額の計算上、税額から控除できる外国税額控除の規定が設けられています。
タックスヘイブン対策税制
タックスヘイブン対策税制は、税率の低い国や税金のない国にある子会社などの所得を日本の親法人に合算して課税する、租税回避防止のための制度です。
2017年度税制改正で課税が強化され、合算課税の適用を受けないためには企業側が合算課税の対象ではないことを証明しなければならなくなりました。
海外に子会社などを置く企業は、ペーパーカンパニーでないことや、経済活動基準を満たしていることを証明できる資料を備えなければなりません。
税務調査を受けた際に、これらの書類を提出できないと、推定規定により課税を受ける可能性があります。
移転価格税制
企業が海外の子会社と取引を行う場合には、その価格を自由に設定できるため一方の利益を他方に移せることが容易になります。
そこで、移転価格税制では、一定の要件下で取引価格を独立企業間価格に引き直して算定し、課税します。適正でない取引価格によってもたらされる自国の課税所得の減少を取り戻す目的で設けられたもので、近年、巨額の追徴課税が発生するケースもあり、国際税務の中で大きな注目を集めるトピックの1つになっています。
また、海外の関係会社とのロイヤリティの設定についても留意が必要となります。
国外関連者寄附金
日本の法人税法上、海外出向者の給与については、海外現地法人がその全額を負担するのが原則です。
これを出向元である日本法人が負担すると、その負担額が国外関連者への寄附金として、全額課税されてしまう可能性があります。
出向者の給与を負担する場合においては、海外勤務規程や出向契約書、その負担金額が合理的なものであることの根拠などを、書類として準備しておく必要があります。
源泉所得税
日本法人が、日本の非居住者へ課税対象の支払いをする際には、非居住者に代わって日本へ納税するために、源泉徴収する義務を負います。
原則として20.42%の税率が適用されますが、多くの場合は租税条約で軽減税率が設定されています。そこで、国ごとに租税条約を確認し、必要書類を提出する必要があります。
逆に、日本法人が外国から支払いを受ける際には、外国側で源泉徴収されますので、法人税の申告時に外国税額控除を申告するなどの対応が求められます。
過少資本税制
日本法人が外国の関係会社から資金調達を受ける際に、出資と貸付の比率が一定割合を超えた場合、この超えた部分に相当する支払利子については損金算入が認められません。
資金調達が出資の形態をとると日本法人から支払われる配当金については損金算入が認められない一方で、貸付により生じる利子は損金算入が可能となります。過少資本税制は、出資を少なくし、貸付を多く行うことで損金を増加させ、税負担を軽減しようとする租税回避行為を防止するための制度です。
同趣旨の制度は先進国でよく見られるため、進出国側に同様の制度がないかの確認を怠らないようにしましょう。
国際税務に語学力は必要?
国際税務に携わる上で、語学力は必須ではありません。
日本で国際税務が必要とされるのは、日系企業の海外進出を支援するケースが大多数です。主な顧客は日本人であり、コミュニケーションも日本語で行われるため、英語や現地の言葉が話せなくても業務に支障は出ません。
また、英語などが必要となる場面でも、語学に堪能な同僚や上司と協働することで、問題なく対応できる場合がほとんどです。
ただ、英語や現地の言葉に精通していたほうが、国際税務の仕事をするなかで有利なのは間違いありません。
そのため、国際税務に長く携わっていきたいなら、入社後にスキルを伸ばしていくのがよいでしょう。
国際税務を扱っている税理士事務所やコンサルティングファームなどでは、従業員の語学力を強化する社内制度を設けているところがあります。そうした社内制度を利用すれば、効果的に語学スキルを伸ばしていくことができます。
国際税務に資格は必要?
国際税務には、例えば税務申告業務における税理士資格のような、資格を持っていなければそもそも仕事ができないという条件はありません。
ただし、国際税務は非常に専門性の高い分野ですので、業務を円滑に進めるために持っておいたほうが望ましい資格はあります。
その1つが「米国公認会計士(USCPA)」です。
米国公認会計士(USCPA)とは
米国公認会計士とは、米国各州の会計士委員会が設定をする公認会計士資格です。USCPA(United States Certified Public Accountant)とも呼ばれています。その歴史は古く、第一回米国公認会計士試験は、1917年に実施されました。
米国公認会計士は国際資格のため、国際会計基準(IFRS)の知識があるというだけでなく高い英語力の証明にもなります。国際税務に携わる上で大きな強みとなるでしょう。
米国の資格ですが、日本をはじめ世界各国から受験できるという点も、米国公認会計士の特徴です。
米国公認会計士と日本の公認会計士との違い
米国公認会計士と日本の公認会計士の主な違いは、「日本国内において、公認会計士として独立して働くことができるかできないか」という点です。
日本国内でも国際会計が求められる場であれば、米国公認会計士のスキルや知識は活かせます。監査業務については、「日本の公認会計士の業務をサポートする形」であれば行えますが、監査報告書への署名や日本国内での独立開業はできません。
一方で、日本の公認会計士の資格のみでは、海外では現地の公認会計士の資格として働くことはできません。米国を中心としたグローバルな舞台で活躍したい場合は、米国公認会計士の取得を目指すとよいでしょう。
米国公認会計士の資格を持っていれば、様々な国で会計業務にあたることができます。
米国公認会計士試験の合格率と難易度
米国公認会計士試験の合格率は、50%程度と発表されています。
一方、日本の公認会計士試験の合格率は、10%台です。
ただし、受験資格や合格率の出し方が米国と日本では異なります。
米国公認会計士の合格率については、科目合格ではなく、短答式と論文式の合格が最終合格となります。
一方、日本の合格率は、最終合格者を出願者で除して計算した数値です。
したがって、合格率でどちらが難しいのかは単純には比較できません。
また、米国公認会計士試験は、当然ながら英語で出題されます。必要な英語力は日常会話レベルではなく、会計や税法に関する専門用語、表現を理解できるレベルが求められるため、日本の公認会計士試験に比べて、語学のハードルがあるといえるでしょう。
出典:AICPA&CIMA「24Q1 CPA Exam Pass Rates 」
出典:公認会計士・監査審査会「令和6年公認会計士試験の受験状況について」
国際税務を専門とする税理士・会計士へ相談するメリット
すでに税務担当者や税務顧問のいる企業であっても、国際的に事業を展開している場合には、国際税務を専門とする税理士や会計士へ相談することが理想的です。
国際税務の領域は非常に複雑で、国内税法に精通した税理士であっても、国際税務の領域には対応しきれないというケースは珍しくありません。
2019年には、某大企業が、タックスヘイブン対策税制への未対応などから数百億円の申告漏れを指摘されました。クロスボーダーM&Aで急激に事業拡大を行っていた当該企業には、税務顧問団がいたはずですが、それでも対応漏れが出てしまうのが国際税務の領域です。
適切な納税を果たさずにいると、税務調査での指摘を受けるのはもちろんのこと、本税の納付だけでなく、延滞税や利子税、さらには重加算税まで課されるリスクがあります。
上場会社であれば、株主への説明義務も発生し、企業の評判に対するリスクを高める結果となってしまいます。
国際税務領域に精通した税理士・会計士に相談することは、こうしたリスクの抑制・回避にもつながります。
どのような基準で専門家を選定すべきか
国際税務の専門家を選定する上では、過去の事例や、国際税務案件のクライアント件数を見てみるとよいでしょう。
また国際分野だけでなく、日本国内の税務にも精通しているかをチェックしましょう。
国際税務の経験が豊富であること
税理士試験には「国際税務」の科目が存在しないため、いかにこの分野での経験が多いかが大切な指標になります。
例えば、移転価格の税務調査対応をしたことがある会計事務所・税理士法人なら、税務当局がどこを指摘されやすいかを実践的に理解しているため、ドキュメンテーションを支援する際にもポイントを押さえたアドバイスを提供してくれます。
また、大手会計事務所・税理士法人での国際税務の経験がある税理士がいるか、海外勤務の経験がある税理士が在籍しているか、税務調査対応経験があるかなど、専門家個々人の経歴に注目してみるのも1つの手段です。
加えて、海外拠点や海外のファームとの提携の有無も判断基準の1つとなります。
日本国内の税務にも精通していること
国際税務の経験に加えて注目すべきは、日本国内の税務面でも信頼できるかを見極める必要があるという点です。
昨今では国際税務領域への強みをうたう会計事務所・税理士法人が増え、海外とのネットワークを強調する専門家も少なくありません。
しかし、蓋を開けてみると日本国内の拠点を担当できる専門家は数名しかいなかったということもあるため、国内外どちらも信頼できる会計事務所・税理士法人かを確認しましょう。
まとめ
国際税務は、国境をまたぐ事業活動や組織再編に関連して発生する課税関係に関する業務です。国内外企業間の事業形態が日々変化していくなかで、国際税務に関連する制度は日々変化し、また関わる業務範囲も多岐にわたります。
日本企業の国外進出が一般化するなかで、専門性の高い国際税務に精通した専門家への需要が高まっています。国際税務人材を目指す人は、最新の税務トピックを把握しながら、語学や専門資格などのスキルを高めていきましょう。
会社の国外進出にあたって、国際税務の専門家への依頼を考えているなら、過去の関与実績や、海外拠点との提携の有無、税務面での信頼性を重視して依頼先を選びましょう。