大学ファンドとはどのような仕組みや特徴があるのかについて解説しています。対象となる大学や創設された経緯・狙い、運用が予定されているポートフォリオ(銘柄比率)や運用実績、課題に上がっている問題点についても紹介しています。大学ファンドについて調べている方は参考にしてください。
目次
- 大学ファンドとは
- 大学ファンドの支援対象「国際卓越研究大学」に東北大学が支援第1号として認定
- 東北大学が「国際卓越研究大学」に認定されるまでの道のり
- 東北大学が選定されたポイント
- その他候補大学の選定結果と今後の予定
- 大学ファンド創設の経緯と狙い
- 大学ファンドのポートフォリオ(銘柄比率)
- 大学ファンドの運用実績
- 2023年度の運用実績:9,934億円の黒字(+10.0%)
- 2022年度の運用実績:604億円の赤字(-2.2%)
- 運用目標は年利4.49%
- 大学ファンドの問題点
- 高い運用目標と実現の可能性
- 教育分野の課題解決には使われない
- 資金を拠出した大学は運用には関われない
- 将来分配される資金の用途に規制がない
- まとめ
大学ファンドとは
大学ファンドとは、2021年度に科学技術振興機構(JST)によって運用が開始されたファンド(基金)です。世界最高水準の研究大学の実現に向けて、必要な支援を長期的・安定的に行うための財源確保を目的としています。
2022年11月には「国際卓越研究大学法(正式名称:国際卓越研究大学の研究及び研究成果のための体制の強化に関する法律)」が施行され、国際卓越研究大学の公募が開始されました。
文部科学大臣が任命する外部有識者で構成される「運用・監視委員会」を最上位機関とし、政府や研究大学が拠出した資金を科学技術振興機構が運用する仕組みです。ファンドの運用益をもとに、「国際卓越研究大学」として認定された対象大学に対して資金配分を行います。
支援を受ける大学は、世界最高水準の研究大学にふさわしい制度改革や大学ファンドへの資金拠出を約束します。助成金を活用して、「国際的に卓越した研究施設の整備」「トップ研究者の呼び込み」「優秀な若手研究者の育成」などに取り組めるのがメリットです。
将来的には、各大学が自らの資金で基金を保持・運用することが想定されています。
大学ファンドの支援対象「国際卓越研究大学」に東北大学が支援第1号として認定
大学ファンドが支援する「国際卓越研究大学」の第1号として、東北大学が選ばれました。
2024年6月、文部科学省が認定手続きを開始し、10月以降に正式に認定、同24年度中に支援が始まる見込みです。
国際卓越研究大学に認定された大学は、大学ファンドの運用益から最長25年にわたって助成を受けられます。
出典:文部科学省「国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)による審査の結果及び国際卓越研究大学法に基づく基本方針の改訂についてお知らせします」
東北大学が「国際卓越研究大学」に認定されるまでの道のり
2022年12月に国際卓越研究大学の第1回公募が開始されると、2023年3月末の締め切りまでに計10校が申請しました。
申請を行った10校は、以下のとおりです。
- 早稲田大学
- 東京科学大(統合予定の東京医科歯科大と東京工業大で共同申請)
- 名古屋大学
- 京都大学
- 東京大学
- 東京理科大学
- 筑波大学
- 九州大学
- 東北大学
- 大阪大学
文部科学省が設けた有識者会議は同4月以降、全校に面接審査を行い、京都大学、東京大学、東北大学の3校へは現地視察も行われました。
計12回の会合を経て、同9月、この中から国際卓越研究大学として最初の支援候補に選ばれたのが東北大学です。一方で、東北大学は、国際化やガバナンス体制の強化など計画案の見直を求められます。
有識者会議(アドバイザリーボード)との対話を重ねた東北大学は、体制強化計画案を改めて示し、2024年6月に文部科学省から「認定の水準を満たし得る」と認められました。
出典:文部科学省「国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)による審査の状況を公表」
出典:文部科学省「国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)による審査の結果及び国際卓越研究大学法に基づく基本方針の改訂についてお知らせします」
東北大学が選定されたポイント
選定では、従来の実績の蓄積ではなく、世界最高基準の研究大学の実現に向けた「変革の意思」と「コミットメントの提示」が重視されました。
今回選ばれた東北大学は、「未来を変革する社会価値の創造」「多彩な才能を開花させ未来を拓く」「変革と挑戦を加速するガバナンス」のもと、全方位の国際化など6つの目標を達成するために19の戦略を示しました。
大学発スタートアップ数を現状の157社から将来的には1500社に、論文数を6791本から2万4000本にするなどといったKPIやマイルストーンが明確化された体系的な計画であるほか、従来の講座制を独立した研究体制に移行することや、若手研究員が自立的に研究に専念できる環境作りに注力するとし、有識者会議から「明確な戦略が示されていると」と評価されました。
出典:文部科学省「国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)における審査の結果について(本文)」
その他候補大学の選定結果と今後の予定
一方、現地視察は行われたものの選ばれなかった東京大学、京都大学については、それぞれ以下のような指摘を受けました。
東京大学は全学組織を作り、研究基盤の整備や人的資本の高度化に向けて改革を進める計画を示しましたが、「既存組織の変革に向けたスケール感やスピード感は十分ではない」と有識者会議から指摘されました。
京都大学は、研究組織の改革や人材などへの積極投資を掲げたものの、「新たな体制の責任と権限の所在が不明確」と指摘されました。
なお、第2期の公募は東北大学の正式認定後、2024年(令和6年度)中に開始される予定で、今後数校が認定される見込みです。
出典:文部科学省「国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議(アドバイザリーボード)による審査の状況を公表」
大学ファンド創設の経緯と狙い
日本の大学は、次のような課題に直面しています。
- 研究力(良質な論文数)が相対的に低下している
- 博士課程の学生が減少している
- 若手研究者はポストが不安定で任期もある
- 世界トップ大学との資金力の差が拡大の一途をたどっている
国は知識基盤社会における大学の価値相続力に期待する一方で、財政的な支援が縦割りになっており、大学の構想力の制約や研究者の時間の劣化につながっています。
大学側は世界トップとの競争に勝ち残るために、研究や大学院教育の質の向上が不可欠ですが、博士課程教育の確立や若手研究者の獲得・育成のための資源や研究時間を確保できていないのが現状です。
大学の基金規模は、海外は米ハーバード大学4.5兆円、米イエール大学3.3兆円、米スタンフォード大学3.1兆円、英ケンブリッジ大学1.0兆円であるのに対し、日本は慶応大学870億円、早稲田大学300億円、東京大学150億円と大きな差が生じています(海外大学は2019年、国内大学は2020年度の数値)。
10兆円規模の大学ファンドを創設することで、新しい社会的価値を創出し続ける「プラットフォーム」としての研究大学の実現を目指します。
大学ファンドの設立・支援を通じて、日本の大学が目指す将来像は以下の通りです。
- 世界最高水準の研究環境で、世界トップクラスの人材が結集している
- 英語と日本語を共通言語とし、海外トップ大学と日常的に連携している
- 授業料の免除、生活費の支給などにより、研究に集中しながら博士号を取得できる
出典:文部科学省「大学ファンドの創設について」
出典:国立研究開発法人科学技術振興機構「2022年度業務概要書-大学ファンドの運用状況等-」
大学ファンドのポートフォリオ(銘柄比率)
大学ファンドは、基本ポートフォリオに基づく運用が基本です。
国が定めた「グローバル株式65%、グローバル債券35%」のレファレンス・ポートフォリオの許容リスクの範囲内で、運用収益率を最大化することを目指して基本ポートフォリオを設定することを運用方針としています。
長期的・安定的に国内外の経済成長を運用益に結びつけるため、グローバル投資を積極的に推進しているのが特徴です。
原則として、目標とする指数に連動する投資成果を目指す「パッシブ運用」と、指数を超える収益の獲得を目指す「アクティブ運用」を併用します。
また、リスク分散や中長期的な収益確保の観点から、株式や債券といった伝統的な運用商品以外に投資を行う「オルタナティブ投資」についても戦略的に推進する方針です。
なお、運用立ち上げ期(2024年9月時点)においては、ポートフォリオ構築への影響を考慮して基本ポートフォリオは非公開となっています。
大学ファンドの運用実績
2023年度の運用実績:9,934億円の黒字(+10.0%)
ファンド2年目にあたる2023年度の運用実績は、9,934億円の黒字でした。
運用実績の内訳はグローバル債券が+2.5%(1,902億円)、グローバル株式が+39.7%(7,749億円)となっています。助成金の財源となる損益計算書上の当期総利益は、1,167億円の黒字を確保しています。
また、2023年度末の運用資産額は10兆9,649億円で、資産構成割合は以下の通りです。
- 大学ファンドの資産構成割合(2023年度末時点)
- グローバル株式:2兆8,214億円(25.7%)
- グローバル債券:7兆1,999億円(65.7%)
- 短期資産:6,329億円(5.8%)
- オルタナティブ:3,108億円(2.8%)
運用立ち上げ期であることを踏まえ、国際卓越研究大学等への長期的・安定的な助成に影響が出ないようリスクを低めにコントロールした結果、グローバル債券の比率が高い資産構成となっています。
なお、資産構成割合の2.8%を占める「オルタナティブ」とは、上場株式や債券以外の新しい投資対象や投資手法のことをいいます。具体的な投資対象は、インフラ施設、未公開株式、不動産などです。
大学ファンドでは、リスク分散や中長期的収益確保の観点から、オルタナティブ投資を戦略的に推進しています。
ただオルタナティブ投資は、未公開株式であれば上場まで数年かかるなど、株式などに比べて利益を得るまでに時間がかかることから、運用立ち上げ期においてはグローバル債券などが資産の大半を占めています。
出典:国立研究開発法人科学技術振興機構「2023年度業務概要書-大学ファンドの運用状況等-」
2022年度の運用実績:604億円の赤字(-2.2%)
大学ファンドの初年度にあたる2022年度の運用実績は、604億円の赤字でした。
助成金の財源となる損益計算書上の当期総利益は、742億円の黒字を確保しました。
外国債券等の購入にあたり、為替リスクを回避するために一部為替ヘッジを実施したことから、内訳はグローバル債券が-3.6%(-1,263億円)、グローバル株式が+1.7%(655億円)となっています。
また、2022年度末の運用資産額は9兆9,644億円で、資産構成割合は以下の通りでした。
- 大学ファンドの資産構成割合(2022年度末時点)
- グローバル株式:1兆7,101億円(17.2%)
- グローバル債券:5兆4,445億円(54.6%)
- 短期資産:2兆7,455億円(27.6%)
2022年度は「世界的なインフレの進展」「ウクライナ情勢」などを背景に、不透明感が強い市場環境にありました。慎重に運用を行う必要があったことから、グローバル債券や短期資産の比率が高くなっています。
2022年度と2023年度の運用実績を比較すると、604億円の赤字だった22年度から、23年度は9,934億円の黒字と大幅に改善しました。
黒字転換を果たした主な理由は、株価上昇と円安による、グローバル株式の資産価格の上昇や為替差益です。
出典:国立研究開発法人科学技術振興機構「2022年度業務概要書-大学ファンドの運用状況等-」
出典:国立研究開発法人科学技術振興機構「2023年度業務概要書-大学ファンドの運用状況等-」
運用目標は年利4.49%
大学ファンドの運用目標は年利4.49%以上です。内訳は「長期支出目標3%+長期物価上昇率1.4938%」(23年度)となっています。26年度末までに年間3,000億円の運用益を達成し、31年度末までに基本ポートフォリオを構築し、その後は「長期支出目標3%+物価上昇率以上」が運用目標としています。
運用益を得られなかった時に備え、バッファー(資源的なゆとり)として「当面3,000億円×2年分」を確保する方針です。運用目標の達成状況は単年度ではなく、「3年、5年、10年」といった一定期間で評価されます。
出典:国立研究開発法人科学技術振興機構「2022年度業務概要書-大学ファンドの運用状況等-」
大学ファンドの問題点
大学ファンドの創設は、世界最高水準の研究大学の実現が期待できる一方で、次のような問題点もあります。
高い運用目標と実現の可能性
大学ファンドは、年利4.49%という高い運用目標を掲げています。外部の有識者が運用業務の実施状況の監視などを行うものの、運用目標を実現できるかは不透明です。
世界的なインフレの進展や主要国の利上げ、地政学リスクなど、市場環境は不安定な状況にあります。実際、大学ファンドの運用実績は2021年度が+0.3%、2022年度は-2.2%と目標に達していません。
国際卓越研究大学に安定した資金配分を行うためにも、長期的・安定的な運用益の確保が求められます。
出典:国立研究開発法人科学技術振興機構「2022年度業務概要書-大学ファンドの運用状況等-」
教育分野の課題解決には使われない
大学ファンドは、世界トップクラスの研究大学の実現を目的としています。運用益から支援を受けられるのは、一定の条件を満たし、「国際卓越研究大学」に選定された数校のみです。
しかし、教育分野の課題は、世界最高水準の研究大学の実現だけではありません。「子どもの学力底上げ」「デジタル化の推進」「学校教育の指導体制確立」「いじめや不登校への対応」など、さまざまな課題が山積しています。
大学ファンドは日本の大学の研究力向上に注力していますが、教育分野の課題解決には使われません。
資金を拠出した大学は運用には関われない
国際卓越研究大学に選定された大学は、大学ファンドへの資金拠出を求められます。資金拠出額などに応じて、対象大学への助成額が決定される仕組みです。
ただし、大学は資金を拠出するのみで、ファンド運用には関われません。
将来分配される資金の用途に規制がない
大学ファンドの運用益から将来分配される助成金については、配分元の科学技術振興機構があらかじめ使途を特定することはありません。
認可を受けた体制強化計画との適合性を確保するのが前提ですが、原則として科学技術振興機構が資金使途に関与しない仕組みになっているため、大学側が自由に資金を使うことができます。
文部科学省は公募要領において「各大学が適切に説明責任を果たす必要がある」と注意喚起をしていますが、資金用途の透明性を図ることは今後の課題となるでしょう。
まとめ
10兆円規模の大学ファンド創設により、今後は日本においても世界最高水準の研究大学が実現するかもしれません。
一方で、大学ファンドは高い運用目標を掲げているため、想定通りに運用益を確保できるかは不透明な部分もあります。
大学ファンドの運用が成功し、若手研究者が高いレベルで研究に取り組める環境が整備されることが期待されます。