• 対談

進取の気性が培った、トランコムのアイデアとテクノロジー

トランコム株式会社
代表取締役 社長執行役員 武部 篤紀 様
取締役 シニアアドバイザー 恒川 穣 様

人びとが生活する上で欠かせない社会インフラである物流分野において、アイデアとテクノロジーを駆使したサービスを提供しているトランコムグループ。
「TRANCOM VISION 2025」を始動させ、広く多くの企業に利用されるプラットフォーム構築を推進してきた取締役シニアアドバイザーの恒川穣氏と、2022年4月より代表取締役社長執行役員に就任した武部篤紀氏に、AGSコンサルティングの廣渡嘉秀が話を伺った。

トランコムの成り立ちと、進取の気性

廣渡 本日はありがとうございます。
恒川さんもおひさしぶりですが、実は武部さんにも2011年にご挨拶したことがあります。私たちAGSが名古屋支社を開設した時期でした。
恒川さんには、AGSが事務局を務めている会合に何度かご参加いただいているご縁で、こうした機会を頂戴した次第です。

恒川 そうですね、おひさしぶりです。今回は私よりも、新社長となる武部をメインにお話しさせていただこうと思います。

廣渡 そうでした。武部さんは社長に昇進されるとのことで、おめでとうございます。

武部 ありがとうございます。本日はよろしくお願いします。

廣渡 まずはトランコムの歩みから伺えればと思いますが、創業はおじい様になるのでしょうか?

武部 もともと祖父と伯祖父が富山県礪波市で運送業を営んでいたんですが、中小の運送会社を集約・強化したいとの国策によって数社が合併することになり、のちのトナミ運輸が生まれました。伯祖父はトナミ運輸の社長をやっていた時期もあるようですが、祖父は初代名古屋支店長として名古屋に赴任したところ、富山に帰らずに当地で創業した。これが現在のトランコム株式会社です。

廣渡 名古屋が気に入ってしまったんですね(笑)。

武部 やはり経済圏が大きかったことと、自分の力でやってみたいという想いがあったようです。
最も古いお取引先が、キッコーマンや資生堂でした。

廣渡 最初からビッグネームだ。

武部 運送会社の数自体が少なかったという事情もあるかも知れませんが、創業時からお客様には恵まれていました。その後、三洋電機(現 パナソニックグループ)とのお取引が始まったのを機に、倉庫業や運輸業のグループ会社を相次いで設立していくと、それがSONYやシャープとの取引に繋がっていった。

廣渡 家電メーカーとの取引が拡大していくわけですね。

武部 このあたりは父の時代になるのですが、各メーカーの商品を家電量販店に納入していくなかで、量販店にとってもトランコムにとっても、一括して納品したほうが効率的だと考えました。それが1980年代にスタートした、家電業界で日本初となる共同配送です。おかげさまで喜んでいただくことができ、私たち自身、事業を大きく発展させることに成功しました。

廣渡 その後、1995年に上場された。実は私、当時のトランコムの目論見書を読んでいたんです。目論見書といえばどの会社のものも白ばかりだったんですが、トランコムは紺色(笑)、あれはインパクトがありました。カタカナの社名も珍しかったですし。

武部 ドットコム時代に先んじて社名に「コム」がついていた(笑)。
上場は父が先輩から勧められたのがきっかけだったようです。当時グループに十数社あったのですが、上場に向けて組織再編すべく、合併を重ねていきました。売上は50億円程度だったので、今考えるとよく上場できたなと。この時代としては大手と認識されていたのですが。

廣渡 名古屋を中心とした経済圏のなかで、トランコムの存在感が相当高まっていたのでしょう。

武部 役員室を整理していたところ地図が見つかったんですが、それが愛知県のものだった。かつては県内の拠点戦略を役員室で議論していたのかと思うと、感慨深かったですね。

廣渡 それが日本地図となり、ASEANの地図となっていった。おじい様が礎を築き、お父様が発展させた会社ということになるでしょうか。

武部 父は仲間に恵まれたんだと思います。会長(現 取締役最高顧問)の清水を始めとした進取の気性に富んだ仲間たちが、これまでになかった共同配送サービスを立ち上げた。号令をかけたのは父ですが、会社設立から人材採用、事業化に至るまで全て清水がやり遂げたようです。

廣渡 進取の気性というのが、トランコムの企業文化なのでしょう。

トランコム3つの転機

武部 そうですね。新しいことには積極的にトライしています。例えば、1990年代には内勤者全員にパソコンを支給したのですが、ソリューションを提供してくれたNECから導入事例として広告に使いたいと依頼されるほど、先進的な取り組みでした。

廣渡 Windows95が発売され、インターネットが一般家庭にも普及し始めた時期ですよね。
積極的に変化していくなかで、トランコムの転換点はどういったものでしょうか?

武部 3つあるのですが、2000年にサードパーティーロジスティクス(物流センター運営)事業と物流情報サービス事業(求貨求車サービス)を中核と位置づけたことと、2002年に物流情報サービスを強化すべく、情報システムに累計で20億円近く投資したこと。あとはやはり2005年、社長が清水に交替したことですね。

廣渡 物流情報(求貨求車)サービスというのは、どういったものでしょうか?

武部 簡単にいうと、貨物情報と空車情報をマッチングさせるサービスです。もともとは、車両を担当する社員と貨物を担当する社員がペアになり、それぞれがノートに手書きした空車情報と貨物情報を消し込んでいた。

廣渡 さすがに当時はアナログですね(笑)。
これをシステム化していった。

武部 基本的な発想は当時と変わりありませんが、決定的に違うのは、ひとつの情報を入力すると、40~50名の営業スタッフ(アジャスター)で共有できることです。

廣渡 こうしたサービスに競合会社はあるのでしょうか?

武部 たくさんありますが、規模感でいうとやはり私たちトランコムが圧倒的であると自負しています。日本の物流会社6万社のうち1万3千社、車両台数でいうと全国100万台のうち20万台が私たちのサービスを利用していただいています。

廣渡 それほどシェアを取ってしまうと、これから参入しようとしてもなかなか太刀打ちできませんね。

武部 このビジネスは三拍子揃わないと成り立ちません。荷主さんがいて、運べる車があって、両者を調整できる営業スタッフがいること。希望価格や時間帯など、輸送に関する条件はさまざまです。リアルタイムな情報が提供できなければ、ユーザーは離れていってしまいますから。トランコムには全国四十数ヶ所の情報センターがあり、約700名のアジャスターが約1万件の貨物情報と約1万件の空車情報をみながら、毎日約6千件をマッチングしています。

武部新社長からみた、トランコムという組織

廣渡 このあたりで、武部さんご自身の話もぜひ伺いたいと思います。
創業者のお孫さんとして、やはり昔からトランコムを継ぐことを意識されていたのでしょうか?

武部 幼いころから、継ぐことになるんだろうなと漠然と考えながら育ちました。

廣渡 名古屋には高校まで?

武部 そうです。高校時代、勉強が面白くなってしまって、慶應大学の理工学部に進学しました。
卒業論文ではニューラルネットワークをテーマにしたこともあって、卒業後は、とある半導体の専門商社に入社し、2年半働きました。半導体の知識は今でも活かせていると思います。

恒川 彼は本当に頭がよくて、名門の千種高校を主席で卒業し、どうしても慶應に行きたいと言って推薦で入学した。それくらい勉強好きで、実際によくできた。今は仕事が生きがいなんですよ、あとお酒も(笑)。

廣渡 そんなにお好きなんですね(笑)。

武部 強くはないんですが、お酒は燃料ですから、飲まないとガス欠になってしまいます(笑)。

廣渡 この2年、仕事でお酒を飲む機会はずいぶん減ってしまいましたよね。トランコムは東京や埼玉にも拠点があるようですし、現場に足を運ぶ機会も増えるでしょうから、落ち着いたら今度ご一緒させてください。

武部 そうですね、ぜひお願いします。

廣渡 話を戻しますが、半導体の専門商社には2年半在籍し、その後トランコムに入社された。

武部 1999年、25歳でした。ひととおり現場を経験した後、2005年に本社の企画部門に異動しました。事業部を支える本社組織という仕事の、難しさや楽しさを実感することができましたね。

廣渡 ちょうど拡大していく局面ですから、組織運営も難しくなりますよね。

武部 これはトランコムの良い点だと思いますが、各事業部や事業所トップの意思を尊重する社風があるんです。現場で多少の失敗があったとしても、彼らのモチベーションを損なわないよう、どんどん応援していく役割に徹していました。

廣渡 現在では6千5百人を超える従業員がいらっしゃるということで、ともすれば大企業病になってしまう危険性もあります。

武部 大企業病というものを定義することは難しいですが、一定の課題感があるのも事実です。ただ、多くの部分において、一般に大企業病といわれるような状況にはないと、私は思っています。

廣渡 創業来築きあげてきた企業文化が浸透しているんでしょうね。

武部 ベンチャースピリットというか、誰かがリーダーシップを取って組織全体を引っ張っていくというのではなくて、事業所や事業部が互いに連携しながら、それぞれ新しいことに取り組んでいく。その集合体がトランコムなんです。

廣渡 先ほどの共同配送や求貨求車サービスもそうですが、新しいテーマにしっかりと取り組まれていますよね。まさに進取の気性が根付いていると感じます。

武部 世の中のお役に立ち、感謝していただけることに喜びを感じる。トランコムの従業員のほとんどがそういう人間だと信じています。だからこそ、積極的に挑戦し続けられるんじゃないかと思います。
逆に、言われたことをそのままやりたくないという気質も、ないこともありませんが(笑)。

海外進出、AGSとの出会い

廣渡 挑戦という意味では、トランコムは海外で苦戦されていた時期もあったように見受けられますが、今年1月にシンガポールの会社を買収されましたね。

武部 日系企業はこれからも海外進出を続けるでしょうから、私たちとしてもこれをお手伝いしたい。もちろん、会社としての競争力を高めていくためにも、海外事業の強化は重要です。
ただ、誤解を恐れずにいうと、私たちは仕事をやるからには楽しむことが大切だと考えています。新しいマーケットで新しいビジネスを創造していくことは、新しいお客様に喜んでもらうことに繋がります。何より、社員の笑顔をみると「やっててよかったな」と思える。

廣渡 武部さんご自身が海外を担当されていて、やはりお好きなんでしょうね(笑)。

武部 2008年にタイでビジネスをやりはじめて、その後インドネシア・中国と進出しました。各地でいろいろな方々といっしょに仕事ができるというのは純粋に楽しいですし、血が騒いでしまうんです(笑)。

廣渡 私もAGSの海外ネットワークを構築するために30ヶ国ほど回ったのですが、本当にエキサイティングだと感じます。

恒川 海外といえば、これはAGSさんとの出会いの話になりますが、はじめてご挨拶いただいた2011年当時、正直あまり関心がなかったことを思い出しました(笑)。

廣渡 普通はそんなものでしょうね(笑)。

恒川 ところが、たまたまその年か翌年あたりでしょうか、税務調査が入った。私たちトランコムは規模が大きくなったうえに海外にも進出しはじめていて、対応が難しくなっていました。そこで、全く取引のなかったAGS名古屋支社の責任者の方にご相談したんです。

廣渡 海外進出など事業が拡大したり複雑化したりしていくタイミングで、税務にお悩みを抱えるようになる経営者は数多くいらっしゃいます。

恒川 その時にすごく覚えているのが、担当者の方がその場で「わかりました、AGSとしてできる限りのお手伝いをさせていただきます。」とはっきりおっしゃったこと。実際に毎日来て、熱心にご対応いただいたんですが、これまでイメージしてきた税務顧問像をはるかに超えるものでした。税務の知識はもちろんのこと、人としての姿勢が本当に素晴らしいと思いましたね。

廣渡 ありがとうございます。

恒川 AGSさんのような大きな会計事務所とお取引きすることに、最初は抵抗があったのも事実です。ですが、信頼できるプロフェッショナルときちんと付き合っていくことで、私たち自身も成長していくべきだなと実感した。ある意味、衝撃的な体験でしたね。

廣渡 そこまでおっしゃっていただくと、身の引き締まる思いです。私たちAGSは単なる専門家を目指すのではなく、人間力を大切にしています。この対談が始まる前にも、少し実務の話をさせていただきましたが、引き続きよろしくお願いいたします。

恒川 先ほど武部が中国進出の話をしていましたが、当時三井物産との協業の件で、2015年に武部は海外担当執行役員として中国に駐在することになった。ローカルドライバーの労務など、日本とは勝手の異なる環境のなかで、ものすごく苦労したようです。

廣渡 中国のどちらですか?

武部 駐在したのは天津です。もちろん苦労もありましたが、良いこともありました。みんなで車座になって飲むなど、日本とは少し違う空気を味わえたことも楽しかったですね。

新分野の開拓と、次のトランコム

恒川 帰国後、武部は中国で培った自動車関連の物流ノウハウや人脈を頼りに、日本で自動車メーカーに営業活動を始めました。もちろん、トランコムのサービスが優れていたこともあったはずですが、それ以上に彼の熱意が伝わったんだと思います。結果、忘れもしない令和元年5月1日に、大手自動車メーカーから物流パートナーの1社に選ばれました。物流分野では実に三十数年ぶりなんだそうです。

廣渡 それはすごいですね。

恒川 特に、今後もっとも伸びていくであろうEV用電池の分野について今まさに進めています。お客様の大きな流れに寄り添うことで、私たち自身も拡大していくことができる。その意味で、この分野には大変期待しています。

廣渡 大手自動車メーカーの物流パートナーとしての志は?

武部 新しい事業を創っていくうえで、良いパートナーとして選んでいただけたことはありがたいと感じます。これまでの物流パートナーさんは、長い歴史の中でさまざまな苦労を経験しながら関係を築かれているわけですから、後発業者が出しゃばってもうまくいきません。伝統的な部品物流を手掛けながらも、電池物流を戦略的に強化していきたいと考えています。
電池の物流という分野は非常に難しくて、どの会社でもできるわけではないんですが、その分やりがいがありますよね。

廣渡 自動車業界にとっても重要な分野でしょうからね。

武部 これまで自動車メーカーにとってエンジンが最も重要なパーツでしたが、今後は電池の重要性が高まっていきますから。

廣渡 最後に、2021年4月より中期経営計画「TRANCOM VISION 2025」を始動されましたが、新社長として改めてどのようなことをお考えですか?

武部 会社というものは社会の一部ですから、「世の中に役立つためにどのような役割を果たしていくか」ということに尽きると思います。当社の従業員は特に、難易度の高い仕事にこそ価値を求めます。それは、達成した時により多くの感謝がいただけるから。もちろん、良いサービスを提供できているのであれば、仕事の量も増えていくはずです。私は社長として、こうした現場の喜びを継続的に発展させるべくバックアップしたいと考えています。

廣渡 「アイデアとテクノロジーを組み合わせた」という表現が素晴らしいですね。これまでアイデアで成功してきた分野を、優位性のあるうちにデジタル化していくことによって、さらなる発展を遂げられることを期待しています。
本日はどうも、ありがとうございました。

※この記事は2022年3月17日の取材を基に作成したものです。
※対談時はマスクの着用など、感染防止策を講じたうえで実施しています。

【トランコムグループのご紹介】
トランコムグループは、サプライチェーン全体を捉え、最適な物流システムを構築・提案・運営する総合物流カンパニー。強みである全国20万台規模の中長距離を中心とした貨物と空車のマッチング(求貨求車サービス)、物流センター運営などのネットワークやノウハウを最大限活用し、アイデアとテクノロジーを組み合わせた、“「はこぶ」仕組みの創造”を中長期ビジョンに掲げ、広く多くの企業に利用されるプラットフォーム構築を図っています。

  • 武部 篤紀

    武部 篤紀

    たけべあつのり

    トランコム株式会社 代表取締役 社長執行役員

    1974年、愛知県生まれ。97年に慶應義塾大学理工学部を卒業後、トランコムに入社。ロジスティクス部門、経営企画部門を経て、2015年に海外担当執行役員として中国に赴任。17年に日本に戻り日本国内と海外でのオートモーティブロジスティクスの事業化を牽引。22年より社長就任、現在に至る。

  • 恒川 穣

    恒川 穣

    つねかわゆたか

    トランコム株式会社 取締役 シニアアドバイザー

    1961年、北海道生まれ。86年に中央大学法学部を卒業後、2008年トランコムに入社。経営企画部門、管理・システム部門を経て、16年に社長就任。経営の質的改革を推し進めるとともに、中期ビジョン実現に向け邁進し、22年よりシニアアドバイザーに就任、現在に至る。

  • 廣渡 嘉秀
    interviewer

    廣渡 嘉秀

    ひろわたりよしひで

    株式会社AGSコンサルティング 代表取締役社長

    1967年、福岡県生まれ。90年に早稲田大学商学部を卒業後、センチュリー監査法人(現 新日本監査法人)入所。国際部(KPMG)に所属し、主に上場会社や外資系企業の監査業務に携わる。 94年、公認会計士登録するとともにAGSコンサルティングに入社。2008年より社長就任。同年のAGS税理士法人設立に伴い同法人代表社員も兼務し、現在に至る。

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