上場企業は、株式市場で株式の取引が日々行われており、客観的な株価が形成されていると考えられます。株式市場で形成される取引価額がその会社の時価を表すため、非常に分かりやすいです。
一方、非上場企業の場合、その株式についての市場価格が存在しないため、客観的な時価総額が分かりません。非上場企業のM&Aや新株発行による資金調達をする際には、企業価値評価が必要です。本稿では、どのようなときに、どのような目的で、どのような手法で企業価値評価をするのかについて解説します。
目次
- 企業価値評価(バリュエーション)とは?
- 企業価値評価の使用目的
- M&A
- 資金調達
- 相続・贈与
- 上場企業と非上場企業の企業価値評価の違い
- 上場企業の企業価値評価方法
- 非上場企業の企業価値評価方法
- 企業価値評価の計算方法
- マルチプル法
- DCF法
- 純資産額法
- まとめ
企業価値評価(バリュエーション)とは?
企業価値評価とは、企業の価値を評価する事を意味します。
経営者が株主に対して自社の経営状況などを説明する場合、増資に際して自社の企業価値を評価する場合、他企業を買収するかどうかの検討のためにその企業の価値を分析する場合、などがあります。
企業価値評価の使用目的
企業価値の評価は様々な場面で行われますが、その中でも重要な以下の3つをご紹介します。
M&A
企業を買収する場合の一般的な方法として株式譲渡がありますが、取引価格は双方で合意した金額となります。
合意のための材料として、交渉の基準となる金額を算出するために企業価値評価を行います。
売り手の視点
売り手としては、少しでも高い金額で評価してもらいたいと考えます。その結果、売却による収入も大きくできるのです。事業計画をもとに、後述するDCF法やマルチプル法などの計算方法を用いて企業価値を算定し、売却価額の希望額とします。
希望額としては、事業計画などの財務情報を基準とした算定結果だけでなく、数字では表されない要素も勘案されることがあります。
具体的には、以下の内容が挙げられます。
- 特許やノウハウ
- 優れた技術者などの人的資源
- 特定の取引先などの外部との関係性
これらは定量化しづらい項目ではあるものの、金額交渉の後ろ盾となったりします。
買い手の視点
買い手は売り手とは逆に、少しでも低い金額で買収したいと考えます。取得価額を抑えて浮いた資金を事業拡大などに充てられるだけでなく、買収時に発生するのれんの償却負担も抑えられるためです。
買い手は、買収予定の企業から過年度の財務情報や事業計画などの情報を入手し、独自に企業価値の算定を行います。その際に用いられるのも売り手と同様に、DCF法やマルチプル法などが一般的です。
資金調達
第三者割当増資の方法により資金調達をする際にも、企業価値評価をします。新株発行をするときに企業の価値が分からないと、発行する株式の一株あたりの金額が決められないためです。
出資者としても、どれだけの持ち株比率を得られるのか、どれだけの投資利益が見込めるのかなどを検討するために必要となります。
出資者(非上場企業の増資の引受者)の視点
出資者の視点は、投下した資金が回収できるか、投資資金から利益が獲得できるかです。出資者にとって、事業計画の達成や将来のエグジットの実現可能性、エグジット時点での期待利益の測定が重要となります。
出資者にとってエグジットとは、IPOやM&Aによる投資資金の回収のことを指します。
調達者(株を発行する非上場企業)の視点
調達者は、第三者割当増資をすることによって資金を調達します。この際、非常に重要となるのが資本政策です。特定のラウンド(資金調達フェーズ)でどれだけの割合の株式を発行するのかなどを、資本政策で計画することになります。
株式の発行者としては、必ずしも発行時点での企業価値評価を上げて新株発行の割合を下げたいとは限りません。資本参加してもらいたい企業の投資予算と持株比率の要請から、企業価値を抑えたほうがいいという判断になることもあります。
企業価値評価をあまりに上げすぎると、以後の資金調達が困難になってしまうこともあります。
相続・贈与
株式の相続や贈与の際にも、企業価値評価を行います。
ある程度の客観性を持たせるために、評価方法や基準は国の税務当局が定めたものを使用することとなります。
当事者の視点
相続や贈与を受ける者は、相続税や贈与税を納税しなければなりません。当事者は、できれば税額を抑えたいと考えるでしょう。株式の価値をできるだけ下げられれば税額は抑えられるのです。
非上場株式の場合、土地や建物と異なり、その価値を下げる手法は限定的です。
税務当局の視点
税務当局は、税額の計算が公平かつ正確に行われているかを判断します。
納税者ができるだけ評価を下げて税額を抑えようとしていないかどうかなど、税務調査で判断することとなります。
上場企業と非上場企業の企業価値評価の違い
上場企業の企業価値評価方法
上場企業において、企業価値評価の手法は特に問題になりません。
上場企業は日々株式市場で株式の取引が行われているので、客観的な株価の形成が行われていると考えられます。株式市場で形成される取引価額がその会社の時価を表すため、改めて企業価値を算定する必要がないのです。
ただし、株式市場での取引価格はマーケットの状況にも左右されることがあるので、一定期間の市場株価の動きを観測する必要があります。
また、上場会社であっても、公開買付け(TOB)や他の上場会社との統合の際には、市場株価だけでなく、マルチプル法やDCF法による評価も行われます。
非上場企業の企業価値評価方法
上場企業と異なり非上場企業は株式市場での取引はないため、客観的な価格が存在しません。
非上場企業の評価手法には主に3つあり、いずれかを採用するか組み合わせて評価します。
企業価値評価の計算方法
企業価値評価の計算方法は様々です。
企業情報がある程度開示されている上場企業と、客観的なデータがあまり開示されていない非上場企業においては企業価値評価において使用される計算方法が異なります。
ここでは特に、非上場企業の企業価値評価において使用される3種類の計算方法をご紹介します。
マルチプル法
特定の指標を用いて、倍率での計算により企業価値を評価するマーケットアプローチに分類される手法です。
PER(株価収益率、Price Earnings Ratio)、PBR(株価純資産倍率、Price Book-value Ratio)、EV/EBIT倍率、EV/EBITDA倍率という指標を基準に評価する方法があります。
上場企業は株式市場で客観的な評価額を日々形成しているため、上場企業の市場株価は一定の確度を持った評価額だと想定できます。
その上場企業の特定の指標を用いることによって、倍率で算定する手法がマルチプル法になります。
指標の選択
マルチプル法を採用するにあたって、まず使用する指標を選択します。上記のとおり、PER、PBR、EV/EBIT倍率、EV/EBITDA倍率等がありますが、一般的には、EV/EBITDA倍率が多く使われています。
ただし、どの上場企業でもいいというわけではなく、評価対象会社の業種、ビジネスモデル等が類似している上場会社を選定した上で、さらに売上高や利益の規模が類似しているといったスクリーニングを実施する必要があり、これら選定された複数の上場会社の指標の平均値などを乗じることによって、評価対象会社の企業価値を求めます。
適切なマルチプル
マルチプル法においては、選択する類似上場企業によって企業価値評価が大きく左右されてしまいます。より客観性を持たせるためには、1社ではなく複数の類似企業を選定し、その平均値や中央値などを用いることがあります。
類似会社を選定する際には、評価対象会社へのヒアリングを行ったり、四季報等を参考にし、各種ステークホルダーが納得のいく選定手続きが必要となります。
また、選定した類似上場企業の市場株価形成に異常がないかも検証する必要があります。
長所と短所
マルチプル法は、類似上場会社の指標を用いることから一定の客観性があるものの、基準とする企業の選定により大きな変動が生じてしまうというマイナスの側面もあります。
また、評価対象会社が属する業界一般の成長性は反映されるものの、評価対象会社自身の成長性を織り込めないという側面もあります。
DCF法
評価対象企業のFCF(フリー・キャッシュ・フロー)を基準として、企業の価値を評価する手法です。
フリーキャッシュフローは、事業から生み出される利益に非支出費用(減価償却費など)を加算し、設備投資資金などを減算して計算します。
事業計画とフリーキャッシュフロー
企業のFCFを算定するにあたっては、3〜5年の事業計画上の利益および事業計画に含まれる非支出費用などを考慮します。
この事業計画の数値によって、評価額は大きくも小さくもなるため、事業計画の達成可能性についてはきちんと検証する必要があります。また、事業計画に加えて、設備投資等の計画なども必要となります。
ベンチャーディスカウント
非上場企業の評価においては、ベンチャーディスカウントという考え方が存在しています。
非上場企業特有の不確実性が存在するため、その不確実性を算定された評価額に反映させるものです。どの程度のディスカウントをするかは、評価対象企業のステージによって変動します。
そのほかの計算要素
FCFを算定したあとは、将来のFCFを割引計算することで現在価値を割り出します。
その際の割引率も、計算結果を左右する要素の一つとなります。割引率には、WACC(加重平均資本コスト、Weighted Average Cost of Capitalの略)を使用するのが一般的です。
WACCは、負債コスト(有利子負債の利率など)と株主資本コスト(株主が期待する利益)の加重平均によって求めます。そのほか、ベンチャー企業の企業価値評価では割引率に加えて、企業の成長率を勘案して割引計算をすることがあります。
長所と短所
DCF法は理論的ではあるものの、将来の事業計画に基づいており、完全に客観的であるとはいえない計算方法です。
評価者としては、事業計画の精査を行って一定の調整を加えたり、ベンチャーディスカウントを加えたりして、その短所を補います。
純資産額法
純資産額法とは、評価対象会社の評価時点における財務諸表上の純資産をもって、企業価値とする手法です。
単純に数字上の純資産額を企業価値とする場合もありますが、財務諸表に計上されている資産や負債を改めて時価に評価し直すことが一般的です。一番客観的な評価方法ともいえるため、M&Aや資金調達の場面で用いられる場合もあります。
長所と短所
純資産額法は、計算式が簡単で分かりやすい点が長所となる一方、企業の将来性が含まれていない点や、貸借対照表以外の情報が考慮されない点などが短所となります。
まとめ
非上場企業の企業価値評価においては絶対的な計算方法はなく、その目的もさまざまです。
それぞれの評価手法の特徴を理解し、目的や立場に応じて適切な選択をすることで有効な企業価値評価をする必要があります。