株式譲渡は中小企業のM&Aで多く活用されている手法です。比較的簡易なM&Aの手法である為、特に後継者のいない会社オーナーが採用するメリットがあります。また、押さえておくべきポイントも多くあります。この記事では、株式譲渡の概要やメリット・デメリット、主な手続きについて解説するので、ぜひご参考ください。
目次
- 株式譲渡の概要
- 株式譲渡とは
- 株式譲渡と事業譲渡との違い
- 株式譲渡と会社合併との違い
- 株式譲渡の方法
- 株式譲渡のメリット
- 売り手側のメリット
- 買い手側のメリット
- 売り手・買い手共通のメリット
- 株式譲渡のデメリット
- 売り手側のデメリット(100%経営権を譲渡する場合)
- 買い手側のデメリット
- 譲渡制限のある株式を譲渡する際の手続き
- 1.株式の譲渡制限を確認
- 2.株式譲渡承認請求
- 3.取締役会または株主総会
- 4.株式譲渡契約の締結
- 5.株主名簿の書き換え
- 株式譲渡にかかる税金
- 売り手側の税金
- 買い手側の税金
- 株式譲渡の注意点
- 株券発行会社は株券交付が必要
- 株主の所在が不明の場合
- 従業員持株会の株式譲渡
- 名義株がある場合
- まとめ
株式譲渡の概要
まず最初に、株式譲渡とはどのような取引なのか、基本的な内容を解説します。
株式譲渡とは
株式譲渡とは、譲渡対象企業(売り手)の株主が保有株式を譲受先(買い手)に売却し、経営権を引き継ぐ取引手法です。売り手企業側の株主は譲渡の対価として金銭を受け取り、買い手側は対象企業の経営権を得ます。
株式譲渡契約は当事者の合意のみで効力が発生します。売り手が株券を発行している場合、株券を引き渡しますが、株券不発行会社であれば株券の交付は不要です。
株式譲渡の効力発生後も、権利行使のためには株主名簿の名義書換が必要です。株式譲渡は会社の規模拡大や組織再編、事業承継などさまざまな目的で利用されています。手続きが簡易なため、中小企業のM&Aとして多く採用されている手法です。
株式譲渡と事業譲渡との違い
株式譲渡と混同しやすいM&A手法に、「事業譲渡」があります。事業譲渡とは、譲渡する側の事業の一部または全部を相手方に売却することです。株式譲渡では譲渡の目的物が株式であるのに対し、事業譲渡では譲渡の目的物が事業となります。
事業譲渡の対象となるのは機械設備のような有形資産だけでなく、従業員や取引先、ノウハウなどの無形資産も含まれます。経営権は買い手に移らず、特定の事業を譲渡する取引です。また、事業譲渡は買い手側が必要な資産だけを引き継ぐ事ができ、債務は引き継ぐ必要がありませんが、手続きが煩雑で税負担が重いという特徴があります。
株式譲渡と会社合併との違い
会社合併とは、複数の会社を1つの会社に統合するM&A手法です。会社合併には、一方の会社が消滅してもう一方の会社が存続する吸収合併と、既存の会社を解散して新設会社に全ての資産を移行する新設合併があります。
株式譲渡では株式を売却する対象企業は存続しますが、会社合併においては、対象企業の権利義務関係はすべて統合先の会社に引き継がれ、会社としては消滅します。
株式譲渡の方法
株式譲渡の買い手側企業は対象企業の株主から株式を取得します。取得する方法には、以下3つの種類があります。
- 公開買付(TOB):株主からの公告により、買い手が上場企業の株式を市場外で買い集める方法
- 市場買付:上場企業の株式を公開取引市場で買い集める方法
- 相対取引:非上場企業の株式を株主との直接交渉で取引する方法
このうち、非上場の中小企業では相対取引による株式譲渡が行われます。
一般的に中小企業の株式は、オーナー社長が大半を保有しているケースがほとんどです。その場合、オーナー社長と買い手の間で合意できれば、スムーズな経営権の移転ができます。
しかし、株式が多くの株主に分散し、個別に交渉が必要な場合、株式譲渡手続きに時間がかかったり、交渉が難航する場合があります。
株式譲渡のメリット
株式譲渡にはいくつかのメリットがあります。ここでは、売り手側と買い手側のそれぞれの立場でメリットを解説します。
売り手側のメリット
株式譲渡で株式を売却する株主のメリットは、次のとおりです。
事業を存続できる
株式譲渡では、対象となる企業の株主が変わるだけで、従業員の雇用や顧客との取引関係も存続します。
売り手企業の経営者が株主でなくなるだけであれば、経営方針を大きく変えることなく事業が継続できます。
また、買い手企業の子会社になることで、ブランド力や事業資産の活用による発展も期待できるでしょう。
株式の譲渡対価を受け取れる
対象企業の株主(売り手)は、株式譲渡の対価を受け取れます。
非上場企業の場合、株主は保有株式を売却したくても買い手を見つけるのが困難ですが、株式譲渡では契約後に金銭を対価として受け取れます。
また、オーナー社長が自社株を売って手にした金銭は、退職金代わりに使うことも可能です。
株式の譲渡にかかる税金を抑えられる
事業譲渡において、売り手の株主へは譲渡益の約30%の法人税がかかりますが、株式譲渡では譲渡益に対する所得税・住民税の20.315%で済みます。
そのため、譲渡益に対する手残りは株式譲渡のほうが有利です。このように、中小企業のオーナー社長が株式譲渡をした場合の利益は、創業者利益とも呼ばれます。
買い手側のメリット
一方、株式譲渡で対象企業の株式を買い取る側のメリットは次のとおりです。
会社の経営権を掌握できる
株式の過半数を保有する株主は、その会社の支配権を持ちます(会社法2条3項)。
一般的に、中小企業は発行済株式数が少ないため、M&Aで全株式の取得をしやすい傾向があります。
全株式を取得できれば買い手側は支配権を行使しやすくなりますが、2/3以上の株式を保有していれば株主総会の特別決議が可能となります。
売り手・買い手共通のメリット
株式譲渡における売り手側・買い手側共通のメリットも見ておきましょう。
手続きが比較的簡単
株式譲渡は、対象企業の株主と買い手の取引に支障がなければ、短期間で手続きが完了します。
債権者保護の手続きや公告が原則不要であるなど、必要な手続きが他のM&Aよりも少ない点がメリットといえます。
従業員や許認可などの引き継ぎが可能
株式譲渡では、従業員との雇用契約や事業で必要な許認可などが引き継がれる点もメリットといえます。
事業譲渡では譲受側が許認可などを改めて取得しなければなりませんが、株式譲渡では、株式の取得が完了するとすぐに事業活動を始められます。
株式譲渡のデメリット
続いて、株式譲渡の注意点やデメリットを売り手側と買い手側に分けて解説します。
売り手側のデメリット(100%経営権を譲渡する場合)
株式譲渡で売り手側となる株主には、以下のような事が起こり得るデメリットがあります。
全株式の譲渡が難しい場合がある
買い手側が100%の株式取得を目指す場合、反対する株主や所在の分からない株主がいると、全株式の譲渡が行えません。
このような場合には、対象企業の大株主が強制的に株式を取得する「スクイーズアウト」を活用し、少数株主を排除する方法があります。
しかし、スクイーズアウトを活用するには要件を満たし、対価の支払いも必要です。そのため、少数株主の存在は株式譲渡にはデメリットになります。
不採算事業のために譲渡価格が下がる場合も
株式譲渡は事業譲渡と違い、一部の事業だけを譲渡するわけではありません。
売り手企業に不採算の事業があると、譲渡価額が下がる可能性があります。
その場合、より良い条件で売却するには、会社分割などで不採算事業を切り離す方法などを検討する必要があります。
買い手側のデメリット
株式譲渡で対象企業の株式を取得する買い手側には、以下のような事が起こり得るデメリットがあります。
多額の資金が必要となる場合がある
株式譲渡の対象企業に純資産が多い場合は、株価が高額になり、買い手側は多額の買収資金が必要になります。
そのため、自己資金で購入代金をまかないきれない場合、銀行借り入れなどで資金調達をしなければなりません。
簿外負債を引き継ぐリスクがある
株式譲渡では、会社資産だけでなく負債も引き継ぐため、事前に簿外債務の有無を確認しておく必要があります。
簿外債務とは帳簿上に載らない債務のことで、中小企業ではよくあるケースです。そのため買い手側としては、株式譲渡の手続きが完了してから多額の簿外債務が発覚することのないよう、予め注意する必要があります。
全株式の取得が難しい場合も
対象企業の株主が分散している場合、全株式の取得は難しいケースがあります。
これは、株主が売却に応じてくれなかったり、連絡が取れなかったりする場合があるためです。
全株式の取得を目指す場合、事前に対象企業の株主の人数や、それぞれの持ち分割合を確認することが大切です。
譲渡制限のある株式を譲渡する際の手続き
一般的に、非上場企業の株式には譲渡制限があります。上場会社であれば、公開取引市場を利用して自由に株式を売買できますが、譲渡制限株式の譲渡には、会社の承認が必要です。
ここでは、譲渡制限株式の株式譲渡の手続きの進め方を解説します。手続きの流れは以下のとおりです。
- 株式の譲渡制限を確認
- 株式譲渡承認請求
- 取締役会の開催(取締役会非設置会社の場合は株主総会)
- 株式譲渡契約の締結
- .株主名義の書き換え
1.株式の譲渡制限を確認
譲受企業が株式譲渡の手続きを行うにあたり、対象企業の株式の譲渡制限の有無を確認します。
確認の方法としては、会社の定款を参照し「株式の譲渡に会社の承認を要する」旨が規定されているかを調べます。
あるいは、株式譲渡制限は会社の登記事項のため、登記簿の「株式の譲渡制限に関する規定」欄で確認することも可能です。
2.株式譲渡承認請求
譲渡制限株式の売買にあたっては、株式を譲渡する株主から会社に対して「株式譲渡承認請求」を行います。
請求には必要事項を記載した「株式譲渡承認請求書」を提出し、取締役会や株主総会の承認を得る必要があります。
3.取締役会または株主総会
株式譲渡承認請求の承認を得られたら、取締役会を設置している会社は取締役会、取締役会のない会社は株主総会を開催します。
多くの中小企業の場合、株主と会社の役員間では事前に株式譲渡の承認が得られているため、その際の承認機関の決議は形式的な手続きとなります。
株式譲渡が承認されると、譲渡制限株式の売買が可能になります。
4.株式譲渡契約の締結
株式を譲渡する株主は、承認通知を受けた後に買い手と株式譲渡契約を締結します。
譲渡側と譲受側双方が必要事項を記載した「株式譲渡契約書」に記名押印すれば、契約手続きは完了です。
5.株主名簿の書き換え
株式譲渡の効力は、譲渡制限株式の譲渡だけでは発生しません。
譲渡側(売り手)と譲受側(買い手)が共同で会社に対し株主名簿の名義書換請求を行い、株主名簿を書き換えてもらいます。
株式譲渡にかかる税金
株式譲渡では、ケースによって以下のように所得税・住民税・法人税がかかります。
譲渡価格 | 個人から個人 | 個人から法人 | 法人から個人 | 法人から法人 |
---|---|---|---|---|
時価 | 売り手:譲渡所得税 買い手:課税なし | 売り手:譲渡所得税 買い手:課税なし | 売り手:法人税 買い手:課税なし | 売り手:法人税 買い手:課税なし |
時価の1/2未満 | 売り手:差額※に譲渡所得税 買い手:差額に贈与税 | 売り手:譲渡所得税 買い手:差額※に法人税 | 売り手:譲渡益に法人税 買い手:給与・一時所得 | 売り手:譲渡益に法人税 買い手:法人税 |
時価より高い | 売り手:贈与税(時価を超える部分)と譲渡所得税 (時価の部分) 買い手:課税なし | 売り手:譲渡益に譲渡所得税 買い手:差額※が寄附金 | 売り手:法人税 買い手:課税なし | 売り手:法人税 買い手:寄附金 |
※「差額」とは譲渡価額と時価の差額を指します。
売り手側の税金
株式譲渡で株式を譲渡する株主が個人の場合、譲渡所得税が20.315%かかります。もし時価(第三者間の適切な価格)の1/2未満の金額で譲渡した場合には、譲渡益があれば譲渡価額と時価との差額分に譲渡所得税が課されます。
また、時価よりも高く譲渡した場合は、時価の部分に譲渡所得税、時価を超えた部分に贈与税が課せられるため注意が必要です。
一方、譲渡する株主が法人の場合、譲渡益に対して法人税が課せられます。時価よりも高く譲渡した場合、時価の部分と時価を超えた部分にそれぞれ法人税が課せられます。
買い手側の税金
株式譲渡の譲受側に対しては、時価での取引であれば課税は発生しません。
時価よりも安い金額(時価の1/2未満)で譲渡された場合、個人間の売買では差額に対して贈与税、法人から個人の場合は所得税、買い手が法人であれば法人税が課せられます。
また、時価より高く買った場合、買い手が個人の場合は課税されません。買い手が法人の場合は、差額が寄附金と見なされます。
株式譲渡の注意点
株式譲渡を進める上では、注意すべきポイントがいくつかあります。
株券発行会社は株券交付が必要
株券不発行会社の場合、株主名簿の書き換えをもって株式譲渡の効力が生じ、株券の交付は不要となります。
しかし、株券発行会社が行う株式譲渡は、株券の交付がなければ効力が発生しません。そのため、株式譲渡の契約後は株券の交付手続きが必要です。
株主の所在が不明の場合
株式譲渡を進める為には、株主に対しての通知や催告が必要です。
しかし、株主の所在が不明の場合、5年以上通知や催告が届かず、5年間配当を受領しない場合はその株主の保有株式を売却できます。
また、この条件を満たしていない場合でも、スクイーズアウトで強制的に株式を取得する方法があります。
従業員持株会の株式譲渡
従業員持株会の株式を譲渡するには、従業員持株会加入者全員の承認を得るか、従業員持株会を清算しなくてはなりません。
従業員持株会は非上場企業でも導入している場合がある為、注意が必要です。
名義株がある場合
名義株とは、株主でない人が名前だけ株主名簿に載せている株式です。真の所有者が不明な名義株は、M&Aでトラブルとなる可能性があります。
たとえば、単に名義を貸していただけで実際の株主でなかった人が死亡し、相続人が自分は本当の株主だと誤解して会社に対して権利を行使するケースなどです。
そのため、出資者や名義株となった理由について調査の上、株式名簿の書き換えなどの対応が必要です。
まとめ
株式譲渡はM&Aの中でも簡易な手続きで完結する手法なため、多くのケースで活用されています。
今回ご紹介したメリット・デメリットや注意点等を踏まえ、検討してみてください。
また、手続きや税務など事前に把握すべきポイントは多々あります。十分な準備を行い、スムーズに株式譲渡が完結するようにしましょう。