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会計上の「のれん」とは?会計基準別の償却方法や税務との違いをわかりやすく解説

会計上の「のれん」とは?会計基準別の償却方法や税務との違いをわかりやすく解説

企業がM&Aを実行(他の企業を買収)する際に会計上留意しなければならないポイントのひとつとして「のれん」が挙げられます。「のれん」は勘定科目の1つで、買収先企業の超過収益力を表しており、M&Aを検討する際には頻出する用語であることから、会計処理も含めて正確に理解しておくことが不可欠です。本記事では、のれんの会計処理や償却方法、会計と税務での取り扱いの違いについて解説します。

のれんとは

のれんとは

「のれん」とは、企業の個別財務諸表には現れていない「超過収益力」を意味しており、買収先企業の「ブランド価値」という捉え方もあります。

 

国際財務報告基準(IFRS)では「企業結合で取得した、個別に識別されず独立して認識されない他の資産から生じる将来の経済的便益を表す資産(IFRS第3号「企業結合」)」として定義されており、買収対価(取得原価)と買収される企業の時価純資産額との差額として間接的に計算されます。

 

少し複雑になりますが、順番としてはまず買収される企業の資産・負債に対して取得原価が時価を基礎として配分され、さらに買収される企業の貸借対照表には計上されていない識別可能な無形資産(顧客関連資産など)に配分されます。この手続きは一般的に「PPA(Purchase Price Allocation)」と呼ばれますが、この手続きをしても配分しきれない額、これが差額として「のれん」となります。

 

つまり「のれん」は、個別に識別されていない(目に見えない)買収した企業の人材や技術、ブランド、取引先といった資産価値を表すものといえます。

 

のれんの由来

のれんの由来は、飲食店などの入り口にかかっている「暖簾(のれん)」です。

 

暖簾にはもともと、建物内に風や光が入るのを防いだり、外から目隠ししたりする役割がありました。それが次第に、屋号や店名を入れて店の入り口に掲げられるようになり、店の看板や目印として用いられるようになりました。そこから転じて、現在では信用力やブランド力といった意味も持ち合わせるようになったといわれています。

 

M&Aでは、買収される企業の信用やブランドといった目に見えない収益力を資産に計上することから、「のれん」という言葉が使われています。

 

「負ののれん」とは

 

負ののれんとは、買収対価より買収される企業の純資産額のほうが大きい場合の差額です。

 

以下のように、のれんとは逆の状況で発生します。

 

  • のれん:買収価格>買収先企業の純資産額
  • 負ののれん:買収価格<買収先企業の純資産額

 

買収先企業の純資産額より安く購入できたときに発生するため、会計上は負ののれんが生じた事業年度の利益として処理します。

 

負ののれんが生じる理由

M&Aにおいて、買収される企業は通常「自社を少しでも高く売却したい」と考えます。

 

負ののれんが生じるのは、価格を下げざるを得ない事情があるからです。例えば、以下のような理由が考えられます。

 

  • 経営不振で業績が悪化している
  • 買収後に赤字の発生が見込まれる
  • 訴訟リスクを抱えている
  • 少しでも早く売却したい事情がある

 

純資産額より安く購入できたとしても、買収後に負ののれん(利益)を超える損失が生じるリスクもあります。

 

そのため、M&Aにおいて負ののれんが生じるケースは多くありません。

 

のれん計上時の会計処理

のれん計上時の会計処理

会計上、のれんが発生するM&Aの代表的な形態は以下の3つです。

 

  • 株式取得
  • 事業譲渡
  • 吸収合併

 

どの形態でM&Aを行うかによってのれんの会計処理が変わってくるため、考え方や仕訳方法を理解することが大切です。

 

ここでは、のれん計上時の会計処理と仕訳例を解説します。併せて、負ののれんの会計処理についても紹介します。

 

なお、単純化のためPPAにおいて無形資産は識別されなかったことを前提としています。

 

株式取得

株式取得は、株式を取得することで企業の経営権を獲得する方法です。企業の全株式を取得して子会社化した場合、親会社の個別財務諸表では取得した株式を資産計上するだけで、のれんは発生しません。

 

ただし、子会社化すると連結決算の対象となります。連結決算では、親会社(買収側)と子会社(被買収側)の財務諸表を合算する際にのれんが発生します。

 

株式取得の仕訳例

2億円で相手企業の全株式を取得して子会社化し、子会社の資本金が1億円、利益剰余金が5,000万円の場合、株式取得時に親会社が行う仕訳は以下の通りです。

 

借方貸方
子会社株式 2億円現金預金 2億円

 

親会社の貸借対照表には子会社株式が計上されるだけで、のれんは発生しません。

 

一方、連結決算においては、子会社株式と子会社の資本金・利益剰余金を相殺する必要があります。連結財務諸表を作成する際の修正仕訳(資本連結)は以下の通りです。

 

借方貸方
資本金 1億円子会社株式 2億円
利益余剰金 5,000万円
のれん 5,000万円

 

子会社の資本金と利益剰余金の合計1億5,000万円と、株式取得で計上した子会社株式2億円との差額5,000万円をのれんとして計上します。

 

株式取得により子会社化した場合、連結決算のみでのれんが生じるということです。

 

事業譲渡

事業譲渡とは、事業の全部または一部を他の企業に売却することです。

 

在庫や設備などの有形資産だけでなく、従業員や取引先、ノウハウといった事業に関する無形資産や負債も買い手が引き継ぎます。

 

事業譲渡では、対象事業の時価と購入価格との差額をのれんとして計上します。

 

事業譲渡の仕訳例

売り手企業から事業X(時価5億円)を7億円で取得し、事業Xの内訳が資産6億円、負債1億円の場合(いずれも時価)、買手側の仕訳は以下のようになります。

 

借方貸方
資産 6億円負債 1億円
のれん 2億円現金預金 7億円

 

事業Xの時価5億円(資産6億円-負債1億円)に対し、7億円を支払ったため、差額2億円をのれんとして計上します。

 

吸収合併

吸収合併とは、企業合併の手法の1つです。

 

一方の企業のみを残し、他方の企業を消滅させた上で、消滅企業の権利義務のすべてを存続企業に承継させます。

 

吸収合併では、消滅企業の資産・負債を時価評価し、純資産(資産-負債)と購入価格との差額をのれんとして計上します。

 

吸収合併の仕訳例

企業Yを10億円(時価8億円)で現金対価の吸収合併を行い、時価8億円の内訳が資産9億円、負債1億円である場合の仕訳は以下の通りです。

 

借方貸方
資産 9億円負債 1億円
のれん 2億円現金預金 10億円

 

時価8億円の企業Yを10億円で購入したため、差額2億円をのれんとして計上します。

 

負ののれんの会計処理

上述したように、負ののれんが生じた場合は発生した事業年度の利益となります。

 

のれんは償却しますが、負ののれんは利益として処理するため償却しません。

 

負ののれんの仕訳例

売り手企業から事業Z(時価1億5,000万円)を1億円で購入し、時価1億5,000万円の内訳が資産2億円、負債5,000万円の場合の仕訳は以下の通りです。

 

借方貸方
資産 2億円負債 5,000万円
現金預金 1億円
負ののれん 5,000万円

 

事業Zの時価1億5,000万円(資産2億円-負債5,000万円)より少ない1億円で購入したため、差額5,000万円は負ののれん(特別利益)となります。

 

のれんの会計基準別の償却方法

のれんの会計基準別の償却方法

会計上ののれんは、時の経過に応じて償却(費用計上)します。

 

日本国内において多くの企業が適用している「日本の会計基準(日本基準)」と「IFRS」では、のれんの償却方法が異なります。

 

ここでは、会計基準別にのれんの償却方法を解説します。

 

日本基準の場合

日本基準では、原則として「20年以内のその効果の及ぶ期間」にわたって均等償却します(企業結合に関する会計基準 32項)。

 

例えば、のれんの効果が及ぶ期間を10年と見積もる場合、10年にわたって均等償却していきます。

 

金額が少額などで重要性が乏しい場合は、のれんが生じた事業年度に全額を費用処理することも可能です。

 

のれん償却の仕訳例

計上したのれん1億円の効果の及ぶ期間を5年と見積もるとした場合、毎年2,000万円(1億円÷5年)を償却することになります。償却計上時の仕訳は、以下の通りです。

 

借方貸方
のれん償却 2,000万円のれん 2,000万円

 

のれん償却は、損益計算書の販売費及び一般管理費に計上します。

 

会計基準では、企業結合による収益の増加額は一般的に売上などの営業収益に計上されることから、のれんを含む投資原価の償却額を営業費用として計上することで、投資原価の回収状況を営業損益として表示することが企業結合会計基準の趣旨に合致すると考えられるため、と説明されています(企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針 380項)。

 

IFRSの場合

IFRSでは、原則として「のれんは償却しない」とされています。

 

規則的な償却は行わず、のれんの資産価値が著しく低下した場合のみ減損処理を行います。

 

近年では基準見直しの動きがあり、IFRSを開発する国際会計基準審議会(IASB)でも規則的な償却の導入に関して議論がなされていましたが、2022年11月にこれまでどおり減損のみのモデルを維持することを暫定決定しています。

 

のれんの減損

のれんの減損

減損とは、貸借対照表に計上した資産の価値が著しく低下したとき行われる会計処理です。

 

投資金額の回収が見込めない場合、その資産の帳簿価額を回収可能な金額まで減額します。

 

のれんも減損の対象で、何らかの理由で価値が大きく減少した場合は減損処理を行います。

 

のれんの減損要因

のれんの価値が著しく低下する要因として考えられるものの一例として、以下が挙げられます。

 

  • 買収した企業の経営環境や業績の悪化
  • デューデリジェンス等で把握されなかった、買収した企業のリスク顕在化(不正、簿外債務、その他法務・税務リスク等)
  • 楽観的な見積もり(将来キャッシュ・フロー、シナジー効果など)による高額な買収対価(高値掴み)
  • 経営統合プロセス(PMI)の失敗

 

買収した企業からブランド力やノウハウを獲得しても、上記のような事象が生じると、想定していた収益を得るのが難しくなります。

 

その結果、投資金額の回収が見込めなくなって減損を迫られます。

 

減損の会計処理

のれんの資産価値が著しく低下した場合は、のれんの帳簿価額と回収可能価額の差額を「減損損失」として計上します。

 

減損損失は、減損を実施した事業年度の特別損失として処理することになっており、もし多額の減損損失を計上することになった場合は、業績に大きな影響を与えます。

 

また、税務上は損金として認められないため、税負担の軽減にも期待できません。

 

のれんの減損の仕訳例

「M&Aで取得した事業に関して、当期首におけるのれんの帳簿価額は8,000万円。

 

しかし、市場環境の変化によって売上が大きく減少したため、回収可能価額を3,000万円と見積もって減損処理を行うことになった。」

 

このようなケースがあった場合、仕訳は以下の通りです。

 

借方貸方
減損損失 5,000万円のれん 5,000万円

 

減損損失5,000万円は、損益計算書の特別損失に計上します。

 

のれんの税務上の取り扱い

のれんの税務上の取り扱い

のれんは、会計と税務では取り扱いが異なります。会計と税務でズレが生じると業績や税金計算に影響を与えるため、違いを理解しておくことが大切です。

 

ここでは、のれんの税務上の取り扱いについて解説します。

 

税務上は「資産調整勘定」として処理する

税務では、のれんは「資産調整勘定」として処理します。

 

名称は異なりますが、基本的な考え方は会計上ののれんと変わりません。法人税法では、非適格合併等において交付した金銭の額と、移転を受けた資産および負債の時価純資産の差額を資産調整勘定の金額としています。

 

また、負ののれんは税務上「差額負債調整勘定」と呼ばれます。

 

税務上は5年で償却する

税務においても、のれんは償却して損金の額に算入していきます。

 

会計上の償却期間は「20年以内の効果の及ぶ期間」ですが、税務上は5年です。なお負ののれん(差額負債調整勘定)については、会計上は発生した事業年度の利益としますが、税務上は資産調整勘定と同様に5年で償却します。

 

会計と税務で償却期間が異なる場合、費用と損金にズレが生じるため、税務調整が必要になります。

 

「資産調整勘定」が発生しないケースもある

会計上はのれんが発生しても、税務上は「資産調整勘定」が発生しないケースもあります。

 

上述したように、株式取得によって相手企業を子会社化した場合は、親会社単体の貸借対照表には「子会社株式」のみが計上され、連結決算を行って初めてのれんが計上されます。

 

つまり、連結決算で計上されるのれんは、親会社・子会社それぞれの単体の税務申告には影響を与えないということです。なお、株式取得以外の事業譲渡や吸収合併といったM&Aの形態では、資産調整勘定が発生します。

 

このように、M&Aの形態や納税方法によっては、税務上は資産調整勘定が生じないことを理解しておきましょう。

 

まとめ

会計上の「のれん」とは?会計基準別の償却方法や税務との違いをわかりやすく解説

「のれん」はM&Aにおいて重要な要素の1つであり、PPAなどの手続きが必要であるほか、償却や減損など買収後の財務諸表にも大きな影響を与える項目であるため、会計処理方法や税務上の取扱いに関する正確な理解が不可欠です。

 

特にのれんの減損リスクは経営上もトピックになりやすい項目であるため、精緻なデューデリジェンスおよびPPAを実施して買収先企業の資産・負債について正確に把握するとともに、買収後にしっかりとPMIを実行して、買収により期待していた効果を実現していくことが大切です。

 

一見複雑ですが、一度整理さえすれば難しい論点ではありません。本稿がのれんについて理解を深める一助になれば幸いです。

  • 渡邉 健一

    監修者

    渡邉 健一

    株式会社AGS FAS
    FAS2事業部長・公認会計士

    有限責任監査法人トーマツ入所後、総合商社及び外資系企業などを中心にIFRS・USGAAP適用企業の監査業務に従事。2016-2018年にはシンガポール事務所に赴任し、監査及びアドバイザリー業務に従事。

     

    AGSに入社後は財務・ビジネスのデューデリジェンス(DD)、バリュエーションのほかPMI支援業務を担当。DDで顕在化した課題をバリュエーションに反映し、業務改善ポイントについてPMIで取り組むといった一気通貫でのサービス提供も含め、さまざまなM&A関連サービスを提供している。

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