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海外事業の撤退について解説|最新状況や主なスキーム、適切に行う方法を紹介

海外事業の撤退について解説|最新状況や主なスキーム、適切に行う方法を紹介

海外事業を撤退するときのポイントに付いて解説しています。日本企業の海外事業撤退に関する最新状況や、海外事業を撤退する主なスキーム、海外からの撤退が難しいと言われる理由や適切に撤退するための方法、日本企業が海外進出する際に予め留意しておきたい点などについても紹介しています。海外事業の撤退について課題を感じている方は参考にしてください。

海外事業からの「撤退」とは

海外事業からの「撤退」とは

海外事業の撤退とは、企業が特定の国や地域での事業活動を停止し、その市場から完全に離れる(撤退する)ことを指します。現地のオフィスや工場の閉鎖だけでなく、現地スタッフの解雇や再配置、および資産の売却や処分なども含まれます。

 

撤退は、市場での需要減少、労働力の不足と人件費の増加、現地パートナーや提携企業との関係悪化などによって起こりますが、企業によっては新たな戦略的方向性を定める積極的な撤退の場合もあります。

 

企業は、環境の変化や経営戦略の見直し、コスト削減の必要性などを考慮して、事業の継続が不利益をもたらす可能性がある場合や、成果が出ても将来性がない場合に撤退を決断します。

 

海外事業からの撤退は、単なる物理的なプロセスだけではなく、戦略的かつ繊細な管理が求められる複雑な活動です。この記事では海外事業の撤退について詳しく説明していきます。

 

日本企業の海外事業撤退の最新状況

日本企業の海外事業撤退の最新状況

経済産業省の調査によると、2021年度末時点での日本企業の海外事業を展開している法人数は25,325社であり、2020年度末の25,703社から378社減少しています。

 

特に、2021年度の海外事業撤退社数は792社に上り、その中でも非製造業の撤退数が532社となり、過去10年間で最多となっています。

 

海外事業撤退が増加した背景として以下の3つが考えられます。

 

  • コロナ禍による不安定さ
  • 国際情勢の変化によるコストの上昇
  • 進出国への理解不足

 

コロナ禍以降、海外事業の撤退が増加しているのは国際的な供給チェーンの混乱、市場の不確実性の増大、消費者行動の変化などが考えられます。中でも非製造業において顕著であり、小売業、サービス業などが直面する困難は格段に増加しています。

 

また、政治的な不安定さや経済政策の変更、通貨の変動などにより、海外事業の運営コストを予期せぬ形で増加させた背景が考えられます。

 

さらに、現地の商習慣や文化、法律などに十分な洞察を持たずに事業を展開すると、無意識のうちに誤った決定を下してしまう可能性もあります。現地社員の確保や育成においても、文化的な違いや言語の壁があり効果的なマネジメントは困難です。

 

日本企業の海外事業撤退の増加には、コロナ禍の直接的な影響に加え、国際情勢の変化や進出国での言葉の壁など、複数の要因があると考えられるでしょう。

 

出典:e-Stat「第52回 海外事業活動基本調査概要」

 

地域別の撤退数

2021年度に新規に進出した現地法人の数は169社で、2020年度と比べて31社減少しています。北米と欧州への進出が拡大している一方で、ASEAN10諸国、その他の地域、そして中国への進出は縮小している傾向にあります。

 

また、2021年度に進出先から撤退した現地法人数は792社と、前年度と比べて22社増加しています。そのうち製造業は260社で前年度から45社の減少、非製造業は532社で前年度から67社の増加となっています。撤退比率は3.0%で、これは前年度と比べて0.1%の上昇を示しています。

 

特に注目すべきは、撤退比率を地域別に見ると、北米及び欧州が上昇している点です。一方で、ASEAN10諸国では撤退比率が低下しています。北米と欧州の市場に対する日本企業の関心が高まっていた理由は、世界最大のグローバルマーケットとして、依然として大きな成長の伸びしろを持っているからとされています。

 

しかし、2019年のトランプ政権によって打ち出された関税政策によって、中国からの輸入コストが大幅に増加しました。このことは、企業の利益率に影響を及ぼし、欧米市場からの企業撤退が増える一因と考えられています。

 

また、ASEAN10諸国や中国への進出が減少しているのは、コロナ禍の影響で、サプライチェーンの中国離れが世界的に加速していることが一因とされています。2018年に始まった米中貿易戦争は、一時的な休戦には至っているものの、両国が高い関税を維持している状態で、米国市場へのアクセスが制限されるリスクを抱えています。情勢から法的な不確実性が増したことから、新規進出や事業拡大を躊躇する要因になっていると考えられます。

 

出典:内閣府「第1章 継続する米中貿易摩擦の影響(第1節)」

 

現地法人従業者数の遷移

2021年度末の日本企業の現地法人従業者数の遷移は、全体で見ると、現地法人の従業者数は569万人で、前年度比で1.2%の増加です。この数値は、全体として日本企業の海外事業の成長を表しています。

 

製造業部門では、従業者数が420万人と前年度とほぼ変わりません。業種別に見ると、電気機械業種が25万人で前年度と比較して12.3%増加し、食料品業種が22万人で6.5%増加しています。これに対し、輸送機械業種は164万人で2.0%減少し、情報通信機械業種は55万人で5.2%減少しています。これは各業種の市場環境や技術革新の影響を反映している可能性があります。

 

非製造業部門では、従業者数が150万人で前年度と比較して4.6%増加し卸売業が60万人で5.5%増加、小売業が19万人で9.7%増加、サービス業が23万人で2.7%増加です。これらの増加は、非製造業の市場拡大やデジタル化による新しいビジネスチャンスの創出が影響している可能性があります。

 

地域別では、北米での従業者数が84万人で9.9%の増加、欧州では64万人で1.7%増加しています。これらの地域の経済的な安定性や市場の機会が引き続き日本企業にとって魅力的に映っていると考えられます。一方、アジア全体では378万人で前年度と比較して0.5%の減少を示しており、特に中国とその他アジアでの減少が目立ちます。しかし、ASEAN10諸国では従業者数が増加しており、この地域の市場は依然として成長しています。

 

このように、現地法人従業者数の遷移は、地域や業種によって大きく異なり、各市場の特性や経済状況、技術進歩などが影響を与えています。

 

海外事業を撤退する主なスキーム

海外事業を撤退する主なスキーム

海外事業を撤退する際、主に採用されるスキームは企業の状況や撤退の目的に応じて選択されます。スキームの適切な選択により、法的リスクや市場からの撤退に伴う財務的リスクを管理できる可能性が高くなります。

 

各事業の特性と撤退の状況に応じた最適な戦略を立て、慎重な検討と計画のもと実行しましょう。

 

持分譲渡(株式譲渡)

企業は自社が保有する海外子会社の株式を他社に譲渡します。現地の事業運営を他の企業に移譲し、自社はその市場から手を引きます。

 

主な利点は、事業を完全に閉鎖する代わりに他の企業による継続が可能な点で、ブランド名や従業員の雇用が維持される可能性があります。また株式の売却により資本の回収がある程度可能で、投資の損失を最小限に抑えられます。

 

しかし、適切な買い手を見つける必要があるため、市場状況や株式の価値によっては、このプロセスが複雑になる可能性があります。

 

解散・清算

企業は海外の子会社 を正式に解散し、その後清算プロセスを行います。解散の決定が下ると、現地法人は事業活動を停止し、資産の売却や債務の清算などを進めます。

 

解散・清算のメリットは、事業を整理して終了させ、未処理の責任や義務から企業を解放できる点です。資産の売却から得られる収益は、負債の返済や株主への分配に用いられます。

 

しかし、そのプロセスは時間がかかるだけでなく法的な手続きやコストも伴うため、現地でのブランドイメージや市場への再進出に悪影響を与える可能性があります。

 

解散・清算は将来性が限られているか、継続が不可能な場合に適しています。

破産

企業が財政的な困難に直面し、債務を支払う能力がない場合に、法的な保護を求めて破産申請を行います。破産を選択する主な理由は、企業が経済的に持続不可能な状況にあるときに、債権者からの保護を得られるためです。

 

破産申請により、債務の返済が一時停止され、企業は財務の再構築を図る時間を確保できます。しかし、破産は企業の信用度に大きな打撃を与え、ブランドイメージや市場での評判を損なうだけでなく、多くの法的手続きと費用も発生するため最終的な手段として検討しましょう。

 

海外事業の撤退が難しい理由

海外事業の撤退が難しい理由

海外事業の撤退は、現地メンバーの理解と合意形成、コスト計算の精度、そして現地の税務や法務に関する深い理解が必要なため、事業進出時よりも複雑でハードルが高いといえます。

 

ここからは、海外事業撤退の難しさを解説します。

 

判断に必要な情報が不足しがち

海外事業では事業運営や管理を現地に権限移譲している場合もありめ、本来経営判断に必要な情報が適切に親会社へ共有されず、経営メンバーが海外事業の実情を正確に把握できていない場合があります。

 

その場合、現地の市場状況、競合の動向、財務状態、さらには文化的な側面やリスクなどの重要な情報が経営層に届かず、事業の現状を正しく評価できません。

 

結果として、撤退を含めた重要な経営判断が適切に行えず、問題の先送りが発生する場合もあり、企業にとってより大きなリスクや損失を招く可能性があります。このように、現地の情報量が少ない点が、海外事業の撤退が難しい理由の1つです。

 

現地メンバーとの信頼関係不足

ローカルパートナーや現地社員が事業を主導している場合、海外事業の撤退は失業や投資の損失などの理由で現地の従業員やパートナーからの反発を引き起こす可能性が高いとされています。

 

極端なケースでは、日本企業に対する強い不満や敵意が生まれる可能性もあります。

 

特に合弁企業の場合、株式を極端に安い価格で譲渡するケースや、法制度上、非居住者から居住者への譲渡価格は基準価格以下の必要があるなどの規制もあり得ます。

 

海外事業撤退において、現地メンバーとの信頼関係不足は大きな問題へとなり得るのです。

 

現地コンプライアンスの複雑さ

各国で税務や法務の規制が異なるため、企業はその違いを正確に理解した上で適切な対応が求められます。

 

たとえば、マレーシアにおける従業員の解雇通知期間は、1955年雇用法(Employment Act 1955)によって以下のように定められています。

 

  • 勤続年数が2年未満の場合、4週間前に解雇通知
  • 勤続年数が2年以上5年未満の場合、6週間前に解雇通知
  • 勤続年数が5年以上の場合、8週間前に解雇通知

 

このような各国のコンプライアンス要件を満たすためには、現地の専門家との連携が不可欠です。

 

企業側でもこれらの規制を理解し、適切に対応するための体制が重要なことも、海外事業の撤退が難しい理由の1つとなっています。

 

出典:JETRO「マレーシアにおける 事業閉鎖及び清算に関するガイド」

 

海外事業の撤退を適切に行う方法

海外事業の撤退を適切に行う方法

計画的かつ効率的な撤退プロセスを理解すれば、不確実性を最小限に抑えられ、コストや時間の投資、内部資源の活用を検討できます。

 

予期せぬリスクを避け、撤退の際の影響を最小限に抑えるために把握しましょう。ここでは海外事業の撤退を適切に行うための事前準備と戦略を説明します。

 

予め事業撤退のラインを決めておく

海外進出時、特に合弁事業を組成する際には、予め撤退ラインを決定しましょう。

 

例として、「3年以内に売上が◯万円以下である場合」や「3年で黒字化できない場合」など、具体的な基準の設定がおすすめです。事業が計画通りに進展しなかった場合でも、撤退の線引きが明確であればデットロックなど時間の浪費を防げます。

 

また、明確な計画は、現地メンバーのモチベーション維持にもつながります。計画が明確であれば、現地スタッフは何を達成すべきかを理解し、集中して働けるでしょう。

 

もちろん、現地の市場環境や事業の特性を十分に考慮し、現実的で達成可能な計画を策定しなければモチベーションの低下にもつながるため注意が必要です。

 

細かな情報も共有して日本と共通認識を持つ

日本と現地で情報の非対称性を避け、お互いが共通の認識を持つ状態を作ることは事業がスムーズにいくために必要ですが、撤退の場合は特に密な情報共有が重要です。

 

日本側が現地の状況を正確に把握していれば、撤退の必要性やタイミングについてお互い納得感を持って進められます。

 

また、撤退後の業務移行もスムーズに行えるため、事業の閉鎖や資産の処分などが効率的に進行します。

 

共通認識を持つためにも、双方の積極的なコミュニケーションと理解が必要です。日頃から現地の文化やビジネス環境に対する深い理解と、日本側の戦略的目標を現地に伝える努力を行っていれば、撤退を適切に行えるでしょう。

 

コンサル会社を活用する

海外進出時だけでなく、撤退時も専門的な知識や経験が必要になるため、自社のみで全ての処理を検討および処理するのは現実的ではありません。法律や税務、市場の特性が各国ごとに大きく異なるため、これらを熟知した専門家の支援が必要です。

 

海外事業の撤退に実績のあるコンサルティング会社を活用すれば、企業はリスクを軽減しながら撤退プロセスを進められます。撤退プロセスの計画、法的手続きのナビゲーション、コスト削減の提案など、複雑な課題を効果的に解決する支援を提供してくれます。

 

コンサルティング会社の活用にはコストがかかりますが、その結果として得られる専門的な洞察とサポートは、撤退プロセスを効率化し、企業の長期的な損失を防ぐうえで価値があります。

 

撤退の際に発生する潜在的な法的リスクや財務的な損失を避けるためにも、専門家の知見と経験を活用して海外事業の撤退を適切に行いましょう。

 

日本企業が海外進出する前に留意したい点

日本企業が海外進出する前に留意したい点

法的、文化的な予期せぬ問題や誤解による損失を避けるには、進出先の市場環境、文化、法律、経済状況などに関する十分な理解が必要です。留意すべき点を把握し、適切に対応すれば、現地市場での負のイメージを避け、企業のブランド価値を維持できます。

 

ここでは日本企業が海外進出を検討する際の留意点を説明します。

 

外部リソースを有効活用する

自社だけでの情報収集に頼るのではなく、適切な調査会社や現地のパートナーを見つけましょう。外部リソースを活用すれば、より正確で包括的な市場データや文化的な洞察を得られ、効果的な市場進入戦略の策定やリスク管理に直接貢献します。

 

しかし、外部リソースへの過度な依存はリスクとなり得るため、内部リソースとのバランスを適切に取りましょう。

 

不完全なデータや情報に基づく意思決定は、事業の失敗につながる可能性があるため、正確で信頼性の高い情報ソースの確保が重要です。

 

優秀な人材の確保・サポートが必要

海外市場での事業展開は、通常の業務遂行はもちろん、現地メンバーの育成、適切な環境構築、さまざまな事象への迅速かつ正確な判断など、多岐にわたるタスクを含みます。複雑で多様な業務に対応するためには、メンバー一人ひとりに高い能力が求められます。

 

また、現地のチームを構築する際、日本本社からのサポートやコミュニケーションが欠けてしまうと、方向性の齟齬や不確実性を生むリスクとなります。日本からの定期的な支援と、現地チームが自社のビジョンや目標に沿った業務を進められるようなサポートに加えて、問題が生じた際には迅速に対応できる体制を整えましょう。

 

優秀な人材の確保と継続的なサポートを実施し、現地チームの能力を最大限に引き出せれば、海外進出の成功につながります。

 

文化や法律の違い(カントリーリスク)

進出先の国では文化や慣習、考え方、税制、法律が日本と大きく異なる場合が多いため、日本で当たり前とされるビジネス慣行や業務手法が通用しない場面も多々存在します。

 

また、政治的、経済的、社会的な状況の変化は、業務に支障をきたす場合があり、最悪の場合は事業の持続さえ困難になる可能性があります。このようなリスクを管理するためには、進出先の国の文化を深く理解し寄り添う必要があります。文化的感受性や現地法規に対する洞察は、海外ビジネスの成功に寄与する要素ともいえるでしょう。

 

現地市場での信頼を築き、スムーズな事業運営を実現するには、事前にしっかりと現地のリサーチを行い、文化や法規に対して適切に対応できる仕組みの構築が重要です。

 

まとめ

海外事業の撤退について解説|最新状況や主なスキーム、適切に行う方法を紹介

企業での海外事業は、事業の継続が不利益をもたらしたり、成果が出ても将来性がなかったりするなどの要因で撤退を決断する場合があります。

 

撤退時のリスク管理や法的要件の遵守などを行い、スムーズな撤退で次の事業に移るための参考材料としてこの記事を活用ください。

  • 李 彰赫

    監修者

    李 彰赫

    株式会社AGSコンサルティング
    関西エリア大阪副支社長

    米国にてMBAを取得後、会計系コンサルティング会社を経て、2018年にAGSグループに入社。クロスボーダーMA、JV、その他海外進出・海外事業撤退支援等、海外事業を推進するコンサルテーションに広く関わる。

    ASEAN各国、南アジア、中国、北米などの進出・撤退案件を多く手掛けており、支援企業数は通算100社を超える。2023年より現職。

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