株式上場(IPO)を実現するには、一定の準備期間を確保した上でさまざまな作業に取り組む必要があります。経営者が会社の上場を考えている場合、まずは何から手をつければよいのでしょうか。今回は上場準備のスケジュールの全体像や対応すべき事項、費用などについて解説します。
2022.11.10(最終更新日:2024.02.01)
株式上場(IPO)を実現するには、一定の準備期間を確保した上でさまざまな作業に取り組む必要があります。経営者が会社の上場を考えている場合、まずは何から手をつければよいのでしょうか。今回は上場準備のスケジュールの全体像や対応すべき事項、費用などについて解説します。
2022.11.10(最終更新日:2024.02.01)
上場準備とは、上場審査基準を満たすために社内体制の整備を進めることを意味します。
そもそも上場とは、自社の株式を証券取引所に上場させて、誰でも自由に取引できるようにすることです。上場会社となることで、金融機関の借り入れ以外に株式市場からも資金調達が可能となります。また、会社の知名度が向上し、事業拡大や人材確保といったメリットも期待できます。
どんな会社でも上場できるわけではなく、市場区分ごとに定められた上場審査基準をクリアする必要があります。上場準備を始めても、基準を満たせずに断念する企業も少なくありません。上場を実現するには、無理のないスケジュールを設定し、多くの関係者の協力を得ながら着実に準備作業を進めることが大切です。
非上場企業が株式上場を実現するには、最低でも3年程度の準備期間が必要です。
上場企業と同様の管理体制を導入し、運用するには、さまざまな準備作業に取り組まなくてはなりません。証券会社や監査法人といった関係者のサポートを受けながら、上場に向けて社内体制の整備を進めていきます。
また、上場申請にあたっては、申請期の直前2期間の監査証明が求められます。監査証明とは、監査法人が「企業の財務諸表が経営成績・財政状態を適正に表しているか」を監査し、監査報告書を発行する手続きです。金融商品取引法に準ずる監査を受け入れられるよう、会計処理方法の見直しや人材の確保も必要となります。
これらの作業は短期間で行えるものではないため、上場を検討する期間も含めれば、3年以上の準備期間を確保できるのが理想と言えるでしょう。
上場準備では、上場に関する専門家のアドバイスを受けながら作業を進めるのが一般的です。
上場準備の内容は多岐にわたるため、専門家によって役割が異なります。上場関係者それぞれの専門領域を理解した上で、支援を求めることが大切です。
ここでは、主な上場関係者とその役割を紹介します。
主幹事証券会社とは、上場申請会社の支援業務を行う証券会社(=幹事証券会社)のうち、中心的な役割を果たす証券会社のことです。上場準備においては、資本政策や社内体制の整備、上場手続きに関するアドバイスを行います。
主幹事証券会社は、上場申請時に「対象企業が上場に値する」ことを推薦する「推薦書」を提出するため、推薦しても問題ないかを確認するための「証券審査」を上場申請前に実施します。また、上場時には株式の公募・売出しを引き受け、一連の事務手続きを実行する役割を担います。
監査法人は、金融商品取引法に準ずる財務諸表監査を実施します。
上述したように、上場申請では申請期の直前2期分の監査証明が必要で、会計監査に関しては「日本公認会計士協会の上場会社監査事務所名簿に登録している」などの要件を満たす監査法人に依頼します。
監査法人は、上場に向けての課題抽出を行う「ショートレビュー」にも対応しています。ショートレビューとは、経営者・担当者からのヒアリングや各種資料調査などを実施し、上場に向けての課題を抽出する作業のことです。上場準備の初期に行われるもので、「予備調査」「短期調査」などとも呼ばれます。
上場準備に関わる業務全般に対して、コンサルティング業務を手がける会社のことです。 スムーズに準備を進めて上場を実現するには、効率のよいスケジュールを設定し、時期ごとに必要なタスクをこなす必要があります。
しかし、上場未経験の経営者にはノウハウがないため、作業の進め方がわからないのではないでしょうか。
そこで、数多くのIPOを支援した実績のあるコンサルタントに依頼すれば、上場準備全般に関するサポートを受けられます。また、IPOコンサルタントとのヒアリングを通して上場準備の全体像や解決すべき課題を把握できるため、準備作業の効率化も期待できます。
株式事務代行機関とは、株主名簿の作成・管理や株主総会招集通知書の送付、議決権や配当など株主に付与される権利の処理などを行う機関です。
株式関係事務を円滑化するために設置が求められており、具体的には信託銀行や証券事務代行会社が該当します。
株式事務代行機関を選定し、株式関係事務を滞りなく行える体制を構築しておく必要があります。
上場準備期間は最低3年程度と紹介しましたが、実際は企業によって異なります。
企業の業績や規模、社内管理体制の状況によっては、さらに長い期間を要する可能性もあるでしょう。それでも、上場を目指すにあたっては、標準的なモデルケースの流れを理解しておくことが重要です。
ここでは、上場準備のスケジュールの全体像を解説します。
上場準備のスケジュールは、上場申請を行う「申請期(N期)」を基準として以下4つの期間に区分できます。
そもそも上場審査では、株主数や流通株式数などの「形式要件」と、内部管理体制などの「実質基準」をクリアしなくてはなりません。まずは形式要件と実質基準それぞれの概要を理解し、対応すべき項目の現状を確認・分析することが大切です。
その上で、直前々期以前(N-3期以前)では、会計監査の受け入れが可能となる人材を確保するなど、本格的に上場準備に取り組むための体制を構築します。
直前々期と直前期(N-2期とN-1期)、つまり申請期の直前2期間は会計監査の対象期間です。直前々期で上場会社と同様の管理体制を整備し、直前期には期首から上場会社と同様の管理体制で運用を行います。 申請期(N期)は、上場会社と同様の運用を継続しながら上場申請準備を行い、審査を経て上場となります。
上場準備では、時期によってやるべきことが変わります。
「直前々期以前(N-3期以前)」「直前々期(N-2期)」「直前期(N-1期)」「申請期(N期)」の4つに、それぞれどのようなイベントや対応すべき項目があるのでしょうか。
ここでは、上場準備における期間別の対応事項について解説します。
直前々期以前(N-3期以前)では、上場準備に取り組むための体制を構築することが重要です。
まずはIPOコンサルタントを見つけ、上場準備のスケジュールや対応項目の全体像を把握します。そして、監査法人やIPOコンサルタントのショートレビューを受けて現状での課題を抽出し、その解決に着手します。主な対応事項は以下の通りです。
IPOを実施する場合の影響度を調査し、IPOに向けての課題を整理します。3〜5年の企業成長を示す事業計画の作成、資金調達などの資本政策の策定、会計制度の整備に着手します。
社内ではプロジェクトチームを編成し、担当者や役割分担などを決めて、上場準備をスムーズに進められる体制を作りましょう。また、会計監査を受ける監査法人や主幹事証券会社の選定も必要です。
直前々期(N-2期)からは、監査法人の会計監査が始まります。
N-3期以前に指摘を受けた課題を解消し、上場会社と同様の会計監査に対応しなくてはなりません。主な対応項目は以下の通りです。
N-2期では、内部管理体制の構築も重要なイベントです。上場後は、内部統制報告書の提出や内部統制監査が求められるため、評価や監査が可能となるように、諸規程や内部監査、予実管理体制の整備を進める必要があります。
また、内部統制の状況を文書化するため、議事録や会議体の整備に取り組みます。
直前期(N-1期)では、期首から上場会社と同様の運用が求められるため、N-2期までに社内管理体制の整備を完了させておかなくてはなりません。
また、監査法人の会計監査に加えて、主幹事証券会社の審査にも対応する必要があります。主な対応項目は以下の通りです。
N-1期は上場申請が翌年に迫っているため、上場申請書類を作成しなくてはなりません。J-SOXや主幹事証券会社の審査対応、開示体制の整備も重要な対応事項となります。状況によっては、事業計画や資本政策などを見直すことも大切です。IPOコンサルタントなどの意見も聞きながら、必要に応じて対応しましょう。
申請期(N期)は、引き続き上場会社と同様の運用を継続しながら、証券取引所へ上場申請を行います。申請後は、取引所からの書面やヒアリングによるさまざまな質問事項に回答しなくてはなりません。
審査期間は市場区分によって異なりますが、通常は上場申請から2〜3ヵ月です。審査の結果、申請が承認されると新規上場となります。
IPOにはまとまった費用がかかるため、その費用に見合うだけのメリットがあるかを見極めることが大切です。
ここでは、上場準備にかかる費用の目安を紹介します。
主幹事証券会社に支払う費用は、年間500〜1,000万円程度が相場です。
N-2期に契約するケースが多く、上場準備のアドバイス、上場時の株式の公募・売出しなどの支援を受けます。
上場申請には主幹事証券会社の推薦が必要となるため、上場を目指す企業にとって重要な存在といえます。
監査法人に支払う費用は、企業規模や事業内容、市場区分などによって変動します。ショートレビューやコンサルティングは数百万円程度、会計監査を依頼する場合は監査報酬が年間数千万円程度かかります。
監査報酬については、N-2期よりN-1期のほうが金額は高くなるのが一般的です。時期によって監査の範囲や内容が変わり、必要となる人員や時間の増加が理由だと考えられます。
IPOコンサルタントに支払う費用は、業務内容及び管理部の体制に応じて異なりますが、月額数十万円〜数百万円が相場です。あくまでも目安であり、実際にかかる費用には幅があります。
IPOコンサルタントによって専門領域が異なり、「内部統制」や「開示体制」「労務管理」などに分かれます。複数のIPOコンサルタントと契約する場合は、それぞれ費用がかかる点に注意しましょう。
信託銀行などの株式事務代行機関に支払う費用は、企業規模や株主数に応じて異なりますが、IPO後においては年間数百万円程度が相場です。
円滑な株式事務を行うため、上場にあたって設置が求められています。
通常は、株主構成や企業規模が大きくなるほど費用は高額となります。
上場申請時や新規上場時は、市場区分に応じて以下の上場審査料・新規上場料を支払います。
市場区分 | 上場審査料 | 新規上場料 |
---|---|---|
プライム市場 | 400万円 | 1,500万円 |
スタンダード市場 | 300万円 | 800万円 |
グロース市場 | 200万円 | 100万円 |
上場準備は対応事項が多すぎて、何から着手すればよいか分からないかもしれません。
会社の上場を思い立ったら、まずは以下の4つに取り組むといいでしょう。
まずは事業計画を作成し、会社の事業がどのように成長していくかを具体的に可視化することから始めましょう。
上場準備のスタート段階では、経営方針や経営目標を明確にし、自社の収益力や強みなどを確認することが重要です。
最低限、3〜5年後までの売上と利益についてのイメージを持っておくとよいでしょう。
また、IPOのメリット・デメリットを整理して、新規上場を目指す理由を明確化しておくと、上場準備をスムーズに進められます。
上場を思い立ったら、なるべく早めに証券会社や監査法人の指導を受けることが大切です。
上場申請には2期分の監査証明が必要になるため、早期に監査を受け入れられる体制を整えなくてはなりません。会計監査を受けるには、一定の内部統制が存在し、外部の第三者による決算内容の検証が可能であることが要件となります。監査の受入体制を整備しておかないと、上場スケジュールの延期を迫られる可能性があります。
早めにアドバイスを受けて課題を抽出しておくことで、上場準備作業を効率的に進められる効果も期待できます。
ビジネスモデルや企業規模を踏まえて監査法人を選定することも大切です。
企業規模や事業内容、海外子会社の有無など、会社の状況によって監査環境は変わってきます。監査法人も大手から準大手、中小規模まで存在し、特徴や強みも異なります。
IPOコンサルタントとも相談しながら、自社にあった監査法人と契約を締結しましょう。
上場を思い立ったら、社内でプロジェクトチームの編成にも着手しましょう。
上場準備は、3年以上の長期にわたってさまざまな作業に取り組まなくてはなりません。上場企業と同様の社内体制を構築するには、従業員の意識や仕事のやり方を変える必要も生じます。
対応事項ごとに責任者や担当範囲を明確にし、定期的に進捗状況を確認しながら着実に作業を進めることが大切です。
上場を実現するには、最低でも3年程度の準備期間を確保して、上場企業にふさわしい社内体制を構築する必要があります。
上場準備のスケジュールの全体像や期間ごとの対応事項、費用を把握した上で、「上場を目指すかどうか」を判断することが大切です。
上場を思い立ったら、まずは証券会社や監査法人の指導を受けることから始めてみてはいかがでしょうか。