繰延税金資産は税効果会計で使用される勘定科目ですが、その意味や役割の詳細を理解するのは難しいかもしれません。税効果会計に携わる機会がある場合、繰延税金資産について理解を深めておくことが大切です。今回は繰延税金資産の概要や計算方法、回収可能性などについて解説します。
目次
- 繰延税金資産とは
- 税効果会計との関係性
- 一時差異と永久差異
- 繰延税金資産の計算方法
- 法定実効税率とは
- 繰延税金資産の計算例
- 繰延税金資産の会計処理
- 計上時の仕訳例
- 一時差異解消時の仕訳例
- 繰延税金資産の回収可能性
- 回収可能性とは
- 回収可能性の判断基準
- 企業分類に応じた回収可能性の取り扱い
- 繰延税金資産の取り崩し
- 取り崩しが生じる理由
- 取り崩しが企業に与える影響
- まとめ
繰延税金資産とは
繰延税金資産とは、税効果会計に関連する勘定科目の1つです。将来の税負担が軽減される額を資産として計上するもので、実質的に法人税等の先払いを意味します。
「税負担を軽減する効果に資産価値がある」と考えられるため、貸借対照表の資産の部に計上します。
税効果会計との関係性
上述の「税効果会計」とは、会計上の収益・費用と税務上の益金・損金の帰属年度の違いを調整するために行われる会計処理方法のことで、主に上場会社に適用されます。法人税等の額を適切に期間配分し、税引前当期純利益と法人税等を合理的に対応させることが目的です。
例えば、法定実効税率が30%で、税引前当期純利益が1億円であれば、損益計算書上の法人税等は3,000万円(1億円×30%)となるはずです。しかし、実際は会計上と税務上のズレによって税引前当期純利益と法人税等の額はうまく対応しないため、税効果会計によってそのズレを調整します。その際に使われる勘定科目の1つが繰延税金資産です。
この「法定実効税率が30%で、税引前当期純利益が1億円」を例に、税効果会計を適用する場合と適用しない場合をそれぞれ見ていきましょう。
税効果会計を適用しない場合は以下の通りです。「法定実効税率が30%で、税引前当期純利益が1億円」なので、法人税等は3,000万円(1億円×30%)になりますが、税引前当期純利益と法人税、住民税および事業税の額はうまく対応していません。
税引前当期純利益 | 1億円 |
---|---|
法人税、住民税および事業税 | 4,000万円 |
当期純利益 | 6,000万円 |
一方で、税効果会計を適用する場合は以下のようになります。
法人税等(「法人税、住民税および事業税」と「法人税等調整額」の合計)は3,000万円となり、税引前当期純利益と法人税等の額の比率は、法定実効税率30%と整合するようになります。
税引前当期純利益 | 1億円 |
---|---|
法人税、住民税および事業税 | 4,000万円 |
法人税等調整額 | ▲1,000万円 |
当期純利益 | 7,000万円 |
一時差異と永久差異
会計上の収益・費用と税務上の益金・損金の違いによって生じるズレ(差異)は、「一時差異」と「永久差異」の2つに分かれます。
ズレが解消されないものを「永久差異」、認識時期が違うだけで将来的に解消されるものを「一時差異」といい、一時差異には「将来減算一時差異」と「将来加算一時差異」の2種類があります。
将来減算一時差異
将来減算一時差異とは、一時差異が解消される際、その期の課税所得を減額する効果を持つものです。具体例は以下の通りです。
- 引当金の損金算入限度超過額
- 減価償却費の損金算入限度超過額
- 棚卸資産評価損の否認額
- 繰越欠損金
引当金や減価償却費は会計上の費用として認められますが、限度額を超えた部分は損金に算入されません。
また、会計上の棚卸資産評価損は、税務では計上した期に損金算入が認められないことがあります。ただし、損金に算入されなかった部分は、将来差異が解消された時点で損金として認められます。
将来の課税所得と相殺可能な繰越欠損金に関しては、一時差異と同様の効果を有するので、繰延税金資産の対象となります。
将来加算一時差異
将来加算一時差異とは、一時差異が解消される際、その期の課税所得を増額する効果を持つものです。
具体例として、圧縮積立金が挙げられます。圧縮積立金は、圧縮記帳が適用される資産を取得した際に使われる勘定科目です。
最終的に負担する税額は変わりませんが、圧縮記帳には課税を繰り延べる(先送りする)効果があるため、将来加算一時差異に該当します。
繰延税金資産の計算方法
繰延税金資産は以下の算式で計算します。将来減算一時差異を集計し、その合計額に法定実効税率を乗じると繰延税金資産の金額が求められます。
繰延税金資産=将来減算一時差異×法定実効税率
法定実効税率とは
法定実効税率とは、企業が利益に対して実質的に負担する税率のことで、以下の算式で計算します。
(事業税に標準税率適用の場合)
法定実効税率 =
法人税率×(1+法人住民税率+地方法人税率)+事業税率(標準税率)+事業税率(標準税率)×特別法人事業税率1+事業税率
(標準税率)+事業税率(標準税率)×特別法人事業税率
企業はさまざまな税金を負担していますが、税効果会計は損益計算書上の税引前当期純利益と法人税等を合理的に対応させることが目的です。
そのため、繰延税金資産の計算では法定実効税率が使われます。
繰延税金資産の計算例
ここでは、会計上と税務上で以下の一時差異が発生しているケースについて、繰延税金資産の計算例を確認しましょう。
- 貸倒引当金繰入超過額:300万円
- 減価償却費の損金算入限度超過額:200万円
- 棚卸資産評価損否認額:500万円
上記はすべて将来減算一時差異に該当し、合計すると1,000万円です。法定実効税率が30%の場合は以下のように計算し、繰延税金資産は300万円となります。
1,000万円(将来減算一時差異の合計)×30%(法定実効税率)=300万円(繰延税金資産)
繰延税金資産の会計処理
繰延税金資産を計上する際は、相手科目として「法人税等調整額」を使います。
法人税等調整額は損益計算書上で以下のように表示し、税引前当期純利益と法人税等が対応するように調整する役割があります。
税引前当期純利益(①) | 1,000 |
---|---|
法人税、住民税および事業税(②) | 400 |
法人税等調整額(③) | ▲100 |
法人税等(②+③) | 300 |
当期純利益(①-(②+③)) | 700 |
法人税、住民税および事業税と法人税等調整額を加減算することによって、法人税等が適切な金額で表示されます。
計上時の仕訳例
繰延税金資産を計上するときの仕訳例を確認しましょう。
「債権の回収が見込めない取引先があり、貸倒引当金を300万円計上したが、当期の損金算入は認められなかった」というケースの仕訳は、以下の通りです(法定実効税率は30%)。
借方 | 貸方 |
---|---|
繰延税金資産 90万円 | 法人税等調整額 90万円 |
貸倒引当金300万円は将来減算一時差異に該当するため、法定実効税率を乗じて計算した90万円(300万円×30%)を繰延税金資産として貸借対照表に計上します。
そして、相手科目の法人税等調整額は損益計算書に表示して法人税、住民税及び事業税と加減算を行います。
一時差異解消時の仕訳例
翌期以降に将来減算一時差異が解消された場合は、繰延税金資産計上時と反対の仕訳をします。
上記の貸倒引当金300万円について、「翌期に取引先が倒産し、損金に算入された」というケースの仕訳は以下の通りです。
借方 | 貸方 |
---|---|
法人税等調整額 90万円 | 繰延税金資産 90万円 |
繰延税金資産の回収可能性
繰延税金資産は無条件で計上できるわけではなく、回収可能性を検討する必要があります。
ここでは、繰延税金資産の回収可能性の意味や判断基準、企業分類ごとの取り扱いについて解説します。
回収可能性とは
回収可能性とは、繰延税金資産を将来回収できるかを判断することです。
繰延税金資産は、将来の税負担を軽減する効果を資産として計上しますが、将来減算一時差異の解消時に業績が悪化して課税所得が発生しなければ、税負担を軽減する効果を得られません。つまり、繰延税金資産に資産価値がないため、計上することができません。
このように、回収可能性が見込めない場合は、将来減算一時差異が発生しても繰延税金資産が計上できません。
回収可能性の判断基準
繰延税金資産の回収可能性は、主に以下3つの基準で判断します。
- 収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得
- タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得
- 将来加算一時差異
収益力が高く、多くの課税所得が生じる状態であれば、一時差異が解消されるときに税負担の軽減効果を得られると考えられます。
そして、含み益のある固定資産や有価証券の売却を予定しているなど、タックス・プランニングに基づいた課税所得が生じる可能性が高いと見込まれるかどうかも判断基準の1つです。
また、将来加算一時差異は将来の課税所得を増額する効果を有するため、将来減算一時差異の解消年度に将来加算一時差異が解消されるかどうかも判断基準となります。
これら3つの基準に照らし合わせて、繰延税金資産に「将来の税負担を軽減する効果がある」と判断できる場合は回収可能性が認められます。
企業分類に応じた回収可能性の取り扱い
収益力に基づいて回収可能性を判断する際は、対象企業を「分類1〜5」の5つに分類した上で回収が見込まれる繰延税金資産の額を決定します。
企業分類ごとの回収可能性の取り扱いは以下の通りです。
分類1
分類1は、以下2つの要件をすべて満たす企業です。
- 過去3年および当期末において、将来減算一時差異を十分に上回る課税所得が生じている
- 当期末において、近い将来に経営環境の著しい変化が見込まれない
分類1の企業は、繰延税金資産の全額について回収可能性があるものとされます。
分類2
分類2は、以下3つの要件をすべて満たす企業です。
- 過去3年および当期末において、臨時的な原因によるものを除き、課税所得が安定的に生じている
- 当期末において、近い将来に経営環境の著しい変化が見込まれない
- 過去3年および当期末において、重要な税務上の欠損金が生じていない
分類2の企業は、スケジューリングによって見積もった場合、繰延税金資産の回収可能性があるものとされます。つまり、スケジューリングによって回収可能と見込まれる将来減算一時差異に税率をかけた金額が、繰延税金資産の計上限度額です。
この「スケジューリングによって見積もる」とは、将来減算一時差異がいつ解消されるか計画を立てることです。一時差異の内容ごとに損金算入時期を予測することによって、計上した繰延税金資産の回収可能性を判断します。
分類3
分類3は、以下2つの要件をすべて満たす企業です。
- 過去3年および当期末において、臨時的な原因によるものを除いた課税所得が大きく増減している
- 過去3年および当期末において、重要な税務上の欠損金が生じていない
分類3の企業は、おおむね5年以内のスケジューリングによって見積もる場合、繰延税金資産の回収可能性があるものとされます。5年以内に回収可能と見込まれる将来減算一時差異に税率をかけた金額が、繰延税金資産の計上限度額です。
分類4
分類4は、以下のいずれかの要件を満たし、かつ、翌期に一時差異等加減算前課税所得の発生が見込まれる企業です。
- 過去3年および当期末において、重要な税務上の欠損金が生じている
- 過去3年において、重要な税務上の欠損金が繰越期限切れとなった事実がある
- 当期末において、重要な税務上の欠損金の繰越期限切れが見込まれる
分類4の企業は、翌期のスケジューリングによって見積もる場合、翌期の繰延税金資産のみ回収可能性があるものとされます。翌期に回収可能と見込まれる将来減算一時差異に税率をかけた金額が、繰延税金資産の計上限度額です。
分類5
分類5は、以下2つの要件をすべて満たす企業です。
- 過去3年および当期末において、重要な税務上の欠損金が生じている
- 翌期においても重要な税務上の欠損金が生じることが見込まれる
分類5の企業は、原則として繰延税金資産の回収可能性はないものとされます。
繰延税金資産の取り崩し
繰延税金資産の取り崩しとは、資産計上した繰延税金資産の一部または全部を取り崩して、法人税等調整額を計上することを指します。
将来の税負担の軽減効果が見込めず、回収可能性が認められない場合は繰延税金資産を取り崩します。
取り崩しが生じる理由
主に業績悪化で当期損失の計上が続き、将来の課税所得の減額が見込めなくなった場合に、繰延税金資産の取り崩しが生じます。
税金の支払いが見込めなければ、「将来の税負担を軽減する」という繰延税金資産の資産価値がなくなるため、資産計上した繰延税金資産を取り崩します。
取り崩しが企業に与える影響
繰延税金資産の取り崩しは費用の増加要因となり、企業業績に大きな影響を与えます。
資産を取り崩して費用を計上するため、多額の繰延税金資産を取り崩すとその期の当期利益が減少します。
状況によっては、赤字転落となる恐れもあるので注意が必要です。
まとめ
繰延税金資産は、将来の税負担を軽減する効果を資産計上するものです。
安定的に課税所得が発生し、「回収可能性がある」と認められることが計上要件となります。収益力やタックス・プランニングなどに基づき、回収可能性の有無を判断した上で計上することが大切です。
取り崩しが生じると業績に大きな影響を与えるので、専門家に相談しながら適切な処理を行いましょう。