基本的な考え方

企業の海外進出が加速し、日本親会社から海外拠点へ人を送る機会は日常的になりました。
しかし、そこで発生する給与や出張費の税務処理には、細心の注意が必要です。国境を越える親子会社間の所得移転を巡って、「日本で計上すべき利益が、海外子会社の人件費を負担することによって不当に海外へ流出していないか」という点が、国税当局に厳しくチェックされるためです。税務処理を誤ると、日本親会社と海外子会社の双方で追徴課税を受ける、二重課税のリスクが否定できません。
海外出向および出張の税務を考えるにあたっては、まず、親子会社間であっても、独立した第三者間(他人の会社)と同様の条件で取引行う「独立企業間価格」の考え方が重要です。税務調査で、本来は海外子会社が負担すべき費用を日本親会社が肩代わりしていると判断されれば、その支出は海外子会社への寄附金とみなされます。この場合、損金算入が否認され、日本での法人税負担が増加します。
税務上のトラブルを避けるためには、この独立企業間価格を原則にして、親子会社間の費用負担について合理的な金額を設定し、あらかじめ海外勤務規程や出向契約書などにより基準を明確化しておかなければなりません。
なお、出張および出向にかかる費用としては、主に以下のようなものが含まれます。
| 種類 | 費用 |
|---|
| 出向 | ・基本給、賞与 ・海外赴任手当(海外勤務に伴うインセンティブ) ・住宅手当、教育手当、一時帰国費用 |
| 出張 | ・航空運賃、現地交通費、宿泊費 ・出張日当(手当) ・出張者の人件費 |
海外出向と海外出張の違い
| 比較項目 | 海外出向 | 海外出張 |
|---|
| 雇用関係 | 海外子会社および日本親会社(二重雇用など) | 日本親会社のみ |
| 指揮命令系統 | 海外子会社の指示を受ける | 日本親会社の指示を受ける |
| 主な業務目的 | 海外子会社の業務のため | 日本親会社または海外子会社の業務のため |
| 一般的な期間 | 長期(通常1年以上を予定) | 短期(長くても数ヵ月程度) |
| 所得税の区分 | 原則として非居住者 | 原則として居住者 |
| 費用負担の原則 | 海外子会社が負担すべき | 日本親会社または海外子会社が負担すべき |
出向と出張は、税務上の取り扱いが異なります。
出向と出張の定義
海外出向とは、一般的に1年以上の長期を予定し、海外子会社と雇用関係(またはそれに準ずる指揮命令関係)を結ぶものを指します。出向の主眼は、出向者が海外子会社のために海外子会社の業務を行うことにあります。
一方、海外出張は、日本親会社の社員としての身分を維持したまま、短期的な業務に従事します。期間は短ければ数日、長くても数ヵ月までです。雇用関係は日本親会社のみであり、出張の主眼は、日本親会社または海外子会社の業務を行うことにあります。
税務上の処理においては「誰のために、誰の指示で働いているか」という観点が重視されます。
税務上は勤務実態で区分
会社側が出張として処理していても、もしそれが海外子会社の業務のために行われていると判断されたケースで、出張費等を海外子会社から回収しない場合は税務リスクがあります。
例えば、以下のようなケースでは、名目が親会社による海外出張だったとしても、海外子会社のための出張と判断されるリスクがあります。
- 海外子会社からの要請により日本親会社から人員が送り込まれている。
- 現地の予算管理やライン業務に深く組み込まれている。
- 滞在期間が長期にわたり実質的に現地のスタッフとして機能している。
海外子会社のための出張については、かかった費用が海外子会社から回収されないと寄附金と認定されてしまい、日本親会社は損金算入できず、海外子会社も寄附金を受け取ったとして課税されてしまう事態を招きます。
海外子会社へ「出向」する場合の税務上の留意点

出向の場合、業務の主体は海外子会社にあるため、給与などの費用は海外子会社が負担するのが原則です。しかし、実際には、日本親会社が実質的に給与の一部を負担しているケースが多く、税務上のポイントもそこに集中します。
親子会社間の費用負担の原則と較差補填金
出向者が海外子会社のために現地で勤務しているのであれば、その給与は、原則として海外子会社が全額負担しなければなりません。
ただし、現地の給与水準が日本より低い場合、出向者の生活水準を維持するために日本親会社が給与の一部を肩代わりすることも、実務上はよくあります。これを「較差補填金」と呼び、合理的な範囲内において税務上も日本親会社が負担してよいとされています。
較差補填金が寄附金とみなされないための条件
日本親会社が負担した給与は、原則として現地法人への寄附金とみなされ、損金算入が認められません。ただし、較差補填金については、以下のような合理的な理由がある場合に限り、例外的に損金算入が認められます。
- 現地法人の給与水準が著しく低いため、日本での生活水準を維持するために差額を日本側で負担する場合
- 現地通貨の価値が不安定なため、給与の一部を円建てで保障する場合
例えば、JETRO(日本貿易振興機構)の投資コストのデータを見ると、ベトナムの首都ハノイの給与水準では、製造業の中間管理職(課長クラス)の賃金は、約18万円です。それに比べて、東京であれば、同じクラスで約57万円となっています。もちろん、地域、業種、個々の企業などによって賃金水準は様々なので一概には比べられませんが、このような水準の乖離があれば較差補填金が認められやすいといえるでしょう。
また、現地通貨の価値が不安定なケースとは、現地国で急激なインフレや通貨の下落が起き、給与の全額を現地通貨で支払うと、出向者の生活水準が維持できなくなるようなケースを指します。例えば、慢性的な経済不安を抱えるアルゼンチンでは、2023年に、年間インフレ率が200%を超えました。これを受けて、同年12月には、政府が公式な為替レートを1日で50%以上も切り下げるという強烈な政策を実行しています。このような状況下では、駐在員にとっては物価が毎日のように上がり、現地通貨で給与をもらっても、翌週には日用品すら満足に買うことができません。こうしたケースにおいては、給与の一部を較差補填金として、円建てで支給することが考えられます。
いずれの場合においても、較差補填金を支給する場合には海外勤務規程などを定め、現地での給与水準と出向者の日本勤務時の給与水準を比較したシートなど、なぜその金額が合理的なのかを説明できるデータを欠かさないようにしましょう。
出典:JETRO「投資コスト比較」
出典:JETRO「公式為替レートを50%超切り下げ、他の為替レートも見直し(アルゼンチン)」
非居住者に対する給与の取り扱い
1年以上の予定で日本を離れる出向者は、税法上の「非居住者」となります。
非居住者に対して支払う、留守宅手当などの給与は、国外源泉所得となるため、原則として日本での源泉徴収は必要ありません。
出向者が一時帰国した場合の課税関係
出向者が日本に一時帰国し、その期間中に日本親会社で業務を行った場合は、注意が必要です。
日本滞在期間に対応する給与については、国内源泉所得となり、日本親会社での源泉徴収が必要になります。
一方で、日本滞在期間においても、海外子会社が支払う給与分については、日本親会社での源泉徴収は不要です。さらに、日本国内に事務所等がなければ、海外子会社にも源泉徴収義務がありません。
そのため、日本滞在期間中に海外子会社から給与を受け取った場合において、租税条約上の短期滞在者免税に該当しないのであれば、出向者本人が準確定申告を行い、納税する必要があります。
海外子会社へ「出張」する場合の税務上の留意点

出張の場合、出向と比べて、よりケースに応じた税務処理が必要となります。ポイントは、その出張がどちら側の都合で行われたか、という点です。
出張経費は「誰の都合か」で決まる
人件費を含めて、海外出張にかかる経費をどちらが負担すべきかは、その業務が「誰の都合(利益)のためのものか」で判断されます。
| 出張の目的 | 負担者 |
|---|
| 株主総会への出席、有価証券報告書作成のための調査など、株主としての活動 | 日本親会社 |
| 日本親会社に依頼した技術指導、販売促進支援、現地特有のトラブル対応などの活動 | 海外子会社 |
子会社都合の業務であるにもかかわらず、日本親会社が費用を負担していると、その全額が寄附金と認定され、損金算入を否認されるリスクがあります。
出張経費を損金算入するためのポイント
税務調査において、出張経費の負担の正当性を証明するためには、例えば以下のような資料が必要です。
- 出張報告書: どのような業務を、誰のために行ったかの詳細。
- 費用負担の合意書: 親子会社間で、どの業務をどちらが負担するかをあらかじめ決めた文書。
- 算定根拠: 航空券の領収書だけでなく、出張者の日割人件費の計算式など。
海外出向・出張に潜むその他の税務リスク

海外出向・出張の税務においては、他にも留意すべき税務リスクが複数存在します。ここでは、特に発生しやすい、以下の3つのリスクについて解説します。
- PE(恒久的施設)認定のリスク
- 短期滞在者免税(183日ルール)の否認リスク
- 移転価格税制リスク
PE(恒久的施設)認定のリスク
PE(Permanent Establishment)とは、企業が事業活動を行う固定的な拠点のことです。
通常、日本企業は海外に支店がない限り、その国で法人税を納める必要はありません。しかし、出張者が以下のような行動をとると、その出張者自身がPEであると認定されることがあります。
- 出張者が現地の顧客と契約交渉を行い、実質的に契約を締結する権限を繰り返し行使している
- 一定期間を超えて、継続的に同じプロジェクトに従事している
もしPEと認定されると、日本親会社の所得のうち、その海外での活動に帰属する分が現地で課税されます。さらに、申告漏れとみなされ、重いペナルティが課されます。「物理的な施設がないからPEではない」という思い込みは禁物です。
短期滞在者免税(183日ルール)の否認リスク
多くの国が結ぶ租税条約には、以下の3条件のすべてを満たせば、滞在国での所得税が免税される租税条約上の「短期滞在者免税」の規定があります。
- 滞在期間が暦年(または任意の12ヵ月)で183日を超えないこと
- 給与が滞在国の雇用主等から支払われていないこと
- 給与が滞在国にあるPEによって負担されていないこと
しかし、日本親会社が経営指導料として出張者の人件費を100%子会社に請求している場合などは、現地税務署から、実質的に給与を負担しているのは子会社であるとみなされ、183日以内であっても、免税が否認されることがあります。
183日ルールを適用するためには、滞在日数のカウントを正確に行うだけでなく、給与が現地負担になっていないかを、しっかり確認しましょう。
移転価格税制リスク
移転価格税制とは、海外子会社との取引を通じた利益の移転を防止する制度です。
例えば、日本親会社から海外子会社へ商品を販売する際に、第三者へ販売する価格より低い価格で販売したとします。この場合、日本の親会社の利益は通常より少なくなるので、結果として日本から海外へ利益が移転したことになります。移転価格税制は、このような所得移転を防止し、海外の関連会社との取引価格を独立企業間価格で行われたものと比較して、所得を再計算する規定です。
海外出張においても、出張者が海外子会社に対して技術指導などを行う場合には、実費を回収することに加えて、適切な利益を乗せた金額を海外子会社から回収しなければなりません。
海外子会社から費用を請求しないと、日本での所得を不当に低く見積もっているとして、移転価格税制の指摘を受ける可能性があります。
海外出向・出張に関する税務調査の実例(AGSグループの支援事例)

AGSグループでは、年間420件の国際税務・会計アドバイザリーの豊富な実務経験に基づき、単なる規程作成にとどまらない、税務調査に耐えうる実効性の高い支援を行っています。
ここでは、実際にAGSグループが支援を行った2つの事例をご紹介します。
事例1:M&Aによる海外展開加速に対応し、赴任規程の再整備を行ったケース
| 項目 | 内容 |
|---|
| 業種 | 製造業 |
| 売上 | 100億円以上 |
| AGSの支援内容 | ・最新の実務と会社の考え方に合わせた規程の全面リニューアル ・出向契約の税務アドバイザリー ・合理的な給与負担額(較差補填金)のシミュレーションと算定 |
アジア2ヵ国に子会社を展開する、従業員1,000名を超える企業の事例です。
この企業では、既存の海外赴任規程はあったものの、長年見直しがされておらず、現状の運用が最新の税務動向と乖離していました。また、M&Aによる海外子会社の増加を控えており、今後増える出向者への対応と、未整備だった海外子会社との出向契約書の作成が急務となっていました。
本件でAGSは、既存の海外赴任規程をレビューした上で、最新の他社事例や動向を踏まえ、企業の経営方針に沿った形で海外赴任規程を全面的にアップデートするご支援をいたしました。また日本と現地双方の税務リスクを精査し、適切な費用負担関係を明記した出向契約のアドバイザリーを行いました。
さらに、税務調査での指摘を回避するため、較差補填金の根拠となる合理的な負担金額を、シミュレーションを交えて設定しました。
これらの規程をブラッシュアップしたことで、給与や福利厚生の公平性が確保されたほか、ルールが明確になったことで人事部への問い合わせが減少し、業務負荷の軽減にもつながりました。
その後、実際に税務調査の対象となりましたが、海外出向者に関する事項は一切の指摘を受けることなく、是認されました。
事例2:属人的なルールから脱却し、税務調査にも対応できる規定をゼロから策定したケース
| 項目 | 内容 |
|---|
| 業種 | 製造卸業 |
| 売上 | 100億円以上 |
| AGSの支援内容 | ・処遇のベースとなるグループ共通の職階整備 ・現地の物価や為替レートを反映した赴任・出向規程の策定 ・属人性を排除した給与決定フローの仕組み化 |
もう1つは、グループ全体で海外数ヵ国に拠点を展開していたものの、海外赴任規程が未整備のまま従業員を送り出していた事例です。
この企業グループでは、留守宅手当や較差補填金の決定プロセスが経営者の判断に委ねられており、同条件の赴任者間でも処遇にバラつきがある状態でした。
そのため、AGSは、処遇の根拠となる職級制度を整理し、グループ共通の職階整備を行うご支援を行いました。現地の物価水準や為替レートの推移を詳細に分析し、その企業の実情に即した海外赴任規程および出向規程をゼロから策定しました。併せて、誰が担当しても公平な決定ができるよう、給与決定のフローも仕組み化しました。
規程整備から間もなく税務調査が入ることになり、海外出向者の賃金も論点となりましたが、現地の物価・為替実態に基づいた合理的な規程運用がなされていると評価されました。結果として、海外出向者の賃金負担について税務当局から適切であると認められ、追徴課税のリスクを回避することができました。
まとめ:事前の規定整備と根拠資料の準備が必須

海外子会社への出向・出張の税務は、誰が費用を負担すべきなのか、源泉徴収の必要はあるかなど、複数面から検討が必要です。
「海外子会社のための出張費が否認された」「親会社で負担した給与が寄附金になった」というような事態を防ぐには、事前の規程整備と、根拠資料の準備が欠かせません。各国独自の税制や租税条約の解釈も絡むため、判断に迷う場合は国際税務の専門家へ相談することをお勧めします。
AGSコンサルティングでは、海外進出に伴う税務・会計顧問から、移転価格への対応まで幅広くサポートしています。現在の運用に不安がある方は、お気軽にお問い合わせください。