※本稿は、みずほ銀行発信の『Asia Gateway Review』2024年10月号に寄稿した記事の転載になります。Asia Gateway Reviewはみずほ銀行シンガポール支店で編集され、主にASEAN関連のテータを中心に月一回発行されているニュースレターです
目次
- はじめに
- シンガポールの会社設立形態
- 税率:法人は低税率のメリットを享受できます
- 登記事項に関する設立及び運営の手間:法人設立の方が設立時の手間が少ないです
- 決算書の提出期限:法人の方が決算スケジュールに余裕があります
- 資金移動:支店の方が容易に資金移動を行うことができます
- 撤退の容易さ:一般的に支店の方が撤退が容易となります
- 法的責任:法人は親会社と別法人であるため、親会社に法的責任を限定することができます
- 居住取締役の登記:法人は居住取締役の登記が必要、支店は本店の取締役の登記が必要
- 社内規定:支店は本店の社内規定を用いることができます
- おわりに
はじめに
シンガポールは世界有数のビジネス都市であり、多くの日系企業が進出しています。弊社もシンガポールに進出し10年以上、日系企業の進出にあたり会社の設立形態について多くの相談を受けております。今回は、シンガポール進出を考えておられる事業者様において、特に関心が高い事項である会社の形態について、最新の実務上のポイントを踏まえて説明します。
シンガポールの会社設立形態
日系企業がシンガポールで事業を展開する際、現地法人、支店、駐在員事務所の3つの進出形態が考えられます。このうちシンガポールで営業活動を行うことができるのは現地法人又は支店になります。今回は営業活動が行える現地法人と支店に関して比較を行いました。
税率:法人は低税率のメリットを享受できます
シンガポールの法人税率は最高17%であるため、日本の約30%に対して大幅な税負担軽減が可能となります。一方、日本法人の支店の場合、外国税額控除を利用できるものの実質的にシンガポールの低税率を享受できず日本の税率が適用されます。そのため、税率の面では法人設立がよいでしょう。ただ、支店の損失は損益通算をすることができるため、設立初期では支店が有利になる場合もあります。また、シンガポール法人に経済実体等が認められない場合には、日本の税法に基づき本社との合算課税が行われる可能性があります。
登記事項に関する設立及び運営の手間:法人設立の方が設立時の手間が少ないです
支店の場合、日本本社の定款及び謄本の英語翻訳や本店取締役全員の氏名、住所、パスポート番号の公開が求められるため、支店は現地法人よりも一般的に設立に手間を要します。また、支店の場合、銀行の口座開設の際に、本店との資本関係や詳細な情報を説明する必要があります。また、設立後も本店の取締役の変更があれば、シンガポール支店でも登記が必要となります。支店は外国法人であるため求められる資料が多くなる場合が多いです。
決算書の提出期限:法人の方が決算スケジュールに余裕があります
法人の場合、決算から6か月以内に定時株主総会を開催し、7か月以内にACRAに監査済決算書と年次報告書(Annual Return)を提出す必要があります。支店の場合は、本店の株主総会から2か月以内に監査済決算書をACRAに提出する必要があります。日本の場合、決算日から3か月以内に株主総会を開催しなければならないため、支店は本店の決算日から最長5カ月以内に登記する必要があります。また、法人は決算期の延長が可能ですが支店は認められていません。
法人の方が最長2カ月長くなるなり、決算書提出のスケジュールに余裕があります。
資金移動:支店の方が容易に資金移動を行うことができます
親会社と現地法人の間で資金移動を行う場合は、増資や貸付金、配当といった方法考えられます。配当は原則として利益が発生している場合にのみ可能であるため、損失が発生している場合は、配当での資金還流はできないです。また、貸付金は移転価格の観点から原則として利息を計上する必要があります。その際に、税務上の適切な利率の設定や源泉税の申請といった対応が必要になります。これに対して、本支店間での資金移動に契約は必要ないため、法人に比べて支店は容易に資金移動を行うことが可能となります。
撤退の容易さ:一般的に支店の方が撤退が容易となります
事業活動を行っている法人が精算する場合、その手続きに1年から2年程度を要することになります。法人の撤退の場合、法人格が消滅するため取引先等の保護のため、精算プロセスに時間がかかります。一方、支店の場合、本店が引き続き支店の債権債務に対して法的な責任を負うため精算プロセスが法人と比較して簡便なものとなっています。
法人の方が撤退に長期間を要し、手続きにかかる費用も高いため、撤退の観点からは支店の方がスムーズに行えます。
法的責任:法人は親会社と別法人であるため、親会社に法的責任を限定することができます
現地法人は親会社と別個の法人格を持つため、法的な責任は原則として現地法人自身が負います。一方、支店の場合、法人格を持たないため、訴訟などの法的なトラブルに対して、本社が責任を負います。支店は親会社から法的に分離されていないため、親会社が訴訟の当事者となり直接法的責任を負います。そのため、法務上の責任の範囲を限定できるという意味では、現地法人の方がリスクを低減できるかと思います。
居住取締役の登記:法人は居住取締役の登記が必要、支店は本店の取締役の登記が必要
法人は居住取締役が必要となります。居住取締役とは、シンガポールに居住している取締役となります。就労ビザを保持している日本人も居住取締役となれますが、会社設立時には別途居住取締役を依頼する必要があります。ただし、支店は居住取締役の選定は不要となりますが、シンガポール居住の支店の代表者を登記する必要があります。また、支店は本店の全ての取締役を登記する必要があります。
社内規定:支店は本店の社内規定を用いることができます
支店の場合、本社と同じ社内規定を使用できるため設立時の負担を軽減できます。本店の場合、シンガポールの法律に従って社内規定を整備する必要があるため手間がかかります。社内規定の整備は、現地の法律、商習慣など考慮すべき事項は多く整備には手間を要します。
おわりに
ここまでシンガポール進出に際して設立形態の選択ついて実務上のポイントを交えて解説してきました。設立形態の検討段階から入念に準備を進めることで、その後の設立プロセスがスムーズに進むかと思います。
最後に、本記事が読者の参考になりましたら幸いです。