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トップ対談 カラーズ×AGSコンサルティング

メインイメージ:株式会社AGSコンサルティング廣渡 嘉秀×株式会社カラーズ経沢香保子氏

株式会社AGSコンサルティング
代表取締役社長 廣渡 嘉秀

株式会社カラーズ
代表取締役社長 経沢香保子

表紙画像

2012年、東証マザーズに最年少で上場した女性社長として、その動向が常に注目され続けてきた経沢香保子氏。現在取り組んでいるのが、「日本一安くて安全」を目指したベビーシッターサービスだ。女性支援という社会インフラ構築を目的に起業した真意と醍醐味を、AGSコンサルティングの廣渡嘉秀が聞いた。

●「生き方」を教えてくれた、厳しくも温かい両親の言葉

廣渡月並みな話ですが、小さい頃はどんなお子さんだったんですか?

経沢ベッドタウンの普通の4人家族の末っ子でした。でも、父親が厳しくて、礼儀や躾にはうるさかったと思います。末っ子なので発言権もなかったですが、逆に、2つ上の姉の様子を見て、自分の未来を考えることが出来たので、「自分は来年こうしよう」と活かすことができたのは次女のメリットだったと感じています。

廣渡うちも娘ふたりなのでわかります。次女は上手なんですよ。目の前で上が思いっきり怒られているのをちゃんと見ている(笑)。

経沢父の教えでもっとも衝撃的だったのは、「自由は経済的に自立した人だけが得られる」ということでした。大学を卒業して働き始めたら何をしてもいいが、それまでは親の保護下にあるから、父親である自分の言うことを聞かなければならない、と。当時の私の中ではとても理不尽でしたが。

廣渡厳しいですけど良い教えですよね。

経沢そうなんですよ。なので、反骨心から、大学生の時に家庭教師のバイトで稼いでいて、自由になるために学費とか含めて自分で生活費を捻出し、1人暮らしを始めようと思ったんです。でも計算したら凄く大変なことだとわかった。何十万か稼いだとしても、学費と生活費をバイトで成り立たせることの困難さが分かり、父の教えがありがたかったことに気づきました。

廣渡ちなみにお母さんはどんな方でしたか?

経沢母は専業主婦でした。教育熱心なとても素晴らしい母親です。母のおかげで今の自分があるようなものです。母からの教えで深く残っているのは、「これからの社会、女性も自立する時代だからあなたも自分の道を見つけなさい」ということでした。

廣渡それぞれ違ったご両親の教えが、まさに経沢さんの今のビジネスを作っていますね。

経沢そうなんですよ。両親の影響ってとても強いと、大人になって改めて思うのです。もし、父が優しくて何でも買ってくれて、母親が「いつか王子様が来てくれるのよ」といってくれていたら、間違いなく今の自分ではなかったと思います。もちろん、どちらがいいかはわからないですが。

●トレンダーズ創業のきっかけ

写真:対談風景

廣渡トレンダーズを創業するまでも凄まじい働きぶりでしたよね。

経沢はい。猛烈な“ソルジャー”だったリクルート営業時代、楽天市場の草創期は、社会人体力の基礎を作ってくれました。

楽天を辞めた後、私いったんフリーになったんです。まわりの成功している人がみんなMBAを持っていましたし、30までに何者かになりたいということもあってMBAをとろうと企てました。ところがですね…まったく勉強しなくて(笑)。昼過ぎに起きてから、知り合いに呼ばれたミーティングに参加して、夕方から遅くまで飲み歩く毎日。そうしたら暇そうに見えたんでしょうね、忙しく働く周囲から、ちょこちょこと仕事を頼まれるようになって。当時ITビジネスの立ち上げがたくさんあって、コンサルや、サービスの比較レポートを書いたり、潜入調査隊みたいなこともしていました。そんな仕事をしているうちに、私の中で、MBAがあれば成長できるというイメージが、自分の会社を作るというのも成長できるんではないか…って思いに変わりはじめたんです。

その時にたまたま頼まれたのが、「女性って何がいいの?どうしたら買ってくれるの?」という内容。調べるとほとんどの経営者は男性で、消費の中心は女性。これをつないだらビジネスとして成立しそうな気がしたんです。そこで、女性のオピニオンリーダーを100人ネットワークして、トレンダーズという会社を立ち上げました。

●苦悩と挫折の末に成し遂げた「女性最年少上場」

廣渡トレンダーズ立ち上げが2000年。立ち上げ当初はどうでしたか?

経沢最初の3年間は順調でした。従業員の人数も少ないし、1年目3千万、2年目6千万、3年目1億みたいな目標をたてて、割と簡単にクリアできた。もしかして、社長業に向いてるんだな、と(笑)。

廣渡始めが順調だとそう思ってしまいますよね(笑)。その後はどうでしたか?

経沢個人的なイベントとしては、結婚して妊娠・出産を経験しましたが、1人目の子供に障害があったんです。生まれてきても24時間介護が必要だと言われて。保育園に入れて仕事を続けるつもりだったのに、どうやって両立すればいいんだろう?とすごく悩みました。そのときの選択肢のひとつが会社を辞めることでした。それはイコール売却してイグジットすること。それで、自分の会社の評価額を算定してもらうと、「トレンダーズ」という会社の価値は見えにくいということがわかりました。
では価値を可視化するのにどうすれば良いかと考えたときに、「上場」っていう選択肢を知りました。全員で株価を決めるから平等だし、しかも優秀な人材も集まりそう。結局「経沢商店」だからだめなんだと。

そして、上場を目指し、うまく出資が集まったので、その一部を投資してかっこいいオフィスに移転して、広告を出し、人をたくさん採用して…とやっていたら、翌年に今まで出したことがなかった、初の赤字を出してしまったんです。

今から思うと、私は「マネジメント」というものをまったく理解していなかった。人が増えれば売上も増えると思っていて(笑)。雇った人がどんどん辞めてくんです。理由も分からないまま落ち込んでいるときに、経営者の先輩に相談してみた。そうしたら3つの指摘を受けました。1つが、女性比率が高すぎるので、男性を採用し男女比率を変えること。2つ目が右腕となる幹部を採用すること。3つ目がマスコミの露出だけに頼らず、営業部隊を作れと。この3点をこつこつやったら、本当にうまくいって、上場できたんです。

廣渡営業時代にソルジャーだった経沢さんにはなかった発想ですよね。

経沢ほんとに今からするとお恥ずかしいですが、当時、私は「仕事はやりがいがあって、課題が出たら自分で解決策を考えるもの」と、誰しもが考えているのだと思っていました。マネジメントの何たるかが分かっておらず、任せすぎていました。その時にいてくれた周りの人たちには申し訳ない気持ちで一杯です…。

●母であり起業家でもある、実体験から生まれた「キッズライン」

写真:対談風景

廣渡いま手がけられている「キッズライン」が生まれたきっかけを、もう少し具体的に教えて下さい。

経沢起業家としての私の夢は社会のインフラをつくることです。
「女性が輝く社会の実現」。これは、私が26歳のころから掲げてきたビジョンです。

トレンダーズはB to Bで一定の成果を収めました。でも、私が反省しているのは、ビジネスがなんだか自分との戦いで、もっと高い山に登らないと、そしてもっと違う世界を見ようと、強く願い過ぎたこと。上ばかり見ていたら、いつの間にか現場が見えない社長になってしまったのかもしれません。

だから今回は、女性が幸せになるために、toBではなく、toCにもアプローチしていく形にしたいと思いました。

私は、女性が輝くためには3つのものが必要だと思っています。1つ目は社会との自分らしい繋がり、2つ目は自分らしく美しくいたいという気持ち、3つ目は家族やパートナーシップのこと。今回は3つ目へのアプローチです。

廣渡ベビーシッターというサービスを考えたのはいつごろから?

経沢最初の子供を産んだ12年以上前ですね。保育園頼みの育児支援は限界を感じていました。子供が病気で保育園に入れなくて、ベビーシッターさんを探しました。でも当時は、高額で、どんな方が来るのかもわからないし、融通も利きにくく、ベビーシッターという仕組みをリアルに感じることができなくて。それなら、日本一安くて、安心、安全という形でやってみたいと考えました。ネットでずっとベビーシッターを探していた、12年前の自分のように困っている人がたくさんいると思って取り組んでいます。

廣渡とはいえ「命を預かる仕事」はリスクもあり、できれば避けたいものです。そこに切り込んでいくには、明確な意志と勇気が必要ですね。

経沢そうですね。そこは悩みました。でも、IT業界も以前と比べて大分成熟してきたと思うのです。だから、誰も手を付けたがらない、忍耐力が必要なことを、誰よりも先にやろう、世の中が一番困っていることをやろうと決めました。
儲からなくても、地道にやって、後々、時代の流れが変わったときに、既に準備万端という状態がいいなと思っています。

●働く女性たちに向けて一言

廣渡それにしても一貫して、20代のころから女性がビジネスに進出していくことへの支援が経沢さんの中にはありますよね。

経沢今の時代に生まれたことがとてもありがたいと感じています。

今までの女性は、男性と同等、もしくは男性より優秀じゃないと認められなかった。でも今は、女性が管理職に昇格できるチャンスが断然増えました。例えば、男性と同じ能力とキャリアがあって、管理職の席が空いていたら、女性に声がかかる割合も増えてきた。まだ、怖がってオファーを受け取らない人もいるけど、今頑張ったら実力を磨くチャンスで、年収もあがり、もしかしたら役員になれるかもしれない。そんな未曾有の時代かもしれません。

廣渡「役員になれる!」と話す女性が増えてもらわないといけませんね。

経沢そうですね。一つ問題があるとしたら、そのように、女性のライフスタイルが変わっても、周辺サービスが追いついていないことでしょうか。特に家事や育児の分野で。ただ、それを変えようとしている女性が増えているので、すごくいいことだと思います。私も、「女性起業家サロン」というのを運営していて、一緒に本気で社会を変えて向上させたいと考えている200人の女性起業家メンバーで活動しています。ここから様々なサービスが生まれてきているので、女性がより活躍できる社会を同じ志を持つ仲間と一緒に作っていけたらと思っています。

Profile

写真:株式会社カラーズ 経沢 香保子氏

”等身大の”ニーズ”を
サービスとして実現していきたい

株式会社カラーズ
代表取締役社長 経沢 香保子氏

1973年千葉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、リクルートに入社。その後、創業間もない楽天へ転職。楽天大学など、その後の同社の飛躍を支える事業開発を手掛ける。
2000年にトレンダーズを設立し、2012年東証マザーズに上場。当時最年少上場女性社長となる。2014年に、代表取締役社長の職を辞し再び独立。カラーズを設立。

株式会社カラーズロゴ

株式会社カラーズ http://colorsinc.me/

事業概要:1時間1000円〜即日も予約手配できるベビーシッターサービス「KIDSLINE(キッズライン)」を運営。https://kidsline.me
インターネットを使った女性支援事業、育児支援事業(2016年4月現在)
〒106-0032 東京都港区六本木5-2-3 マガジンハウス六本木ビル7F

AGSコンサルティング代表取締役社長

社会のシステムでは補えないことに
挑む面白さがある

株式会社AGSコンサルティング
代表取締役社長 廣渡 嘉秀

1967年、福岡県生まれ。90年に早稲田大学商学部を卒業後、センチュリー監査法人(現 新日本監査法人)入所。国際部(ピートマーウィック)に所属し、主に上場会社や外資系企業の監査業務に携わる。94年、公認会計士登録するとともにAGSコンサルティングに入社。2004年に代表取締役専務、06年に副社長を経て08年より社長就任。09年のAGS税理士法人設立に伴い同法人代表社員も兼務し、現在に至る。

制作・AGSmedia制作委員会